表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
398/596

もう一つの魔法

 次の手――アキは一度深呼吸をした後、両手に短剣を生み出した。鞭を消したため、どうやら接近戦に持ち込む気のようだが――

 彼女は油断なく俺を見据え、駆けた。今までの派手な攻撃と比べればずいぶんとシンプルなもの……対する俺は魔力を体に込め、思案する。


 攻撃に転じるべきか、それとも防御に回るべきか。様子を見ながら反撃を行う戦法でも良い気はするのだが、彼女に策があるとするならそれを発動させる前に決着をつけるべきなのか……?


 考える間に彼女が近づく。そしてわざとらしく短剣を見せつけるように素振りする。対する俺はそれに応じるべく足に力を入れ、

 一瞬だが、耳に入っていた観客の声が途切れた――ような気がした。俺は眉をひそめたくなったのだが、目の前に集中しようとして、


 短剣をかざし眼前に迫る、アキを捉える。


「――っ!?」


 まるで瞬間移動でもしたかのような動きに感じ……すぐさま『時雨』が発動。盾で短剣を防いだ。

 彼女の攻撃はいとも容易く阻まれたが、さらに短剣を振りかざす。それを見つつ俺は再度盾で防ごうとしたのだが、


 また、観客の声が途切れた。一秒にも満たないものであったが……違和感を覚えつつもこちらは盾で短剣を防ごうとする。

 その時――俺は、嫌な予感がして視線を転じた。もう一方の短剣に集中したためか、一度弾いた短剣の動きを見逃し、


 気付けば、そちらの短剣が俺の懐へ潜り込もうとしていた。


「なっ……!?」


 ここに至り明らかにおかしいと悟り、俺はそれも『時雨』で弾いた直後一気に後退する。観客の目にどう見えたのかはわからないが……どよめきが聞こえたため、何か変だとは思っていることだろう。


「どうしたの?」


 アキが問い掛ける。よく見ると彼女の首筋には汗が浮き出ている……先ほどの動きによって発せられたものだとは考えにくい量であり、この一事からも魔法を使っているのだと察することができた。


 だが、問題はどういう魔法を使っているのか……それがわかるまでは、できるだけ近づかせない方が良いと思うのだが――


 一方のアキも両手にある短剣を構え直す。鞭を出現させる気はないのか、それとも汗から考えてあれを操る余裕もないのか。

 見るからに、一度発動すると常に発揮し続けなければ使えない魔法なのだとわかる。とはいえどういう理屈で先ほどの現象を引き起こしたのかわからないため、俺としてはどう立ち回るか迷うところ。


「……来ないなら、こっちから行くわよ?」


 アキが言う。同時に足を強く踏み出してこちらへ駆ける。


 俺は退いたとはいえ距離はそれほどでもない。だから瞬時に間合いを詰め、俺の懐へ潜り込もうという肚だろう。

 だから魔法の正体がわかるまでは距離を置こうとした……のだが、


 またも、観客の声が聞こえなくなる――それはほんの一瞬のことだが、気付いた時にはアキが間近まで到達していた。


「っ……!」


 短く呻いたのと、アキが短剣を振りかざしたのは同時だった。けれど『時雨』によって彼女の短剣はまたも阻まれる。

 そこでまたも後退しつつ……先ほどの状況を考えてみる。全てのケースで一瞬だが、観客の声が聞こえなくなった。そしてそのわずかな時間でアキが迫り……というのが、基本的な構図だ。


 時間でも操っているのかと思ったのだが、それなら俺が変だと自覚しているのはおかしいだろう……他には俺に魔法を掛けて動きを止める方法かと考えたが、それなら観客の声が聞こえなくなるというのは変だ。

