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頼みと約束

 挑発的なミーシャの言動に対し、フィクハがとうとう動いた。現世代の戦士と負けず劣らずの高速攻撃――もし眼前で相対するなら、俺も苦戦するであろうその力。


「――残念だな」


 その時、右耳のイヤホンからミーシャの声を確かに聞いた。それがどういう意味なのか判別つかなかったのだが……彼女はおもむろに、一歩後ろに下がった。

 なんてことのない所作……対するフィクハが刀身に魔力を注ぐ。俺にはそれが、フィクハが本来用いている魔法を乗せた最強の一撃であるのが感覚的にわかった。


 だからこそ、この攻防で勝負が決すると思い、そして――


「無駄なんだよ」


 ミーシャの冷徹な言葉と共に、フィクハの暴虐とも呼べる剣戟が――避けられた。


「私に、技は通用しない」


 だが、フィクハが攻撃をやめなかった。まだ剣に魔力は収束したままであったし――何より、フィクハの速度であればミーシャが反応する前に攻撃ができるのでは……そういう見解が頭に浮かんだため、俺としては勝てるのではという思いもあった。


 彼女の連撃が炸裂すると、ミーシャはそれもまた身を捻り避けた。続けざまに三撃目を繰り出すがそれもまた徒労に終わる――


「……これは――」


 リュハンが何事が声を出す――俺はそれに反応せず、さらに放たれたフィクハの攻撃と、ミーシャがかわす姿を眺め、


「――なら!」


 フィクハが叫んだ。刹那、


 彼女は一歩後ろに下がり、手に持っている剣の刀身から、光が溢れた。


「邪悪を滅せ――聖人の剣!」


 声と同時に刀身に備わっていた光が突如、僅かな閃光と共にミーシャへ向かって放出される。それはあのエンスが放った衝撃波のように左右に広がり――津波のようにミーシャを飲み込もうとした。


 彼女の魂胆が理解できる……フィクハは剣に力を収束させて攻撃する方針を切り替え、広範囲に魔法を炸裂させることにした。いくら未来予知ができていても、逃れる術がないのなら意味が無い。

