騎士の壁
昼食の後リミナとその次の試合であるフィクハが呼ばれ……俺達は戦いが始まるまで雑談をして過ごすこととなった。
「騎士オルバンに勝てるかどうかが、リミナの中でターニングポイントになるでしょうね」
ロサナが口火を切る。俺やアキは神妙に頷きつつ、次の言葉を待つ。
「果たしてドラゴンの力を伴い『剛壁』に勝てるのか……通用すれば、私達の中でも相当な攻撃力を持つことになる」
「頼もしい限りだね」
セシルが発言。その目は、リミナに期待している節があった。
「ここまでの戦いを振り返れば、僕らは高位魔族対策として身体強化などを優先して鍛えていた……これはどちらかといえば、防御面を強化したと言えるだろう。つまり言ってしまえば、攻撃面はあまり強化されていない」
「同意だ」
続いてグレンが言う。…彼もまた、同じ意識で訓練していたのだろう。
「壁を超える技術というのは相手に傷を負わせる以外に、相手の攻撃を防ぐ意味合いがある……私達はどちらかといえば、後者の特性を優先させてきた。これはひとえに、レンが死ぬなと言ったためだ」
「遭遇して一撃死では、あまりに悲惨だしね」
嘆息を伴いアキが語た……彼女はあまり訓練に参加してこなかったが、同意見らしい。
「その中で、リミナはドラゴンによる強化という面があるから、あまり防御に軸足を移していなかったと言えるのかも……一回戦の戦いを考えれば、これから彼女の真骨頂が見られるかもしれないわね」
「ずいぶんとまあ、皆期待しているのね」
ロサナがどこか憮然とした空気をまとわせ、意見した。
「リミナはどちらかというと、負い目を感じている雰囲気だったけど」
「何で負い目を感じる必要が?」
セシルが眉をひそめ聞き返す。
「別に彼女が弱いとか、力不足なんて一言も言ってないよ?」
「……リミナからは、他の面々があまりにすごすぎて、という感じだったけど」
「彼女は勇者の証の試練を、最後手前まで突破していた。実力は十分なものだろう」
断言するグレン……そうか、セシルとグレンはあの時のことがあるから、実力的に信頼しているということなのか。
俺が考えていると、セシルがここぞとばかりに続ける。
「その状況で、彼女はフィベウス王国王妃の力を得た……それ自体本人が納得のいくものではなかったかもしれないけど、実力がありなおかつ一気に力をつけたのだから、僕としたら追いつかれないかヒヤヒヤするくらいなんだけど」
その言葉に、グレンが頷いた……なるほど、リミナが考えていたこととは、真逆の見解を二人は抱いているらしい。
「ふうん、そう……か」
するとロサナが口元に手を当て、闘技場を見た。手で隠されているので表情は上手く見えないのだが……先ほどとは異なり、柔らかい空気となっていた。もしや嬉しくて、笑っているのか?
