唐突な依頼
広間に入ったのは俺とノディ。そしてフィクハだけ。残りの面々は訓練ということでセシルの屋敷で武器を握り、ロサナやリュハンから色々と教えを受けているところだろう。
そうした中で始まったラキの試合は、やはり始終ラキ有利で事が進み、勝利を収めた。一回戦の時もそうだったが、今回もずいぶんと余裕の勝負……とはいえ観客としても満足のいく戦いだったのか、歓声も大きい。
「うーん、やっぱり突破口なんかは見出せないか」
足をパタパタと振りながら椅子に座るノディは語る……一応有事に備えるということで、俺達は全員武装しており、彼女も鎧姿。
「単に剣を合わせているだけという感じだしなぁ……フィクハ、何かわかった?」
「こちらも似たような見解。準々決勝で戦うコレイズって人と、マクロイドさんに期待するしかないんじゃない?」
首を振りつつ語る彼女の意見を聞いて……俺は闘技場から歩き去っていくラキを見据え、目を細めた。
彼の実力を知らない者からすれば、優勝候補に挙げることはないだろう。確かに予選ではかなりのパフォーマンスを見せたが、それだけで現世代の戦士に勝てる材料だとは思わないはず。
「ねえレン。ラキというのはどういう技を使うの?」
ここでノディからの質問。俺はそれにしばし考え、
「……俺が今現在使っている技を多少なりとも使うみたいだけど……加え、シュウさんから何かしら指導を受けているだろう。俺の知らない技法を身に着けていてもおかしくないな」
「そっか。とすると、コレイズさんやマクロイドさんに期待するしかないのかな」
「二人のどっちかで勝ってもらえるのが一番望ましい形なんだけど……」
「そう上手くはいかないんじゃない?」
ノディは歎息と共に俺へと返答した。
「そもそもルルーナさんと互角に戦える相手なんだから、何が起こるかわからないじゃん。準備はしとかないと」
「わかってる……けど、とりあえず保留ということにするか」
「そうだねー。で、レンはアキに対して何か対策とかあるの?」
「対策、ねえ……」
明日の試合……俺はどう立ち回るべきなのか少し思案する。
あの使い魔をどうするかが鍵だと思うけど……そもそも、アキはまだ手の内を隠しているような気もする。
「……単純な接近戦というわけにもいかないだろうし、少しくらい考えてみることにするよ」
「そっか。頑張ってね」
「……応援してくれるのか?」
「私はレンの味方ということで」
「味方……」
「ま、私も心情的にレンに勝って欲しいところね」
ノディに続いてフィクハも言う。
「理想的にはラキと決勝戦と戦って、大勝利、という感じが……」
「小説じゃないんだから……そんな上手くはいかないと思うけど」
「実際レンは小説に出てきそうな勇者という感じじゃない? だって英雄アレスの弟子でなおかつ聖剣まで持っている」
……言われてみるとそうかもしれないが、フィクハの意見に同意するのもなぁ。
「とりあえず言えることは、俺は優勝を目指している。だからアキが全力で戦うなら、俺も応じるだけだ」
「その意気ね……とりあえず午前は早速見たい試合が終わったから、後は適当におやつでも頼んでゆったり観戦しようよ」
「賛成ー」
フィクハの意見にノディが嬉々とした表情で手を上げ同意。そんな様子を眺めつつ俺はルームサービスの人を呼ぼうかと立ち上がった――矢先、
ドアがノックされる。丁度人が来たのだと思って声を掛けると、
「失礼する」
男性の声……って、これは――
首を向けると、そこには白い外套を身にまとうカインが立っていた。
「……どうしたんだ?」
驚いて呼び掛けると、カインは扉を閉め淡々とした足取りでこちらに近寄り、
「一回戦で騎士オルバンに負けた人物についてだが……」
オルバン――となると、フレッドのことか。
「フレッドが、何か?」
「彼は試合直後にいなくなったらしいが、その後の調査で現在、まだ街にいるという情報が手に入った」
「え……?」
「ついては、もし良ければでいいのだが……彼の捕縛協力を頼みたい」
試合の最中に一騒動……いや、フレッドが魔の力を持ったという事実がわかった直後から、こうなる予測は頭の中にあったのだけれど。
「何でレンに?」
そこで訊いたのはノディ。カインは彼女に視線を送り、
「彼の姿を明確に憶えている人物の協力が欲しい……私達が信頼できる者の中で、彼と少なからず交流があったのはレンが仲間に入れている面々だそうだから」
「なるほど」
俺は納得の声を上げ思考する。捕縛、ということは少なくともフレッドに何らかの疑いがかけられているという状況と見ていいのだろう。となれば、協力しないわけにはいかないのだが――
「えっと、その前に一つ確認だけど、俺以外にこのことを話したりは?」
「セシルの屋敷を訪れた時、脇目も振らず他の面々は訓練していたからな。何も言っていない。ただレンの姿が見えなかったため、ここを訪れた」
だから暇している俺に持ちかけたわけだ。
「無論、明日試合である以上無理をさせるつもりはない。それに、断れば別の方法を考える」
「……具体的にどう捕縛を?」
そこを聞かないと判断できない。するとカインは一度目を伏せ、
「彼が通っていると思われる店を訪ね、偶然を装い干渉する。その後レンがセシルの屋敷に案内するという風に誘い出し、捕縛だ」
「そういうことか……それで、フレッドは一体どうなるんだ?」
魔の力を持っていた以上、何かしら罰せられる可能性もあるのだが――
「あの力がどのようなものかを解析することと、技術を教えてもらった存在について訊き出すくらいだ。場合によっては身に秘められたその力を封じる処置を行う……牢屋に入れるような真似はしない。何せ、彼はまだ何もしていないからな」
「……わかった」
俺も気になっていたことだし、了承することにした。
「協力する……けど、メンバーは他に誰かいるのか?」
「こちらで面が公に割れていない者を揃えた。ジオとルーティだ」
「ジオと……? でも、あの二人は闘技大会に――」
「例えば私やルルーナなどであれば、変装しようが確実に露見するだろう。しかしジオやルーティは騎士である以上、上手く変装すれば誤魔化せるレベルだ」
「……それもそうか」
会場の面々だってそう顔を深く憶えているようなこともないだろうし……大丈夫か。
「えっと、もし途中で勘付かれた場合は?」
「別働隊で捕縛を試みることになる。とはいえ闘技大会真っ最中で色々と大変な時期だ。騒動を起こした場合どんな余波があるかわからないため、できれば所定の場所まで誘導し事を行いたいところだな」
「……わかった。頑張るよ」
「本当にいいの?」
確認の問いを向けたのは、フィクハだった。
「聞いていると、ずいぶん面倒そうだけど……」
「どうにかなるよ。それにジオさんやルーティさんと一緒だし……」
俺の言葉にフィクハは憮然とした顔を示したが……やがて仕方ないという風にため息を漏らし、
「……カイン、私も同行できる?」
「フィクハもか? ふむ、こちらとしては助力してもらえるのはありがたいが……」
「なら決まりね。ノディ、一応試合の経過を見ていて」
「了解しました」
陽気にノディが答えると共に、フィクハは立ち上がる。
「というわけで、レン。行こうか」
「……いいのか?」
「任せなさい。それに、私もこういうことに対して開発していた魔法もあるから、援護できる」
開発していた魔法か……カインも少し興味深そうに彼女へ視線を向けたが、声は発さず手で扉を指し示した。
「では、早速だが行くとしようか……闘技場内の別室で既にジオとルーティは準備を済ませている。まずは二人と合流してくれ」