隠す理由
「では、今回の依頼について詳しい説明を始めます」
フェディウス王子は笑みを収めると、そう口にした。
「始まりは一月程前となります。所用で城を訪れ、護衛を伴い屋敷に帰る途中、最初の襲撃に遭遇しました。その時は護衛の者達が襲撃者を捕らえたのですが……以後、断続的に屋敷に侵入者が現れるようになりました」
彼は一度言葉を切り、俺達を一瞥した後、再び語り始める。
「中には捕まえ今は牢屋にいる者もいるのですが……なおも断続的に襲撃は続いています。時間帯や、狙われる対象もバラバラで……なおかつ怪我人はいますが犠牲者はゼロ。非常に不可解な点が多い案件です」
彼の話を聞きながら、俺は思案する。特に気になるのが、犠牲者ゼロという点。王子の口ぶりからこの一ヶ月の間にかなり襲撃されている様子。なのに、死んでしまった人間はいない。
考えている間に、フェディウスは話を進める。
「そして、一番の問題が……捕らえた人物達の証言です。彼らは一貫してとある人物に雇われたと話をしています。ちなみに、その人物は顔を隠していたとのことで詳細はわかりませんが……一つ言えるのは、何者か……それも資金を抱えた存在が動いていること」
「資金……ですか」
雇い入れるとなると金が必要なので当然だろう。俺は呟きつつ――ふと、疑問を抱く。
「フェディウス王子、雇われたのならば誰かが断続的に襲撃をかけている理由の説明はできますが……雇われる側の人間が、屋敷……しかも王子を襲うなどとリスクを冒してまで仕事を請けるのでしょうか?」
「何か理由があるのかもしれませんし……それに法令に基づけば、相手が貴族であっても重犯罪者です。彼らにしてみれば、同じ罪であれば王子であろうとなかろうと、関係ないと考えているのかもしれません」
「そうですか……」
王子の説明に俺は頷く――が、やはり納得できない。けれどここで問答しても正解を導き出すことはできないので、ひとまず置いておくしかない。
「わかりました。それで、どういう組織なのかはわかっているのですか?」
「現状人手が足らず、調べが回っていないのが実情です。ラウニイさんから伺っているかもしれませんが、このような事件が周知されれば多大な混乱を引き起こすでしょう。もしかすると、そこが敵の狙いかもしれない……なので、対応に苦慮している」
「狙い、ですか」
「はい。王子が狙われている……その一事が民衆に大きな波紋を呼ぶ。敵の目的がわからない以上、無闇に事を荒立てるべきではない」
「……目的がわかれば、広めてもいいと?」
俺は逆に尋ねてみる。すると、
「はい」
フェディウス王子は明瞭に答えた。
「なぜ隠しているのか……それには理由が二つあります。一つは、敵の行動が非常に不可解なこと……この事件では一切犠牲者が出ていません。私を襲撃するという大業を犯しておいて、なぜ人を殺そうとしないのか……そこがはっきりしないため、安易に広めてもいいのか疑問が生まれています」
これは敵の目的と関係している部分だろう。
「もう一点は?」
「謀略に使われる恐れです」
「謀略?」
「この事件を大々的に広めること……もしくは私を殺すことで、現国王に反逆の意志のある者達をたきつける、など」
言いたいことはなんとなくわかった。お家騒動だ。
そこでフェディウスは小さくため息を漏らす。
「実の所、父上は即位して以後、急進的な政策を進めました。その結果、生活が楽になった者もいれば、不満や憎しみを抱く者も出てくるようになった……もしこの事件が広まると、かねてから恨みを持つ貴族などが民衆を扇動してクーデタ、などと考える可能性があるのです」
……どうにもきな臭い話だ。俺はなるほどと頷きつつ、王子の言葉を待つ。
「そのリスクが多少でもある限り、表には出せません。さらに言えば、首謀者が城の内部の者である可能性を考えれば……隙を見せれば一気に最悪の事態になりかねない。絶対に、ここで食い止めなければならない」
決然と、フェディウス王子は言う。すると、次に声を上げたのはラウニイだった。
「今の所、情報屋なんかに調べさせたけど、噂になっているようなこともないわ」
「なら、大丈夫です。現在私が狙われているなどと言っても誰も信用しないでしょうし、無用な騒ぎを起こしたということで捕らえることもできる。水際で抑えられる……多少強引ではありますけど」
そう言い、王子は再度ため息。
「詳細は以上です……それで、皆様にはこの屋敷の護衛を行ってもらいたいのです。あなた方が来てくれたことで、こちらも攻勢に出ることができます」
「目的を調べるわけですね?」
クラリスが問う。王子はすぐさま頷いた。
「はい。敵の狙いがわかれば対策を講じることができます……もし目的が私の命でなかったとしたら、すぐにでも公表し反逆者を捕らえるべく動き出します。そこまでは、内密にお願いします」
「王子のお命であった場合は?」
彼女はさらに問う。彼は柔和な笑みを見せ、
「誰が関わっているのか……その証拠を握り、先んじて捕まえます」
――かなり厄介な仕事だ。心の内で考えつつ、深く頷く。
「わかりました……それで、どのように行動すれば?」
「白昼でも敵は襲撃する可能性があるため、随時見回りを行ってください。詳しい内容については、追って伝えます……あ、それと」
彼はさらに、付け加えるように話す。
「ここに控える執事や侍女は、ある程度警戒するよう指示をしています。敵と遭遇した場合についてもマニュアルを策定していますので、混乱が生まれることはないでしょう」
「……皆さん、大丈夫なんですか?」
俺は気になって質問する――答えはエンスからやって来た。
「全員、王子の心労は理解されている……いち早くこの事件が解決するよう、そして自分が犠牲とならないようしています」
非常に力強い声――きっと、強い信頼関係があるのだろう。そんな風に感じた。
「さて、話はこれで終わりです」
王子はそう締めくくると、首を横にいるエンスへ向けた。
「皆様を客室へ」
「はい」
指示に彼は一礼し、こちらに目をやる。
「部屋へと、案内致します……ただ一つ、注意点が」
彼はそう告げると、俺達を一瞥した後語り出す。
「現在、侍女や執事には武器を携帯させ、なおかつ二人一組で行動させるようにしています。場合によっては、あなた方が狙われるという可能性もあるので、皆様もそのような形で行動をお願いします」
俺達は一斉に頷く――と、彼の口からさらなる言葉。
「ですので、部屋割りも二人ずつと、均等に分かれて頂きます」
「お、なるほど」
と、ラウニイが突如ポンと手を打った。
「つまり、一番重要なのは誰がレン君と一緒に寝るかよね」
「その言い方は、やめてもらえないかな……」
俺は苦言を呈する。まあ部屋割りを考えると、俺は三人の誰かと一緒にならないといけないわけで……うん、少し緊張してきた。
リミナと共に野宿というケースはあったが、宿なんかでは部屋は別だった。なんというか、そういう部屋で女性と一緒というのは、なんだか身構えてしまう――いや、決してイベントを期待しているわけではないが。
「どうしますか?」
急かすようなエンスの発言。俺は答えが出せず沈黙していると――ラウニイがニヤリと笑い、話し出した。
「その辺りは、部屋の前にでも行ってから考えましょう。ここにいると王子の迷惑になるでしょうから、とりあえず出ることにしましょう――」