戦士の誕生
リミナが迎え撃つために槍を構え、ミーシャがそれを突破するべく疾駆する。重要なのはリミナが魔法を放つタイミングだ。これを仕損じれば、間違いなく勝機がなくなる。
けれど、あのミーシャの動きに対し魔法を当てることはできるのか……懸念を抱いた矢先、リミナの槍が差し向けられた。
「――光よ!」
そして魔法が発動――光弾を放った彼女。槍の輝きは消えていないため、溜めこんでいる魔法とは違うのだと、直感的に理解する。
それは間違いなく、牽制として放ったものだ。けれどミーシャはそれを片手で叩き落した。やはり通用しない。
追い込まれたか――リミナは動かず、ミーシャは懐に潜り込もうとする。そして、
「――切り裂け――裂空の剣!」
リミナの魔法が、発動する。同時に槍先がさらに強く輝き、魔法が炸裂する。
それは紛れもなく風の刃――しかしこれまでの無詠唱魔法とは異なる強力なもので、リミナへ襲い掛かろうとしていたミーシャへと縦横無尽に攻撃が放たれる。
これは、さすがに避けられない――そう断じ勝ったのかと思った時、
「――無駄だ」
ミーシャの、驚く程冷たい声音が俺の耳に聞こえてきた。
彼女は両腕をクロスさせ、リミナの風を真正面から受けるべく構えた。そして彼女と風が衝突し、動きが止まり右耳から凄まじい風の音が聞こえ始めた。
やがてそれらは闘技場を取り巻く結界にも衝突を始める。威力の程は結界に衝突する炸裂音が物語り、観客も大いにどよめく。
風の中心にいるのはリミナであり、目の前にいるミーシャへ本命の風の刃が全て降り注ぐ。彼女は前進することも後退することもないままで、吹き荒れる風を耐え続ける。
「威力は十分すぎるくらいにあるだろう。けど、これは……」
セシルが発言。皆まで言わずともわかっていた。これでは、ミーシャに通用しないのではないか。
ロサナは大規模な魔法ではなく、一点に魔力を凝縮した魔法を使うべきだと言っていた……その教えを受けているはずのリミナが使用したのは風の魔法。そしてそれは大きく拡散しているようにも見える。
俺は思わずロサナへと視線を向ける……が、当の彼女はどこか憮然としたまま闘技場に目を向けていた。既に彼女が教えた策の範疇は超えている状況であるため、リミナの打った手がどういう意味を持つのか、彼女にも判断つかない、といったところなのか。
「……強力な魔法だ。並の魔族ならば、致命傷だったかもしれん。だがまあ、私にとっては結界すら必要のない威力だな」
少ししてミーシャの言葉が聞こえる。それと同時に風の音も静まり始めた。
「所詮は人間の所業……シュウ様のように魔の力を所持しているわけでもない以上、防ぐのは容易い……いや、この場合は――」
と、ミーシャは構えを解いた。
「貴様がドラゴンの力に過信していた、といったところか?」
リミナは相手が話し始めたと同時に多少ながら後退していた。けれど、それはもうほとんど意味の成さない行為。
「勝負は私の勝ちだな……終わらせてもらう」
告げたと同時に、走る。先ほどと負けず劣らずの俊足。俺の目には、一個の光弾のようにも見え、そのまま体当たりでぶちかましでも決めるのかと思う程の、圧倒的な速度。
負ける――そういう嫌な推測が頭の中で浮かび、思わず声を上げそうになった。そして、
リミナが最後の抵抗と言わんばかりに槍を構え、ミーシャに相対するべく走る。それは俺から見れば絶望的な攻撃。
両者が衝突しようとする――その勝敗は、おそらくこの広間にいた人達には明確にわかっていたはずで――
次の瞬間、リミナの握る槍から、光が生まれる。
「っ――!?」
ミーシャの呻く声。それと同時に、
槍の刃先が伸び、突撃するミーシャの肩に、突き刺さった。
