取り戻した力
観客にとってみれば、初めてセシルが押し返した――だからこそ歓声が湧き、俺の耳にも聞こえてくる。
「闘士として、ナーゲンさんが僕に見出したもの……それは、僕が死線を潜り抜けることのできる力を持っている点だった」
語るセシルは、改めて剣を構え直す。対するルルーナは先ほどの余裕は見せず、無言となる。
「死にそうな目に遭いながら、僕は這い上がり、ナーゲンさんの教えを受け覇者となった……確かに言われなければ忘れたままだったかもしれない」
「確かに発する気配が、違うようだな」
断定するルルーナ。相対することで何かを掴んだらしい。
「思い出したことでそこまで変化するとなると……貴殿は余程、横着していたのだろうな」
「あながち間違っていないかもね。そしてこれこそ、僕が今必要としているものだった」
そう述べたセシルに対し――ルルーナは腰を落とした。突撃するというよりは、待ち構えるといった感じだ。
「……さっきの続きだけど、要するにナーゲンさんは僕の生存能力に目をつけたわけだ」
そんな中でも、セシルの解説は続く。
「明らかに体格の異なる相手……さらには、上の技量を有する相手にも立ち向かい、勝利する。今ではその全てが『神眼』によるものだとされているけど、こんなものはナーゲンさんから教えられたものであって、違う」
「……なるほど、つまり――」
ルルーナは理解したのか口を開き、結論を述べる。
「強敵と戦い、それでも生き残る……その成長速度を、ナーゲンは発見したというわけだな」
「――ご名答」
答えたと同時、セシルが駆ける。先ほどよりも速い――けれど、能力を全開にしたフィクハなんかよりは下のはず。はずなのだが――
「っ!」
ルルーナが短い言葉を漏らす――そう、疾駆するその鋭さは一本の槍のようであり、フィクハやノディが見せた速さとはまた別物のように思えた。
俺の考えを裏付けるように、セシルは流れるように剣を放ち、ルルーナが防ぐ。彼は押し返されなかった。その一撃に十分な魔力を込め、対処したに違いない。
今までの攻防でルルーナに対し必要な魔力を見定めたということか……考える間にセシルはさらに攻勢に出る。炸裂する剣戟をルルーナは弾くが、最初打ち合った時と比べ、余裕が少なっていることは丸わかりだった。
セシルが優勢となった時点で歓声の興奮も増す。それに呼応するようにセシルは剣を振り続け、やがてルルーナをじりじりと後退させる。
おそらく彼は、観客をも味方につけている……それに加え本来持っているその『成長速度』という点において、ルルーナに対抗しようとしているわけだ。
先ほどまでの苦戦が嘘のようにセシルが攻撃し続ける。反面今度はルルーナが苦戦……とはいかないまでも、先ほどのように圧倒はしていない。
けれどそこは現世代でも特級の戦士。少しずつセシルの能力に適応し始め――ついには彼を大きく弾いた。
セシルはその流れに身を任せて後退。金属が衝突した残響音を残し、両者は一瞬動かなくなる。
次はどう出るのか――思考する間にルルーナが走る。跳ぶように一歩を踏み出し、
彼女は突如低姿勢となった。そしてすくい上げるような一撃を放つ。
「そうきたか……!」
セシルは呟きながら呼応するように双剣でガード。下手をすると足が浮くのではないかと思ったのだが……セシルは剣戟を見事受け流し、さらにカウンターまで放って見せた。だがルルーナには通用せず、
彼女はさらに足を右に移す。双剣を合わせながら回り込むつもりなのか――
「おっと」
けれどセシルは慌てることなく彼女の剣を押し返すと、一歩だけ距離をとる。ルルーナはさらに追撃するかと思ったが、踏みとどまり彼女もまた一歩分後ろに下がった。
「低身長を生かした下段攻撃だったみたいだけど、通用しなかったね」
セシルがどこか挑発的に言う……きっと身長云々のことに言及すると、反応があると思ったのだろう。
けれどルルーナは一切応じる構えを見せない。研ぎ澄まされるような気配を放っているのが俺でもわかる。そうした中、セシルの動きをつぶさに観察している。
「……さすがに、この状況下では通用しないか」
セシルは言う……そして、一度両の剣を素振りして、
「……そして、持久戦となれば魔力制御が洗練されているルルーナの方が有利なわけだね」
「だろうな」
あっさり同意するルルーナ。口上から、セシルは短期決戦に踏み切る構えなのか。
確かにセシルの言う通り、このまま長期戦に持ち込んでも勝てるかどうか怪しい。ルルーナとの打ち合いによって今以上に成長すれば勝てる公算も出てくるかもしれないが、それを彼女が待つとは思えないし、何よりセシルの体力がもたないのではないか。
セシルが急速に成長しているのは、俺でもなんとなく理解できる。けれど今回は相手が相手。肩を並べるに至るまで、果たしてどの程度時間が必要なのか――少なくとも、セシルの体力が残る間には難しいのではと、直感的に思う。
ただ短期決戦と言えど、力で勝るルルーナに対し押し切らなければならない。それが果たしてできるのか――加え、明確にわかることが一つ。
短期決戦と宣言した以上、セシルはそれこそ全力で仕掛けるだろう。だからその勝負で、間違いなく決着がつくはず。
セシルが足を一歩前に踏み出す。とはいえ性急に仕掛けはせず、相手の出方を窺うような構え。一方のルルーナもまた足を出したが、こちらも静観。態度からして、セシルの行動を待つようにも見える。
「……どうも、決めにかかるようですね」
リミナから声がする。俺はそれに小さく頷き――セシルが、走った。
一瞬で間合いを詰め、ルルーナに迫る。対する彼女もセシルに応じるべく剣をかざし、
魔力が、広間に流れ込んできた。
「っ……!?」
魔力――全身全霊の一撃とでも言うべきそれが、闘技場からやや距離のあるこの広間にも伝わってくる程……そしてその大半は、おそらくセシルから放たれたものだ。
感じ取れるのは、明らかにセシルの量が多い……これは別にルルーナの魔力が少ないわけではなく、彼女の方が制御に優れ外部に放出していないだけだろう。だからこそ俺としては通用するのかと不安に思った。そしてこの一撃が決まらなければ、間違いなくセシルは――
そして――その一瞬はおそらく、瞬きをする程度の短い時間だったはず。けれど俺は無意識の内に集中し、セシルとルルーナが放つ剣の軌跡を追う。
両者の剣が、衝突する。そして勝利したのは――ほんの少しだけ押し返した、ルルーナ。
「――残念だ」
冷酷な彼女の言葉。それと共にセシルに引導を渡すべく、双剣を弾き飛ばし胴に一撃加えようと剣閃を奔らせる。その姿を見て、俺はこの戦いに終止符が打たれたと、半ば確信した。
だが、それで終わりではなかった。次の瞬間、セシルの剣を突破しようとしていたルルーナの剣が、止まる。
その動きを捉え俺は頭に疑問符を浮かべた刹那――またも、セシルの魔力が流れてきた。けれど先ほどのような爆発的なものとは違う。表現として語るとすると、まるで緩やかな風が頬を撫でるようなものであり、
魔力と同時に、セシルの剣が逆に押し込んだ――
「――見事」
ルルーナが告げる。刹那、
二人を中心として魔力が弾け――その衝撃波が闘技場内に炸裂すると共に、両者はすれ違い、剣を振り終えた体勢で――止まった。




