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戦ってみることにした

 村を出て少し歩いた時、俺はリミナに提案した。


「戦えるかどうか、確認させてもらえないか?」

「はい、わかりました」


 彼女はあっさり了承する。


「訓練にしますか? それともモンスターと戦う実戦形式に?」

「実戦で」


 即答した。根拠としては、この世界に早く慣れたほうがいいだろうというもの。

 モンスターとの戦いもさっさと経験したほうがいい。ドラゴンの前に。


「なら……村を離れれば狼の類が現れるでしょうから、それにしましょう」

「狼か」


 本当にゲームみたいな世界だと思いつつ、俺は彼女に訊いてみる。


「モンスターというのは、他にどんなのがいるんだ?」

「多種多様ですよ。動物の亜種もいれば、悪魔などもいます」

「そういう敵は、そこら辺にいるものなのか?」

「人の近くにはきません。彼らも人間を脅かせば勇者などが現れて自身を滅ぼしに来る……そう学習していますから。無論、例外もありますけど」


 なるほど、そういう風に均衡が保たれているわけか。


「しかし……本当に何も覚えていらっしゃらないのですね」


 リミナはふいに呟く。俺はなんだか申し訳なく思い、俯いて「ごめん」と謝った。


「落ち込まないでください」


 彼女は俺の態度に首を振る。


「少しずつ、思い出していけばいいんです。その間に危なくなったら、私がフォローしますから」

「……ありがとう」


 例の言葉を述べると、リミナは満面の笑みを浮かべた。


 そこからは延々と足を進める作業に入る。最初は村から伸びる街道のようなものに従っていたのだが、やがてリミナは道を逸れ草原に踏み込む。

 追随(ついずい)する俺。進行方向にはどこまでも続く、綺麗な草原が広がっていた。さらに遠くには、白い頂をもった山脈が横に並んでいた。


「もしかして、あれが……」

「はい。目的地であるジェクン山のある、ガジェルス山脈です」


 距離としては結構ある。しかし正面は木々が散漫と生える草原が広がっており、当面移動に困るようなことはないだろう。半日と言う予測も、間違いではなさそうだ。


「できれば、今日中に(ふもと)の森まで行きたいですね」

「森に入ると、何かあるのか?」

「草原で野営するより、遮蔽物のある森の方がモンスターに見つかりにくくなりますから」

「そういうことか」


 納得し、改めて山脈を見る。

 映画のワンシーンのような景色。どこか幻想的で、昨日までの俺から想像できなかったであろう世界。


「……どうしましたか?」


 リミナが問う。俺は「何でもない」と答え、歩を進める。

 草原に広がる草木はあまり高くないため、易々と動くことができた。これなら森までは易々と進めると思った時――ふいにリミナが立ち止まった。


「早速、現れましたね」


 彼女の言葉と同時に、俺も視界に捉える。

 真正面に狼が一頭。灰色の毛並みを持つ、見た目はごくごく普通の狼。


「あれがモンスターか……名前とかあるの?」

「チェインウルフです」

「チェイン……ウルフ?」

「雑食性の狼で、一定のナワバリを形成するとそこから一切出なくなるため、このような名前がつけられました」


 だからチェイン……鎖か。鎖のついた首輪を身に着け、一定の範囲しか動かない――そういう意味合いなのだろうか。


「親子の場合は多少厄介ですが、勇者様の技量ならば恐れる必要はありません」

「戦えるかどうかを試すには、絶好の相手ってところか」


 俺は言いながら、狼と距離を詰める。

 チェインウルフはまだナワバリに入っていないためか、こちらを注視するだけで向かってこない。


「ナワバリの範囲は個体によって違うはずですから、気を付けてください」

「わかった」


 リミナに言われると剣を静かに抜いた。白銀の刀身が太陽光に当たってキラキラと輝く。

 すると、チェインウルフは耳を立てた。警戒し始めたようだ。


「そろそろかもしれません」

「わかった……俺が対応する。見ていてくれ」

「はい」


 優しく答えるリミナ。俺は剣を右手に握りながら少しずつ進んでいく。

 俺にとって初めてのモンスター。そして初めての戦闘。これがゲームならば勢いよく戦えるのだが、いざその場に立ち会ってみると、体が強張るばかり。


 やがて――チェインウルフが前傾姿勢となった。どうやらナワバリに入ったらしい。距離はまだあるのだが、狼の俊敏さを考えれば、あっという間に距離を詰められるだろう。

 断じた瞬間、チェインウルフが動いた。俺にとっては凄まじい速さで猛然と駆けてくる。牙をむき出し、首筋に噛みつこうと迫ってくる。


 狼に対し俺は、待ち構えることを選択した。剣を両手で握り刃先を狼へ――直後、手のひらがじわりと熱を帯びた。何だ……?

