新たな敵
事後報告はジオ達に任せ、俺達は一度セシルの屋敷へと戻る。屋敷にいた面々は食堂で昼食をとっていたため、とりあえずその場で一連の報告を済ませた。
その途中で連絡を受けたノディも戻ってきて……全てを話し終えた時、リミナが不安げに問い掛けた。
「……フレッドさんは、どうなるのでしょうか?」
見知った人物であるため、気に掛かっているようだ。
「あまり無茶なことをさせる……という風には考えたくないけどね」
続いてセシルが発言。彼は無造作にフォークを食べ終わった皿へと放る。全員が沈黙する中で、フォークの奏でる高い音が嫌に響く。
「駆け引きとはいえ無茶しようとしたこともそうだし、何よりフレッドの体を自由に操っていたという事実を踏まえれば……ヘクトという奴は、傭兵達に対し相当厄介な実験をしていた可能性は高い」
俺はセシルの言葉に内心同意しつつ……一つ、皆に尋ねた。
「この件……シュウさんと関係あると思うか?」
――それに対する答えは、一切の無言。誰もが判断に迷っているのが浮き彫りとなる。
現状わかっていることは、フレッドが何かしら実験に巻き込まれたことと、ヘクトという名前。そして魔石から魔族の力を引き出して使用するという点……魔族の力という時点で何かしら関係している可能性はあるのだが、果たして――
「一つ言えるのは、どういう理屈でフレッドを操ったのか、ということだけだよ」
フィクハが述べる……今ある情報だけで、敵のやり方を理解したらしい。
「前提の話だけど……フレッドを操った男も腕輪をつけていたことに加え、私の探知魔法でも引っ掛からなかったから、あの男も魔族ではなく人間だと考えていいと思う」
そこまで言うと彼女は一拍置いて、続ける。
「だから腕輪に同一の物を身に着けた相手を操る特性を加えることができるのかも……男の言葉から考えるに、ヘクトの実験に深く関わっている部下か何かだと思う」
「操るプロセスについてはどう説明する?」
次に質問を行ったのはグレン。フィクハ彼と視線を合わせ、
「腕輪の力により魔族の力が活性化される……おそらく、力を発動させることで体の中にその力を強制的に取り込んでしまうのだと思う。で、その取り込んだ力に干渉して、フレッドを操っていた」
「理屈としては成り立つな……しかし、根拠はあるのか?」
「確証は何もないけどね……ただ闘技場を出た直後の記憶が飛んでいたりしていたところを考えると、何かしら操作ができるのは間違いない。やろうと思えば洗脳レベルで操ることだって可能なはず……そして腕輪の根源が魔族の力がある以上、シュウさんか魔王絡みである可能性は高いと思う。ついでに言うと、相手が『魔の洗礼』なんて言っていたから、魔族絡みなのは確かかな」
「ここで重要なのは、フレッドが夏にヘクトという人物と会っていることかな」
ここで、俺が口を開いた。
「例えばこれが勇者の試練直後だとかなら、何の関連性もないという判断をした可能性もあるけど……夏となると、シュウ達は既に動き出しているし」
「あるいは、魔王アルーゼンの差し金という可能性も否定できない」
ここで発言したのはロサナ。俺達を一瞥すると、解説を加える。
「彼の夏、という発言から考えても、魔族が動き出している時期と重なっている……選抜試験以外にも、この世界に色々と介入していたという可能性があるわね」
「どちらにせよ、シュウさんか魔王、どちらかが俺達のあずかり知らぬところで何かやろうとしているのは事実みたいですね」
「ええ」
ロサナが頷くと――今度は、セシルが大きく手を上げる。
「そういえばレン。選抜試験の時はどうだったんだろうね?」
「……選抜試験?」
「もしあの時黒い腕輪をしている者がいたとしたら……こちらに取り入ろうとしたという可能性は考えられないかい?」
「確かに……けど、仮にそうだとしても結局どちらの仕業なのかはわからないな」
「そうだね。とりあえす僕は昼からナーゲンさんに報告しに行くよ。場合によってはその辺りのことを調べてもらう」
セシルが言うと、ロサナがまとめに入るように告げた。
「とりあえず報告はこれで終了としましょう……レンを含め、彼と関わりのある人は気になるところだろうけど、今はナーゲンやフロディアに任せ、大会に集中しなさいよ」
……姿を消してしまった以上そうならざるを得ないわけだが……やはり消化不良は否めない。まあフロディア達が動く以上俺達にできることはもうないと言ってもいい……ここは切り替えて、明日以降の試合に集中するべきだろう。
というわけで俺達は解散。セシルだけは報告のため足早に食堂を出た。一方リミナとグレン、そしてアキはロサナやリュハンと共に訓練を再開。俺やフィクハ、そしてノディは闘技場へ戻り、残る試合を観戦することにした。
午後からの試合だが、やはり特に見るべきものもなかった……ちなみにノディの話だと、俺達が出て行った後の試合もまあそれなりと言ったところで、一日目と比べるとやや地味な印象とのこと。
「観客の盛り上がりもそれなりといった様子だね。ま、マクロイドさんが出てくれば変わるんだろうけど」
頬杖を突きながらノディは語る。その横顔を窺うと、なんだか昨日負けたことにより燻っているのではと思えてしまう。
ただそれを指摘すると彼女は否定するだろうし、無理に訊くのも――ということで言葉は発さず、ルームサービスで頼んだフルーツ盛り合わせを食べながら観戦を続けた。
「この調子で行けば、ラキは準々決勝まで余裕だろうねー」
さらにノディは言及を行う……それは大会前、対戦表を見た時からわかりきっていたことなので何も言わないが……ノディはそこで何か気に掛かったのか、俺へと首を向けた。
「……観客席にいる人は、ラキが準々決勝まで上がるなんて可能性、微塵も考慮していないよね?」
「だろうな。予選で腕の一部を見せたわけだから上位に進出すると予想する人くらいはいるかもしれないが……」
「決勝まで到達する可能性だって、考えられていないよね?」
「たぶんな……どこまでいったとしても、マクロイドさんで止まると思っているんじゃないかな」
返答するとノディは渋い顔。
「どうしたんだ?」
「うーん……ほら、ありがちだけどラキが優勝することを読んで、多額のお金を賭けているとか」
「そうした調査は、さすがにフロディアさん達はやっていると思うよ」
ノディの言葉にフィクハが返答。
「賭けが公然と行われている以上、そこの調査に入るのは間違いない……もし問題があったら騒動になっていたかもしれないけど、私達の耳に入らない以上、何もなかったということじゃない?」
「そっかぁ……」
「それに、そうやって資金を集めるなんてやり方、シュウさんはしないと思う」
口添えするようにフィクハは述べると、ため息をついた。
「悲しいことに、あの人は色んな場所にコネがあるから、例え裏切っているとわかっていても、本人が出てくればお金を出す人はいくらでもいると思うし」
「そうだよね……それに、お金を得ることが目的じゃないし」
「だな」
俺も賛同しつつ、シュウの行動を考える。今回の統一闘技大会に対して、シュウ達の目的もわかっていない。とはいえそれが白日の下に晒されるのかもわからないし、何よりフレッドや彼を操っていた男の出現により、事態はさらに複雑化している。推測すら難しくなっているのが現状だ。
そうして混迷を極めていく中で……俺は、明日アキとの試合がある。フレッドのことは気に掛かるが、まずはそれを乗り越えなければ――気を引き締め直しつつ、俺は以後観戦を続けた。