伝説に対抗できる切り札
俺がグレンのことで理解しているのは壁を超えていることと……一番大きいのは、選抜試験の時ロサナに対し攻撃した技法。確か魔力の質を変え、魔法を相殺すると彼女は言っていた。
それがアクアに応用できるのか――考える間に、まずはグレンの剣とアクアの拳が衝突。鈍い音が聞こえたが、これは紛れもなく魔力同士が衝突したためであり、双方にダメージはないはず。
「……どうやら、悩んだ末そうしたようね」
アクアが、口を開く。たった一度の衝突で、何か悟ったのか……?
対するグレンは、その言葉に愚痴っぽい声音で返答する。
「やはり、武を極めた存在にはわかるのか」
「あなたの場合、魔力の流れが結構一直線だからね。それを直すのは難しいかもしれないけど、一応訓練くらいはしておいた方がいいと思うわ」
「……善処しよう」
答えるとグレンは拳を弾いた。けれどアクアはすぐさま体勢を立て直し彼に拳を見舞う。
これにはグレンも後退せざるを得ない。その間に剣と拳が再度衝突し――彼が大きく後退する。
やはり、戦いはアクア有利で進められるようだ……考えていると、
「もし、の話だが」
リュハンの声だった。俺は闘技場の攻防を眺めたまま耳をそちらに集中させる。
「もしグレンがアクア殿に通用するとしたら……彼はもう、高位魔族に通用する術を持っているというわけだな」
「…それはまあ、当然でしょうね」
ロサナが当たり前だと言わんばかりに同意。しかしリュハンの言葉には続きがあった。
「彼はほぼ独学で、とある技術を生み出そうとしていた……それが完成していれば、勝機はある」
「魔力を相殺するやつ? でもあれは――」
ロサナが言い掛けた直後俺は視線を移す。リュハンは首を左右に振っていた。
「無論、アクア殿に当てられる技量が無ければ難しいのだが……それをクリアするとなればこの試合、グレンが最後に立っているかもしれない」
「その技とは何?」
興味深そうに問い掛けたのはセシル。リュハンは彼に一瞥し口を開こうとして、
「……まだ、詳しく話すことはやめよう。グレンもおそらく、完成してから語りたいだろうからな。とはいえ」
と、リュハンは次に俺へと視線を向ける。
「先にレンが完成することになるのかもしれないが」
「え……?」
完成、ということは俺が教えられた技法……? となると、一つしか考えられない。
「まさかグレンは『暁』を?」
「そうだ。独学で途中までは開発していた。私としては驚く他ない」
開発……俺はリュハンから学んだもう一つの『暁』という技について思い出す。
試合期間中、別の訓練などを行っていることもあって、そちらはまだ完成していない。けれどリュハンがそうやって言う以上、この『暁』こそがアクアを倒す切り札とということになるのだろう。
「それって技名だよね? レンも同じものを学んでいるの?」
セシルがさらにリュハンへ問い掛ける。
「訊くけど、それって僕も習得できる?」
「魔力の流れで得手不得手がある技だ。おそらく使えるのは二人だけだ」
「そうか……」
少し残念そうにセシルが語った……その時、
一際大きな金属音が俺の耳に飛び込んでくる。
それがイヤホンからだと理解すると共に、闘技場を中止。グレンがアクアを押し返したのか切り払った体勢となっており、双方距離をとっているような状況だった。
「……どうやら、この戦いはひどくシンプルなものみたいね」
アクアの声。ひどく穏やかなものであり……まるで、今日の夕食の献立を尋ねるような雰囲気だった。
「あなたがその技を完成させ、私に当てることができたら間違いなくあなたの勝ち。それができなければ、あなたの負け」
「……だろうな」
グレンは答えると腰を落とす。
「とはいえ、その可能性が低いことは百も承知だ」
「それでも、それに頼るしかないと」
「ああ」
「……一つ、教えてあげる」
アクアが述べる。彼女もまた構え、本格的にグレンに応じる様子。
「その技については、以前ナーゲンさんから教えてもらったことがある。確か、英雄アレスが魔王を討ち破るために使っていた技、だったはず」
「……レンの方がふさわしい技かもしれないな」
「彼もリュハンから教えてもらっているはずよ。さて、どちらが早く完成するか見物ね」
語ったアクアは――瞬時に動く。速い……が、セシルやミーシャが見せた鋭いものとは違う、どこか優雅で、それでいて洗練された動き――
「くっ!」
グレンは小さく呻きつつ剣で応じる。放たれた拳をまずはどうにか防ぎ切った。しかし、
刹那、アクアが凄まじい速さで後ろに回り込んだ。グレンから見たらそれは、視界から突如消えた、としか思えないだろう。
その証拠にグレンは完全に動きを止めてしまい……アクアのひじ打ちが、グレンの背面に入った。
「っ……!」
彼はその衝撃にさらに呻きつつも、どうにか結界で防いだのかすぐさま振り返ろうとする。けれどその間にアクアは足刀を決め、グレンは数歩たたらを踏みながら体を反転させた。
さらにアクアの攻撃は続く。一気に間合いを詰め剣を振らせる間合いを潰し、掌底を放った。
グレンはまたも剣で受け――アクアは彼の左側面に回る。
けれどこれはグレンも気付いたのかすぐさま反応し、横薙ぎを繰り出そうとするが、
それよりもアクアの拳が彼の腰を打つ方が早かった。剣を放とうとしたグレンはバランスを崩しそうになり――追撃のアクアの拳が、彼の胸当てに当たる。
グレンのまたも小さな声……どうにか転倒することはなく、体勢を立て直す。けれど衝撃は多少なりともあったのか、完全に剣を構え直すには多少時間がかかり、
――その間に、アクアが再度接近を試みる。
「まずい展開だね」
セシルが言う。俺もはっきり理解している。現状は、まさにアクアの独壇場だ。
「おそらくだけど、グレンは結界でアクアの拳を防いでいる。今の所ダメージが無いのはそれほど本気を出していないのだと思うけど――」
「そうじゃなくて、彼女の戦法ね」
言葉はロサナから。俺はなおも攻防を続ける闘技場を見ながらロサナの解説を聞く。
「アクアは最初、拳にそれほど魔力を込めず打ち合うケースが多い」
「それが戦法だというの?」
初耳だったのかセシルが聞き返す。けれどロサナは首を振り、
「悪いけど、その辺りは話せない……とにかく、こういう舞台とか人間相手の場合、それほど魔力を込めず体術で圧倒するわけ。実際、彼女はここまでの戦いそれで勝っているわけだけど」
言いながら、グレンへ視線を移す。
「そういうことで、現在魔力収束は弱め……とはいっても、あの体術の鋭さだけは本気よ。あくまであれは魔力を込めていないだけだから」
となると、本気はあれに魔力収束が加わるのか……これはかなり辛い。グレンが勝つとしたら、やはりこのタイミングしかないだろうけど――
試合の状況を見れば、グレンが技を使う余裕はないように見える……おそらく捨て身の一撃に賭けるくらいしか、手が無いのではないだろうか。
「善戦しているのは間違いないと思う。けど、このままアクアの魔力が高まれば、間違いなくグレンが負ける」
断言するロサナ。その言葉に広間の誰もが納得しただろうし、俺もまたグレンを見据えながら同様の考えを抱く。
となれば、勝負は一瞬……リミナの時と同様だが、あちらは結果的にそうなっただけであって、彼の場合は追い込まれての状況。起死回生はあるのかと思いつつ、グレンがアクアの拳を弾く姿を目に留めた。