変わり始めた夢
グレンの話した内容は、間近で体感したこともあってそこそこの情報になった……のだが、
「うーん、ロサナさんの言った感じだと、アクアさんにも何かありそうなんだよな」
俺は頭をかきつつ言及。結構言葉を濁していたことがあったので、その弱点を突けば、などと最初思ったのだが――
「あの人にがそんなボロ出すと思う?」
セシルが問い掛ける……まあ、技量面で隙が無いのは観戦していてわかったし、仮に弱点があるとしても迂闊に露呈したりするようなことはないだろうな。
というわけであまり収穫もないまま情報交換が終了し、帰ることに。セシルの屋敷に戻る途中でとりあえずミーシャの口からもたらされた情報を伝えると、
「魔王、か……シュウが活動し始めた時期以降、魔王側も何かしら手を打っていたと考えてよさそうだね」
セシルが言う。俺はそれに同意しつつ、
「その動きが本格的に現れたのが、選抜試験の時の騒動というわけだな」
「だろうね……詳しいことはナーゲンさんに任せることにしよう。どちらにせよ今、僕らができるようなこともないから」
「ああ」
同意したが……やはりフレッドのことは気になるし、いつか真相がわかるのだろうかと色々考えてしまうのだが……次の試合のこともあるし、切り替えるのも重要だろう。
闘技場を出て進んでいると空が少しずつ赤くなり始める。日中はまだ暑い日もあるが、いよいよ本格的な秋を迎えようとする状況。
この世界に紅葉とかはあるのだろうか……などと考えつつ、それはあるにしても風情として楽しむ習慣はないかな、と思っていると、
「この戦いはいつまで続くんだろうね」
ふいにセシルが言う……発言が気に掛かり、俺は彼に質問する。
「いつまでって……何か気になるのか?」
「いや、敵は魔王や英雄といった存在だから、彼らを倒すまで終わらないのは理解している……けど、果たしてそういう機会が本当にあるのか? と思っているんだよ」
「魔王が直接出向くような機会、相当なことでなければなさそうですしね」
リミナが発言。彼女は空を見上げながらさらに続ける。
「選抜試験の時いたことすら、私にとっては理解不能でしたし……そもそも、魔王自身が軽々こちらに来る、というのも変だと思います」
「いや、実際の所は色々とこちらに来ているのかもしれないよ?」
反論するのはセシル。それにリミナは首を傾げ、
「こちらに、ですか?」
「ああ。僕らは基本魔族に対しての情報がなく、イメージの上で語るしかない。大体の物事がそうであるように、実際に確認してみると想像していたのとはずいぶん違うあり方というのはよくあることさ」
「それには同意するよ」
グレンが賛同。セシルに付け加えるように続ける。
「私達は、魔族がこうだという固定観念を抱かない方が良いだろう。そして魔王はいつ何時この世界に赴いてもおかしくない、ということを念頭にして戦っていくべきだな」
「嫌な想定だね」
肩をすくめるセシル。それに俺も心から同意する。
魔王がこの世界に……というのは、なんだか世界を滅ぼしに来るというイメージしかわかないが……きっと、そういうのとは違うのだろう。まあ他に思いつくことといえば、人間相手に何か実験するとかか……それも嫌だな。
ともかく、ああして魔王が出現した以上、こちらの世界に来ること自体はそれほど抵抗がないのだろう。気を付けないと――それでどうにかできる相手というわけでもないかもしれないが。
「そういえば三人は、明日の試合は観戦するのか?」
そこで話題を変えるグレン。まず俺が手を上げる。
「俺は一応観戦するつもり」
「そうか……二人は――」
「無駄かもしれませんが、色々考えてみます」
リミナが言う。相手はアクアだからな……たった一日でどうにかできるとは思えないけど、できる限りのことはしたいのだろう。
「僕は、とりあえず体を休めるよ」
続いてセシルが発言。休む?
「今日の戦いで、結構体力を消費したからね」
「……そうなのか?」
激闘だったのは間違いないと思うけど……首を傾げていると、セシルが述べた。
「ルルーナに食らいつくためには、相当体を酷使しなければならなかったということだよ……だから、明日は一日屋敷で眠ることにする」
「そっか……了解。で、グレンは――」
「もちろん、観戦する」
頷く彼。これでセシルとリミナ以外は観戦するということになるな。
結論が出た後しばらくして、屋敷に到着。中に入るとベニタが出迎えてくれて、夕食まで少しばかり時間がいるとのこと。なので、俺は一度部屋に戻ることにした。
――その日、夜就寝した後俺は夢を見た。勇者レンの過去であり、いつものように屋敷の中を歩いているのだが……少しばかり、様子が変だった。
なんというか、空気が重いというか……今まで見た景色とそれほど変わらないはずなのだが、屋敷の印象がずいぶんと違っていた。
それに俺は心の中で首を傾げながら……屋敷の外へと出る。
「あ……」
玄関を出てすぐの場所に、エルザがいた。訓練用の格好ではなく、地味な配色のドレス姿。本来ならば綺麗と思う場面なのかもしれないが、見える後姿はひどく憔悴しているように感じられた。
「……エルザ」
レンが声を掛ける。すると彼女は振り向き、
陰のある笑顔を見せながら、こちらと目を合わせた。
「レン……呼びに来たんでしょ? ごめん」
「謝る必要はないよ」
肩をすくめるレン。けれどこちらの言葉もどこか暗いように感じられるのは、気のせいだろうか?
「ほら、ずっと立っているのも問題がある。戻ろう」
「……うん」
肩を落とし、エルザは歩き出す。その姿はこれまで見てきた光景とはあまりに違うもの。これまでがずっと幸せな世界だったとすると、これは真逆と言ってよく――
おそらく、俺が見る夢に進展があったのかもしれない。きっと時期も飛んでいるのだろう。だとすれば、会話の中から色々と情報を手に入れることができるかもしれない。
俺達は屋敷に入り、並んで歩き出す。進む場所は――これまでの夢を思い返し、食堂方向だと理解する。
「ねえ、レン」
ふいにエルザが問い掛ける。その声は、ひどく乾いている。
「お父様は……いつ帰ってくると思う?」
――その言葉で、現在屋敷に英雄アレスが不在であることがわかる。
「わからない……でもエルザ。毎日ずっと玄関先に立っているのは……」
「わかってる……けど、どうしても足がそちらに向いてしまうの」
彼女は語る。どうやらアレスの帰りを待っているようだ。
断片的な情報ではあるが、夢の内容がこれまでと変化しているのは間違いない。俺としては情報を取りこぼさないように注意を続け、
食堂に辿り着く。そこに、ラキがいた。
「――エルザ」
彼は普通の格好……だが、
その目がひどく澄み、何かを決意した強いものであったため、俺は心の中で小さく呻いた。
彼の表情は現在対立している時に見せたことなど決してない、新たな顔。
「ラキ……?」
エルザは彼の表情に対し聞き返す。すると、
「少し話がある」
そう言って、ラキはエルザの近くまで来ると彼女の手を掴んで足早に食堂を去る。
「あ、おい――」
「レンはついて来ないでくれ」
はっきりと言われる。レンは言葉を失くし、ただ立ち尽くす。
「……なんだよ、いきなり」
レンは呟くと、近くの椅子に腰を下ろした。
「……なんか最近、ああいうことが多くなったよな」
そして独り言……俺はそうした情報を頭に刻み付けつつ――やがて、夢から覚めることとなった。