 思案する間にアキがさらに近づく。悩んでいる暇はない――とにかく、現状は予測だけで戦っていくしかない。


 アキが接近しようと踏み込むのに対し、俺は地面に剣を薙いだ。すると氷柱が生じ、進路を阻むように地面から氷が生じる。

 彼女は即座に回避。その間に俺はさらに距離を取り、今度は雷撃を見舞うべく剣に力を集める。一方の彼女は氷柱を避けるように移動し……俺との距離が結構あるにも関わらず、再度踏み込んで見せる。


 何をされているかわからない状態で反撃するのは不安もあるが……このまま術中にはまってしまうのもまずいと思い、俺は彼女に対抗するべく剣を振る。放ったのは雷の矢。速度を重視し威力は捨てた一撃だったのだが、


 アキはそれを横に身を捻って避けた。とはいえ魔法を維持しているためか動きがずいぶんと遅い……これなら――

 迫るまでに再度雷撃を放つ。アキは目を見開きそれを回避するべく動くが――俺の目から見て、間に合わないのは確定的だった。


 だからこそ、アキは右手に握っていた短剣を放った。刹那、雷撃と衝突し破裂音と閃光が周囲に満ちる。

 それは一瞬で途切れたが……アキは構わず走る。けれど先ほどのように観客の声が聞こえないようなことにはならない。魔法が使えないのか、それとも他の要因があるのかわからないが、これは好機だと内心悟り続けざまに雷撃を放つべく剣を振る。


「……っ!」


 途端、アキが右手を突き出した。結果、雷撃が彼女の手元に直撃。だが結界によって防ぎ切り――同時に、俺の耳から観客の声が消えた。

 それが何を意味するのか……俺は半ば本能的に、何かに抗うよう魔力を噴出した。決して理論的な理由があったわけでもない。けれど魔法によって何かをされているとしたら、こちらの魔力でそれを相殺できないか……と思ったわけだ。


 そしてそれは、どうやら功を奏した――観客の声が聞こえ始め、アキが俺へ向け左手に残る短剣を放とうとしている光景。先ほどまでのギリギリとは大きく異なる、まだ余裕のある段階。


 この時、俺は彼女が魔法によってこちらの意識を乱しているのではないかという推測に行き着いた……それと共に、かざされた短剣に対し俺は剣を薙いだ。アキは俺の動きに魔法が通用していないことに気付いた様子だったが、それでも構わず攻撃を行う。


 双方の刃が激突し――結果は、火を見るよりも明らかだった。


 金属音が鳴り響く。彼女の短剣を俺が弾き飛ばした音であり……しかし、彼女は突撃をやめず、俺は腕の動きを止められず剣を振り抜いた。

 結果、彼女の体に刃が食い込む。俺は止めようとしたのだがそれは叶わず、アキはその身に斬撃を受けて鮮血を生じさせ、


 同時に、膝をついた。


「ア、アキ――」

「いや、今のは単に止まれなかっただけ」


 痛みを堪えるように苦笑する彼女。さらにうずくまると共に試合終了の言葉が投げかけられ、闘技場入口から担架を担いだ面々が現れる。


「そうひどくはないから、レンは先に戻っていていいよ」


 気楽にアキは言うが……とはいえ、俺がこの場にいても何もできないし、そうするしかないか。

 こちらは剣についた血を振り払って鞘にしまった後、ゆっくりと歩き出す。周囲からは歓声ばかり……とりあえず観客に対しおどおどとした態度は見せられないと思ったので、ゆっくりとした足取りで闘技場を出た。


「お帰り」


 そして、控室で次の試合を待つルルーナの姿。彼女は満足そうに俺に笑みを向けていた。


「彼女のことは気にしなくてもいいだろう。ここには腕利きの魔法使いもいる」

「……はい」


 俺は頷きつつ、足早に部屋を出ようと歩き出す。闘技場方面からなおも続く歓声を耳にしながらドアノブに手を掛け、


「準々決勝で、待っていてくれ」


 ルルーナの言葉……俺は何も答えず、無言のまま控室を後にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