 考えている間に、狼が近づいてくる。思考している暇はないようだ。すぐに狼に意識を集中させ、目で動きを追い始める。


 その時、今まで感じたことの無いような感覚が全身を襲った。狼の動きがスローモーションとなり、さらには思考が鋭敏化していく――直後、俺は狼が地面を蹴り、眼前へ突進する姿を想像した。


「……っ!」


 僅かに(うめ)いた後、右足に力を入れた。刹那、狼が俺の予期通り噛みつこうと飛び掛かってくる。

 即座に力を込めた足を動かし右方向に回避した。対する狼はだいぶ遅れて俺の立っていた場所を通り過ぎる。


「え……」


 頭の中ではかなりリギリだと感じていた。しかし、体は予想以上の速度で反応する。

 これはもしかすると――思うと同時に、狼が着地して体を反転させた。


 またも狼は跳ぶ。目標はもちろん俺。だがこっちはきっちり対応し、右方向に一歩分移動した。その横を狼が通り過ぎていく――ずいぶんと遅く。


「反応速度が速いってことか……?」


 にわかに信じられないが、体は溜まった経験値通り動いてくれているようだ。全開には程遠いだろうが、ひとまず戦えることだけは理解できた。


「なら……!」


 即座に反撃する。先ほど剣を握りしめた瞬間手に熱を感じた。これはまさに、何かしら力を持っている証のはず。

 狼が着地すると同時、刀身に力を込めた。するとえも言われぬ力が手に集積し、それが柄を伝い刀身へ収束していく――


「勇者様!」


 その時リミナの声が聞こえた――しかし、声と同時に剣を振った。

 狼とは多少距離がある。だが確信があった。剣先から力が生じ、何かしら攻撃が放たれるに違いない――


 と思ったのは一瞬。振り抜いたことによって現れた――自分の身長を越える氷柱が目の前に出ると、唖然(あぜん)としてしまった。攻撃を中断しようかと思ったが、止め方がわからなかったため、放置するしかない。

 氷柱はガガガガガッ――と轟音を立て、目の前の地面にどんどん生み出される。あまつさえ狼をも巻き込んで、十メートルくらいしてやっと止まった。


「……は?」


 目が点になる。力を込めて一閃しただけで、氷柱が大量に生まれた。


「どうやら、力の加減はできないようですね」


 横からリミナの声。振り向くと氷柱を見ながら何やら考える姿。


「動きを見るに、体は戦い方を覚えているみたいです……しかし、ある程度の力を剣先に集中させた途端、この結果……制御が上手くできないようですね」

「そ、そうなのか……」


 俺はちょっと狼狽えながら、氷柱を見た。消える様子は無く、草原の中に場違いな冷気を生み出している。


「氷柱に関しては、勇者様の手を離れた以上直に崩れ溶けるでしょうから問題ありません。チェインウルフは倒しましたし、先に進みましょう」

「あ、ああ……」


 答えると、リミナは歩き出す。俺は黙って従う。

 氷柱の横を通り過ぎようとした時、目をやると氷漬けになったチェインウルフがいた。


「……悪いな」


 なんとなく謝った。直後、言葉に応じたかのように氷柱が砕け始めた。

 そしてチェインウルフは……氷柱の中で光の塵となり始めた。


「これは……」

「モンスターは魔力によって形作られた存在。消える時、それらは光となって消えます」


 前方にいるリミナが言う。俺は無言で見続けて……やがて、チェインウルフの姿が完全に消えた。


「行きましょう」


 リミナが言う。俺は「ああ」と答え、草原の中を歩き出した。


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