もう一つの意味
両者共、完全な攻撃態勢――防御を捨てた風に俺は一瞬見えながら、二人の剣が轟音と共に衝突した。
ルルーナの両手持ちの剣戟に対し、セシルは双剣をクロスさせながらの一撃――結果、セシルが後方へと大きく退く。
「力でまともに戦うのは、やっぱり無理か」
押し負けた格好だが、イヤホンから聞こえてくるセシルの声はいつもの雰囲気――ここで俺も中継をやめ、試合を見入る。
「得意の速さを利用した戦法に出るか? それとも『神眼』を使うのか?」
問い掛けたルルーナに対し――セシルは突如、苦笑した。
「いつも思うけどさ……仰々しいよね。その二つ名」
「闘技大会覇者である以上、尊大な言い方になるのはむしろ当然と言えるのではないか?」
「そうかな……確かにその二つ名によって、色々と噂が立てられて神格化されているのは事実かもしれない」
態度を一切変えずルルーナに応じるセシル……余裕ともとれるが、相手に臆することのないように演技をしている、という風に見えなくもない。
セシルは最初の打ち合いでどう感じたのか……考える間に、ルルーナが仕掛ける。
攻撃的なセシルが守勢に回る形……再度剣が衝突すると、またもセシルが後退。彼は双剣を駆使し攻撃を防いでいるのだが、それでも完全に威力を殺しきれていない。
一方のルルーナもそれを踏まえた上での直情的な攻撃……このまま打ち合っていてもセシルが勝つ可能性が低いのは自明の理であり、また彼自身殺しきれなかった衝撃が腕に溜まっていくだろう……それは、セシルにとってさらに不利となる材料だ。
となると、セシルから何か仕掛けないと情勢は変化しない……思っていると、今度は一転セシルが走る。その速度は中々のもので、一気にルルーナへと迫るが、
「魔力強化は見事だが、それでは足らないな」
彼女は宣告と同時にセシルの剣戟をあっさりと弾く、次いで放たれた剣もまた、洗練された動きで捌ききった。
これはジオと同じ……技術的にセシルを上回り、洗練されているため双剣を握り攻撃回数が多いはずのセシルと対等に打ち合うことができる。
「騎士ノディの強化はこんなものではなかった……さらに言えばフィクハ殿もまた、身体強化によって私達に到達しようとしている」
告げながら彼女はものの見事にセシルの剣を叩き落とす。
「レンと、リミナ殿は言わずもがな……グレン殿も話によれば何かしら技法を身に着けたらしい……最後にアキ殿は様々な選択と、またレンを追い込んだ策が存在している……唯一」
そう言ってルルーナは、セシルを大きく弾き飛ばした。
「セシル……貴殿だけが、成長していない」
断言するルルーナ……その言葉を、セシルは剣を構え直しながら聞き入る。
「『神眼』も所詮、闘士として活動していた時のことを思い出したに過ぎない……騎士ノディやフィクハ殿が魔族に対抗し得る手段を構築し、瞬間的な身体能力だけを見れば貴殿を上回っていると言ってもよいだろう。基礎的な技量に胡坐をかき、ここまで怠けていたとしか言いようがない」
続けざまに痛いことを言い続けるルルーナ。けれどセシルは怒ることも焦ることもせず、ただ彼女の声を聞き続ける。
「それとも……他に何か手があるのか?」
そうして決然と尋ねた先――セシルは、
「言いたいことはわかった……確かに僕の今の身体能力は、魔法で強化した面々には勝てないな」
やけにさっぱりとした口調で、ルルーナの言葉を認める。
「技量に関してはそこそこの自信はあるけどさ……それだって、徐々に差は詰まって来ていると言ってもいい。レン達はきっと、僕のことを特別扱いするかもしれないけど……そんなことが無意味という日が来るだろうというのは、僕が一番よく知っている」
セシル……? 言葉は全て、ルルーナを肯定するかのようなもの。そしてそれは、目の前の彼女に勝てないということを意味しているのではないのだろうか――
「言ってみれば、僕はあの六人の中で一番先……いや、壁を超える技術のことを考えたらレンの次くらいかもしれないけど……とにかく、僕は屋敷に集った時技量的には上にいたわけだ。けれど、この大会で誰もが必死に食らいつこうとした結果、差を縮めて――」
そこまで言うと、セシルは肩をすくめた。
「違う、僕に並ぼうとしている、かな」
「そうだろうな」
ルルーナが応じる。その事実は、俺に限りない不安を与える。
「リミナさんは自分の技量に関して疑問を抱き、不安だったみたいだけど……なんのことはない。一番危惧すべきは僕だったというわけさ」
「その口上だと、ずいぶんと悩んでいたようだな」
ルルーナが尋ねると――セシルは、
「ああ、そうだね」
またも、簡単に肯定した。
「ま、誰にも悟られない程度のポーカーフェイスはできていただろうから、たぶんバレてはいないよ。けどまあ、こうして会話をしていることはレンに聞かれているから、今こうして露見してしまったわけだけどさ」
「居心地が悪くなりそうだな」
「まったくだ。ちなみにフォローの一つでも入れようものなら飛び蹴りの一発でも食らわしてやろうかと思っている」
おいおい……俺は心の中でツッコミを入れつつも、セシル達が対峙する姿を眺める。
戦いは完全に膠着状態となっているが……見様によっては、舌戦でも繰り広げているのでは、と思うかもしれない。そしてイヤホンを聞く俺だけはどう勝負が転ぶかわからない状況。ふと横を見ると、訝しげなノディの姿などもあり、
「ねえレン、どんな会話をしているの?」
俺に質問が来たのだが、こちらは「因縁があるから色々と」とだけ答え、闘技場を注視する。
「しかし、どうやら新たな技術を習得しているというわけではないのだな」
そこで話を戻し、ルルーナは語る。
「となれば、私に勝てる要素というのはないと思うのだが――」
「――これは、ジオに言ったことだけど」
ふいに、ルルーナを遮るようにしてセシルが語り始めた。
「僕はナーゲンさんに、闘士としての自分を思い出せと言われた」
「聞いているよ。だからこその『神眼』だろう?」
「実を言うと、それは半分なんだよ」
半分……? 観察していると、彼はなおも続けた。
「別に二つ名を思い出せと言っただけではないんだ……僕が闘士として、どうやって覇者となったのかを思い出せと言っている」
「ほう、私は二つ名だけと思っていたから、これは予想外だな。で、それが切り札になるのか?」
「さあね……けど、僕が覇者となって牙を研がなくなったのは、事実だった」
はっきりと告げるセシル……一体、それはどういう――
「僕はさ、別に順風満帆で闘技大会の覇者となったわけじゃない。この闘技場で死にそうな目に何度も遭ってきたし、怪我だって数えきれないほどあった……けど、僕は覇者として五体満足でここにいる」
「ナーゲン殿が教えたから、ではないのか?」
ルルーナが問う。それは皮肉でも何でもなく、純然たる問い掛けだったようだが――
「ナーゲンさんに教えてもらう前……その時点で、ナーゲンさんは僕が強くなると確信していたそうだよ」
「ほう、それは面白い……どういう理屈だ?」
ルルーナが問い掛けると、セシルは――
「それが僕の出発点……言わば、僕の原初とでも言うべき場所というわけさ!」
言葉と同時に踏み込む――そしてセシルが繰り出した斬撃は、遠目から見ても先ほどと比べ鋭いもの。
それをルルーナは弾く――が、今度は後退し、彼と僅かながら距離を置くこととなった。