 おそらく一撃とはいかないだろうが、手傷くらいは負わせたかもしれない――そういう推測が頭をよぎった時、


「――その程度の対策」


 ミーシャの声……気付けば、

 彼女はフィクハの眼前へと出現していた。


「っ……!?」


 呻くフィクハ。一体いつのまに接近したのか――


「していないとでも思っていたのか?」


 そして決然と告げた彼女の拳が――フィクハに、直撃した。

 次に聞こえたのは破裂音。俺は思わず叫びそうになり、そして、


 フィクハが、声も無くその場に崩れ落ちた――






 試合がミーシャの勝利で終わり、俺はフィクハの様子が気になって控室へ向かった。他の面々は残ることにしていたため、今回は俺一人で行くことになり――


「フィクハ!」


 扉を開けると、そこには担架に運ばれ治療を受けるフィクハと、それを心配そうに見つめるリミナ。そして次の試合の準備を行うグレンの姿があった。


「……その声、レン?」


 フィクハの問い掛け。声音自体は普段とそれほど変わっておらず、倒れたにしろダメージは少なかったようだ。

 俺はすぐに彼女へ駆け寄り、治療を受ける姿を眺めながら尋ねる。


「フィクハ、大丈夫か?」

「まあね……意識はずいぶんはっきりしているけど、体はあまり動かないし、少しばかり痛みもある……これもまた、彼女の策なんじゃない?」

「何?」

「遠目で見ていると気付かなかったかもしれないけど、ほんの一瞬だけ拳の動きを鈍らせた。その僅かな時間で私は体を覆うように結界を形成した……けど、結果はこのザマ」


 言うと、フィクハは力なく笑う。


「つまり、私に結界を作る隙を与え、なおかつ結界を突き破って私を倒したってこと……きっと、自分の実力を見せつけるために」

「フィクハ……」


 名を呼んだ瞬間、彼女は右腕で自身の目元を隠した。


「……対策は万全だったということだよ……悔しいなぁ」


 声と共に、彼女は沈黙する。目を隠しているのはきっと、泣いているからかもしれない。

 けれど、応急の手当てが終わった段階で彼女は腕を外し、目線をリミナへ向けた。


「……リミナ」

「はい」

「悪いけど……敵はとってもらえない?」

「わかりました……お約束します」


 リミナは力強く頷いた。


 フィクハはそれに満足したか、笑みを残し担架によって運ばれていった――そして残されたのは、沈黙。

 けれど少しして……静寂を破ったのは、グレンだった。


「ここから見ていてずいぶんと奇妙な戦いに思えた……レン、何か情報はあるのか?」

「――ロサナさん達によると」


 そこで俺はリミナとグレンにミーシャの能力を伝えた。双方とも一度は驚き、またどう戦うかを考え始める。

 その中で最初に口を開いたのは、グレン。


「……もしそれがアクア殿に対する策であるとすれば、あの人と戦わせるのは危険かもしれないな」

「アクアさんが負けるとも思えないんだけど……用心するに越したことないのは間違いないな」


 俺が同意を示すと、グレンはリミナへ話の矛先を変えた。


「鍵はそちらだな……魔法使いである以上、相手の能力をどうにか封じることはできないか?」

「私であればフィクハさんと同じように広範囲攻撃を考えますが……彼女は何かしら対策を講じている様子。最後の動きについては不可解な部分もありましたし……少し、考えないといけませんね」

「レン、その辺りについては何か聞いているのか?」

「部屋を出る時一度訊いてみたけど、ロサナさんもリュハンさんも遠目で見ていて断定的なことは言えないらしい……いくつか候補はあるみたいだけど」

「後で聞くことにします」


 リミナは言うと、俺とグレンを一瞥した後、続けた。


「私は試合後、フィクハさんに残るように言いました……もしかすると少しでも間近で戦いを見て、自分が負けた際私が少しでも楽できるようにしたのかもしれません」

「……そうだとしたら、フィクハも内心不安があったのかな」

「おそらくは。闘技場に出る寸前まで険しい顔をしていましたし」

「そうか……ともかく、リミナはミーシャとの戦いに備えてくれ」

「はい」

「レン、部屋に戻るか? それともここで観戦するか?」


 話がまとまったところでグレンが問い掛けてくる。


「俺は一度戻ろうと思うけど……」

「そうか。そろそろ私の後の試合の人物も現れるだろうから、いったん解散――」

「もう来ているわよ」


 すると声が。入口を見ると、そこにはいつのまにかアクアの姿が。


「……いつの間に?」

「話に集中していた時を見計らって入っただけ」


 俺の質問に対しアクアはにこやかに答え、一度こちらを見回した。


「先ほどの戦いを見て色々と不安を覚えた様子……けど、私だってむざむざやられるつもりはないし、心配しないで」


 穏やかな口調でありつつも、どこかミーシャに対し警戒を抱くような雰囲気……大丈夫なのか問い掛けようとしたが、ここで問答しても始まらないし、何より俺はアクアに何かを言える立場でもない。


「わかりました……もしミーシャが勝ち上がった時、お願いします」

「ええ」


 淡々と応じるアクア……そこで俺とリミナは控室を退出し、いつもの部屋へと向かう。


「厄介ですね、あの能力は」

「……そうだな」


 リミナの呟きに俺は頷いた。


「ですが手の内を晒した以上、ぶっつけ本番より勝機はあります……必ず、勝ちますから」

「そしてゆくゆくはアクアを超え俺と?」


 そんな風に質問すると、リミナは苦笑した。


「その気持ちも少しばかりはありますが……今は、ミーシャ対策を優先とします」

「わかった」


 こちらが頷いた時、ようやく部屋へと到着。中に入ると俺はフィクハが無事だということを皆に伝え……俺は手近な椅子に座り、リミナがロサナと会話を始めることとなった。


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