彼と戦うための方策
翌朝、俺は着替え無言のまま食堂へ。そこにいたのはベニタだけであり、
「……おや、レンさんですか? これは意外ですね」
そんな声が……そういえば、俺が一番最初って初めてではなかろうか。
俺は「どうも」とだけ返事をして椅子に座る。考え事をしながらここまで来た結果がこれなのだが……とりあえず、思考を続ける。
昨夜の夢は、今までと違っていた。新たな展開に移行したのは間違いないのだが……雰囲気が一変していることに、ずいぶんと違和感を覚える。
以前見ていた夢と昨夜の夢とでは、時間軸的にどれだけ進んでいるのだろうか……悩んでいると、食堂にセシルが入ってくる。
「おはよう……って、うおっ!? レンがいる!?」
「……驚きすぎだろ」
それはさすがに失礼だろと言いたかったのだが、セシルは構わず驚いている。
「今日は大雨になるんじゃないかな」
「言ってろよ」
「で、何かあったの?」
彼は俺の対面に座り問う。こちらは夢のことを話そうとして……ふと、
「いや、話すのはまた今度にするよ」
「なんだよ、気になるじゃないか」
「ちょっとな」
別段意味があるわけじゃないのだが……もう少し夢を見て情報を手に入れてから話した方が良いかなと思ったのだ。
しかし、こういう夢の変化というのは……今日ラキの試合があるからなのだろうか? でもそれならこれまでの戦いを観戦したことによって見ていてもおかしくないし……いや、ラキとの戦いが迫っているため、勇者レンの体が無意識ながら少しずつ変化してきたということなのか?
まあその場合だって、あと二回勝たないといけないわけだけど……考える間にさらに別のメンバーが食堂に入ってくる。ちなみに俺を見て全員驚くのだが……なんか、腹が立つ。
それから少しして全員集まった後、朝食をとる。
「とりあえず、僕は屋敷で休んでいるから」
その途中でセシルが宣言。次いで、
「私はロサナさんと訓練します……お願いします」
「ま、頑張りましょう」
リミナが宣言しロサナが応じる。これで準々決勝進出の二人がどうするか決まる。そして、
「俺はいつものように試合を見に行くことにするさ……で、今日のラキの相手は確か――」
「騎士だけの闘技大会優勝者だね」
セシルが言う。となれば、ラキもある程度実力を出すのではないだろうか。
「騎士は確か新世代の戦士に属する人のはずだし……勝つのは難しいと思うけど、実力的に善戦してもおかしくはないかな」
セシルがさらに続けると、俺は頷き、
「それじゃあ今日の試合は結構重要になるかもしれないな……というわけで、俺はしっかり試合を見ることにするさ」
――しかし、その予想はあっけなく裏切られる。
「……ずいぶんと、まあ」
「観客も、この結果に驚いている感じだね」
フィクハが椅子に座りながら憮然とした表情。本日第一試合、ラキと騎士の闘技大会優勝者との戦いだったのだが――
ラキは一切危なげない戦いに終始し、勝敗は驚く程スマートに決してしまった。さすがに相手が相手であるため、観客も驚き歓声と共にどよめきが聞こえる。
「……これで、闘技場にいる人達もラキの実力を認識したんじゃないかな」
ノディが言う。俺は小さく頷きつつ、剣を鞘にしまい控室に戻るラキの姿を眺める。
多少なりともラキの真価を見られるのでは……という目論見は潰え、結局この戦いにおいても何もわからずじまい。とはいえ次はおそらくルルーナの側近であるコレイズとなるわけだから、たぶん相応の実力を出すとは思うけど。
「次の試合は確か、ルルーナさんの側近だったよね?」
フィクハが問う。俺はそれに頷き、
「勝つのは……難しいような気もする。ラキは一応ルルーナと互角に戦ったわけだし」
「コレイズさんだって訓練を重ねているとは思うから、わからないと思うけど」
「それもそうか……けど、ラキが決勝まで上がってくる可能性は十分あるな」
残る壁はコレイズとマクロイドの二名……彼らで突破されると、俺やリミナのいるブロックから勝ち上がったメンバーの誰かが戦うことになる。ラキに勝てるとしたらやはりアクアが筆頭だろうか……けどまあ、俺は優勝を目標にしている以上、ラキに勝つということも考えないといけない。
ただその前に明日セシルと戦うわけだが……ここまで来てジタバタしても仕方ないけど、何かやっておいた方がいいのかな。
「どうしたの?」
表情に出ていたのか、アキが問い掛けてくる。俺はそれに渋い顔をして、
「いや、セシルと戦うために何かやっておいた方がいいのかな、と」
「今更ね……けどまあ、無理にここで何か覚えようとしても意味は無いと思うけど」
「それもそうだけど……」
ラキの危なげない戦いを見て、多少ながら触発され不安を抱いたのかもしれない……俺は小さく首を振ってそれを振り払い、残る試合を観戦しようかと椅子に座り直す。
「とりあえず、試合は見ることにするよ」
「そっか……で、セシルに対する戦い方とかは、何か浮かんでいるの?」
戦法、か。二刀流については氷の盾もあるし確実に手数はカバーできる。懸念があるとすればあの成長速度なのだが……そもそも、技量とかで俺とセシルに歴然とした差があるというわけじゃないしな。俺を倒し成長する、という姿はあんまり想像できない。
「……注意すべきは異名に関する能力かな。癖とかを見極められて攻撃されるというのは、結構キツイかもしれない」
とはいえ、それに関しては一応対策もある……というか、自動防御である『時雨』を使えば、彼の『神眼』も効果は無いだろうという推測だった。
なぜか――『時雨』は相手の攻撃に反応して防御するという特性であり、そこには癖なんてものは存在しない……とはいえ、ここに一つ問題が生じる。
使用する『時雨』は防御の技。攻撃に転じる時に解除しなければならないのだが……それをした場合セシルの攻撃がヒットする可能性があるし――いや、待て。
癖を見抜くということは、それを利用し一撃入れるのはどのタイミングでも可能だろう……つまり、俺が攻勢に出た途端見極めていた癖を利用してカウンターを決める、なんて手法もできるはず。
できれば癖なんて悟られない方が一番なのだが……俺の剣はまだまだ完成には遠い。洗練されたジオですら癖を見抜かれていたわけだから、俺なんて一瞬で把握だろうし――それ以前にこれまで訓練を重ね刃を交わしている以上、既に知っているなんて可能性もあり得る。
なら、どうすれば良いのか――至った結論は、シンプルかつ非常に難易度の高いもの。
「……一つ、思いついた」
「ほう」
これまで沈黙を続けていたグレンが述べる。俺は彼を見返しつつ、
「とはいえ……これまでやっていなかった手段だから、できるかどうかはわからない」
「今から訓練するのか?」
「いや……たぶん、無理だな。俺はセシルと同様実戦で成長するタイプみたいだし、彼と戦っている間にじゃないと、習得できないんじゃないかな」
そう告げつつ、俺は剣を持たないまでもイメージトレーニングを開始。それに気付いたメンバーは声を掛けることはしなかった。
リュハンですら、声を上げない……いや、おそらくもうアドバイスの必要はないとか思っているのかもしれないし、何より同じ新世代の戦士である以上、アドバイス無しで勝てと無言で語っているのかもしれない。
そういうわけで、俺は試合を眺めつつも自身の魔力の流れについてイメトレを重ねた。これが果たして功を奏すのか――複雑な心境を抱きながら、広間で観戦を続けた。