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予知の力

 始まった――心の中で呟いた矢先、ミーシャは予想外の行動を起こした。

 それはおそらく、この広間にいる全員がそう思ったことだろう。なおかつ会場の中にはフィクハの戦法を理解する人間がいるかもしれない。そうした人達にとっても、間違いなく予想していなかった展開。


 彼女は――攻撃をせず、フィクハに対し大きく後退した。


「――私がどういう存在なのかは、フィクハも理解できているはずだ」


 ミーシャはふいに立ち止まり、開始位置で剣を構えるフィクハに告げる。


「そして、私がこの闘技大会で果たすべき目的は……絶望を与えること。お前達がどう足掻こうが私にも勝てない……そういう姿を、目に焼き付けさせるためだ」

「……つまり、一回戦で使った魔法を使えということ?」


 何を言わんとしているのか悟ったフィクハは問う……つまり、ミーシャは俺達の全力に対し勝つことで、自分達が圧倒的に強いことを証明するということか?


「どういう状況だ?」


 グレンが俺に訊く。ミーシャが後退したことを不可解に思ったのだろう。


「……ミーシャの目的は絶望を与えること。そして、全力で戦いながら勝てないことを、しかと認識させるという腹積もりらしい」

「へえ?」


 ロサナが反応。見ると片眉を吊り上げ、訝しげな表情を示している。

 それが気になり問おうとしたのだが……右耳から乾いた音が聞こえ、視線を闘技場へ戻す。フィクハが地面に剣を刺しているところだった。


 そしてミーシャは動かない……どうやらフィクハの本気と相対するつもりだということを観客も認識したらしく、人々から称賛するような声が広間に聞こえてきた。


「闘技場の人はフェアとでも思っているのかな」

「そうなんだろう」


 俺の呟きにセシルが反応。


「ああいう手合いの人間は好まれる傾向にあるからね。戦う人間の全力同士がぶつかり合う姿を観れるのだから、観客にとっても都合が良い」

「いきなり読めない展開になったわね」


 今度はアキが面倒そうに述べる。


「こうなると、フィクハが勝つという可能性も十分あるわね。ミーシャが絶望云々言った以上、やられると非常に格好悪いことになるけど」


 むしろ俺としては不安しか感じられないのだが……ミーシャはフィクハの一回戦を見たわけであり、その上でああして待つことを選択した。そうである以上、何かしら策があってもおかしくない。


 フィクハだって手の内全てを晒したわけではないだろうが、ミーシャの力の底が見えない以上、どうにも不安がつきまとう。

 その点について俺は口を開こうとした――瞬間、フィクハが地面から剣を抜いた。


「終わりか?」


 ミーシャが問う。フィクハは黙ったまま自然体となり、逆に口を開いた。


「――覚悟はいい?」

「こっちのセリフだ」


 ミーシャが平然と返した直後、フィクハが足を前に出した。そして、

 視界から消えた――いや、違う。恐るべき速度で、ミーシャへと向かっていったのだ。


「――彼女に通用するかどうかの最終試験だな」


 刹那、ミーシャの呟きが聞こえたと同時、フィクハの縦に振り下ろされた斬撃がミーシャに迫る。今の動きをどれだけの人数捉えられたのかはわからないが……あの速度から繰り出される斬撃は、俺やセシルなんかと同レベルの者にしか防げないかもしれない――


「ふん」


 だがミーシャは、鼻で笑うような声と共に平然と避けた――しかし、その動きが変だった。


「ん……?」


 そこでセシルの声。おそらく俺と同じように変だと思ったのだろう。だが答えを訊くより早くフィクハの二撃目が到達しようとしていた。速度だけで言えば『時雨』で対応しなければまずそうな雰囲気――しかし、