「この戦いを勝てば、彼女は胸を張っていいと思うよ……闘技大会の中で、最強の魔法使いだと、ね」
セシルが言った時……解説の声。いよいよ、試合が始まる。
魔法使いとしてのリミナが呼ばれ――歓声が湧く。そうして現れた槍を握る彼女は、一回戦以上に勇壮かつ美麗であるような気がした。
次いで、オルバンが登場する。こちらも騎士限定とはいえ大会準優勝者ということで観客のボルテージも増していく。
そして二人が向かい合い、それぞれが武器を構える。双方無言であり、互いが互いを相当警戒しているのが、右耳を通してなんとなく理解できた。
やがて――実況の試合開始の声が聞こえ、
リミナが、疾風の如く駆けた。
彼女が先手……! 俺としては驚いたのだが、オルバンはさしたる動揺も見せず左腕をかざす。
その所作は俺にとってはひどく見慣れたもの。左手に魔力を集め盾とすることで防ぐ結界術――
直後、槍が腕へと激突した。観客からはどよめきが漏れたが、広間にいる面々はひたすら冷静に見て、
「……やはり生半可な攻撃では通用しないみたいだね」
セシルの言葉。リミナの槍は、左腕によって阻まれていた。
けれど、ここで俺は気付く――いや、おそらくこの場にいる誰もが気付いていただろう。
オルバンが使用した左腕の結界。その魔力が、距離がありなおかつガラスが存在するこの部屋にも、明確に伝わってくる。
「あれだけ魔力を発露しながら結界を収束させるというのは、相当な魔力をあそこに注いでいるということでしょう」
アキが断定。俺は小さく頷きつつ、オルバンがリミナの攻撃に対し最大限の注意を払っているのだと確信した。
「……そんな魔力を使い続ければ、さすがにもたないのではないですか?」
そこでリミナが問うと、オルバンは槍を弾き、
「あなたと相対する以上、これだけの力を用いるのは当然でしょう」
端的に告げると、今度はオルバンが疾駆する。ジオ程ではないがそれでも洗練された動きだと俺でもわかり、リミナへ間合いを詰める。
それに対し、彼女は槍による薙ぎ払いで応じた。オルバンは斬撃を剣で受け止めたが――リミナの力が相当強いのか、体を一気に持っていかれ、
横に、大きく吹き飛ばされた。
「くっ――!」
彼は呻くが、どうにか体勢を維持。そしてリミナは彼を追い、すかさず刺突を決める――
結果、槍の先端とオルバンが魔力収束を行った左腕が激突。動きが止まる。
「……防御する時だけ、踏ん張るように魔力を収束させているのかな?」
ふいにセシルが推測。そういえば、攻撃に転じた時はあっさりと弾き飛ばされたな。
「その辺りが、騎士オルバンの弱点となるところだろうな」
今度はリュハンから……弱点?
「見た所、あれだけ魔力を左腕に集め、なおかつ防御の姿勢をとるということは、槍の攻撃に対し気を付けているのは確定。反面、攻撃に転じる際はその魔力を剣先などに集中するため、弾き飛ばされるというわけだ」
「つまり、攻撃防御を両立できるわけじゃないと?」
俺が訊くとリュハンは頷いたのだが……次に、苦笑する。
「両立に関しては、魔力の収束方法や量に相談しなければならないが……そもそも、ドラゴンの力を所持する彼女の前に、魔力量で勝てる人間はいない」
「……それはまあ、確かに」
「だからこそ技量面でカバーするべきなのだが、騎士オルバンはそこまで到達していないということだろう。そして攻撃をくらわないよう最大限の配慮している、というわけだ」
どうやらリミナが有利な情勢――俺は彼に戦いの予測はあるのか訊こうとした時、リミナとオルバンが同時に離れた。
そして次に動いたのはリミナ――槍の先端に光が収束し、
光の矢が、オルバンを襲う――!
「来ましたか」
予期していたかのように彼は呟き、
「隔てろ――虹色の世界!」
選抜試験の時に使用していた、円形状の結界。それにより光の矢を完璧に防ぎ切り、彼は即座に結界を解除する。
リミナは既に次の行動に移っていた。再び槍による突撃……おそらく魔法は先ほどの結界により防がれると悟ったのだろう。だからこそ魔力を帯びた物理攻撃で――
けれど、またもオルバンの左腕によって完璧に防御されてしまう。
「……ずいぶんと、慎重ですね」
リミナが言う。同時に槍を引き、オルバンと距離を置く。
「ドラゴンの力を持つとはいえ……私を倒せる技術は持っているはずです。なぜそこまで防御重視に?」
「当然でしょう」
オルバンは、リミナの問いに即答する。
「おそらくあなたは謙遜していますよ……ドラゴンの力、ロサナの弟子……警戒に値する部分はいくつもあります。そして、何より私は――」
と、オルバンは剣を握り直し、続ける。
「あなたが勇者レンの従士として、ここまで食らいついているという事実……それが、私にとってあなたが最大の敵である何よりの根拠です!」
決然と告げた彼は――再度、リミナへ向け突撃を敢行した。