「ぐぅっ……!?」
呻き声が俺の耳に聞こえ、両者が止まる。俺は一瞬何が起こったのかわからず、ただミーシャが後退する様を眺めるしかない。
槍が入ったのは、右肩。はっきりと貫かれた部位から出血が始まり、ミーシャはそれを庇うように左手を当てる。
「貴様……それは……!」
告げたと同時に俺はリミナの槍を見る。槍の先端が伸びている……いや、違う。
光が槍の先から伸び、もう一つの刃となっている……たったそれだけなのだが、その魔法がミーシャの肩を貫いたのは事実であり、明らかに先ほどの風の刃より威力が上なのがわかる。
「それが、本命だったというわけか……!」
「そういうことです」
リミナは槍を構え直す。そしてミーシャから嘆息にも似た息づかいが聞こえた。
「そうか、風の魔法により大気中の音と魔力を乱し、魔法発動による声と魔力収束を見えなくしたというわけか。そして先ほどの風の魔法も、槍に備わっていた本命の魔法ではなかったのだな?」
「その通りです……この魔法が発動し再度魔力を込めないと光が消えるのは単なる魔法の性質ですが、これを利用すれば裏をかけるとは思っていました」
決然と告げたリミナは、構えを崩さぬままさらに問い掛ける。
「……出血によりあなたが倒れるとは思えませんが、このまま戦い続けて魔族だと露見する可能性が高くなるでしょう。それはまずいのではないですか?」
「ふん、その程度どうにでも誤魔化せる……のだが、どうやらこの状況で貴様に勝てるというのは、自惚れということになりそうだな」
そう告げると、彼女はリミナに背を向ける。その意を介した実況が、リミナ勝利という宣言を行う。
勝った――一瞬の攻防であったため驚く間に終わってしまった。
「あんな切り札があるなら、言っても良かったのに」
そして不服そうな人物が一人。ロサナだ。どうやら彼女も聞かされていなかったらしい。
「……さすがにあれを切り札だと断定するのは自信なかったんじゃないですか?」
俺は槍の先にある光を見ながら言及する。けれど彼女の顔は一切晴れない。
「ああいうのが、私の望むべく完成形の一つなのだけど……昔からリミナはこうなのよね。どこか自信なく自分であーだこーだ考えて、私の相談もなしに……」
なんだか愚痴っぽくなってきたな……俺はなんとなくそれ以上声を掛けるのをやめて、リミナを見た。
彼女は自身が出てきた闘技場の入口へ足を向ける。颯爽と歩む姿は風格も感じられ、魔法使いという枠には収まらないようにも見え――
「新たな戦士の、誕生ってところかな」
ノディが同じことを思ったのか、口を開く。
「レンの従士というのは当然だけど、それ以上に彼女も新世代の戦士として認める他ないよね」
「……あんまり、リミナは望んでいないように思えるけどな」
彼女はあくまで魔法使いとしてここまで来たわけだし……まあ、こうして変化はこれから戦い抜く中で仕方ないと言えばそれまでだけど。
「とにかく、これで第二関門も突破だね――」
ノディがさらに告げた直後、突如フィクハが立ち上がった。
「……フィクハ?」
「レン、もしよかったら来て」
端的に告げた彼女は、おもむろに走り出す。一体何のことかわからなかったが――急いでいるようであり、俺に来てほしいと言ったので、なんとなく追随する。
「どうしたんだ――」
俺は彼女の背中へ呼び掛けたのだが、反応なくそのまま部屋を出てしまった。仕方なくこちらも無言で部屋を出て、フィクハの後を追う。
その方向は――リミナの控室ではない。むしろ逆方向であり、
「――ミーシャの所に?」
「ふと、思い出したのよ」
フィクハは言う。一体、何を――
「あいつは……びっくりするほど律儀な性格をしていたということを、ね」