 ミーシャは続いて放たれた剣に対し、ずいぶん余裕で避けた……が、やはり何かがおかしい。


「これはまさか――」


 するとリュハンが言い、俺は意識が一瞬そちらへ向きそうになった。けれどミーシャがフィクハを拳で吹き飛ばしたのを見て、闘技場へ視線を注ぐ。

 フィクハは後退したが……ダメージは無かったのか大きく跳び退き距離を取った。


「……ミーシャ」


 それと共にフィクハが名を呼ぶ……途端、


「その様子だと、察しがついたようだな」


 ミーシャの声……おそらく、笑みを浮かべているのではと思った。


「わかっていると思うが、別にフィクハ相手に対策を立てようとしたわけではない。これは、このブロックにいる最強の存在に対する技法だ」

「その力で……アクアさんを倒そうというの?」

「ラキに勝てる人間は、彼女くらいしかいないだろうからな。ならば相性の良い私が迎え撃てばいいだけの話」


 相性――俺は対峙する二人から目を離しリュハンを見る。


「今のは……?」

「おそらく、未来予知だ」


 リュハンの言葉。未来予知って――


「厳密に言えば、魔力の流れを察知し剣の軌道を読んでいるのだろう。とはいえそう簡単なものではない。なぜなら人間の魔力は常に変化し続けている。その変化し続ける魔力を見極め続けるには、特別な才能が必要なはず」

「使えば一騎打ちでは絶対的な能力であるため、魔王だって使えるなら使ったはず」


 続いてロサナが声を上げた。


「けど、使用しなかったということは魔王ですら習得していなかった技……つまり、そういう極めて特殊な能力ね」

「どういう理屈で攻撃をかわしているんですか……?」

「攻撃する際に変化した魔力を捕捉してその動きを読み解き、攻撃する前に避ける……というプロセスを、彼女は一瞬でやっているというわけ……よく筋肉の移動によって相手の動きを見極めるとか、心を読むことで攻撃を避けるとか、そういう技法が本の中に出て来るわよね?」

「はい」

「その一種だと考えればいいわ」


 ……聞いている分には確かに厄介な能力だが、それがアクアを倒す切り札になるのか……?

 疑問を感じていると、ロサナはさらに続けた。


「あの技法は、意識的にやる攻撃ばかりが対象ではない。例えばレン君。あなたはリュハンから自動防御系の技を教えてもらったけれど、ミーシャは魔力を捕捉することでその裏をかいて攻撃を行うこともできる」

「無意識の攻撃も未来予知が……?」

「そういうこと。これでアクアに対する攻撃方法がわかったわね。けど、魔王ですらその身に宿すことはなかった技法……どういう訓練を重ね、身に着けたのか――」

「どうしてそんな技法を手に入れたの?」


 フィクハが問う。それにミーシャは一歩歩み寄り、


「その素養があったと……私は、シュウ様の研究結果により判明した。ただそれだけのこと」

「……本当に、厄介な奴が敵になったよね」

「そうかもしれないな」


 断じたミーシャは改めて拳を構える。


「手の内を見せた以上、終わらせることにする。次に仕掛けて来た時、決める」


 宣言――フィクハが動かなくなり、ミーシャは構えたまま時を止めたかのように硬直。それによって観客達もどよめき、一様に戦いの行く末を注視する。


「あの能力、アクアさんには通用する?」


 ふいにセシルが問う。俺と同様疑問に思っているらしい。


「おそらく、できるわ」


 ロサナは頷く。それにセシルは疑問を呈した。


「あんな能力があったのに、なぜ聖剣護衛の時なんかに使用しなかったんだろうね?」

「使えなかったのではないかしら。きっとあの戦いの後習得したのかも」

「彼女は、シュウによって素養があると判明したらしい」


 俺が提言すると、ロサナは深く頷いた。


「そう。ならあの戦いの後教えたんでしょう……単に予知能力だけなら怖くは無い。けれど、相手はシュウが技法を教えた魔族……最悪ね……」


 ロサナがギリッと奥歯を噛み締めた、その瞬間――闘技場内で、事態が動いた。


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