痛心の従士
「闘士として覇者になるまで、あいつには二つ名があったな」
試合が終了した直後、リュハンが口を開く。
「確か……『神眼』だったか」
ずいぶんとまあ、大層だな……思っていると、解説が続けられる。
「相手の動きや癖、戦法を見極め裏をかくように戦う。特に癖を見極めることが得意であり、それを利用し相手の意表を突く……先ほどのジオも、攻撃する時の癖を利用し勝利したのだろう」
「確かに、カウンターを決めようとするジオを、セシルは看破していた様子でした」
俺が言うと、リュハンは「だろうな」と呟いた。
「とはいえ、ジオよりも上の技量を持つルルーナ相手ではこの戦法も難しいかもしれないな……次の試合がどうなるか、注視する必要はある」
そう話を締めた時、観客達が移動を始めた。午前はこれで終了だ。
「昼食はここで?」
俺が問い掛けると、全員一様に頷いた。セシルも戻って来るだろうから、ノディ以外は全員集合という形になるな。
「で、午後一発目はリミナで……その次にフィクハか」
「そして私はライラという剣士……確か、ルルーナ殿の妹だったはずだな」
グレンが言う。午後も緊張感伴う戦いとなりそうだ。
「……あの、勇者様」
そこで唐突に、リミナが近寄ってきて声を上げた。
「ん、どうした?」
「少し、お話したいことが」
「話……? 別にいいけど」
立ち上がると彼女はそそくさと部屋を出て行こうとする。俺は首を傾げつつ続こうとして、
「レン、頑張りなよー」
背中に、フィクハの声が飛んだ……頑張るって、何を?
俺は訳がわからないまま部屋を出る。そしてリミナの案内しに従い、隣同士で歩く。
部屋以降リミナが一言も発しておらず、なんだか変に緊張するんだけど。けど沈黙しっぱなしというわけにはいかないだろうし……とりあえず、声を掛けるか。
「……それで、話って?」
質問すると、リミナは一瞬肩を震わせ、口の端をキュッと結ぶ。
何か重要な話なのか――思っていた時、俺達は見晴らしのより場所に辿り着いた。
闘技場を一望できる手すり付きの廊下……広間で見続けたため大して新鮮なわけではないが、ガラスがないためカラッとした秋風が俺達に当たる。
そして周囲に人はいない。闘技場内で清掃をする人員やいまだ観客席にいる人はいるのだが、廊下を歩む人は見かけない。
「……勇者様」
その時リミナの声がした。反射的に立ち止まり、彼女と向かい合って言葉を待つ。
「……すいません、少し気が動転していまして」
「動転?」
聞き返すと、リミナは神妙に頷いた。
「少しばかり、不安になったんです……その、なんというか」
「オルバンさんと戦うことに対して?」
問い掛けると、リミナはまたも頷く。
「そう肩に力を入れなくてもいいんじゃないか? もちろん真剣で戦う以上、生死に関わるケースもあるから……手を抜くのは間違っているけど――」
「皆さんの戦いを観て、これから自分が並んで戦えるのか……そういう風に、思ってしまったんです」
リミナが不安を具体的に吐露する。それに俺は、首を傾げた。
「並んで……? でも、ルーティさんとの戦いを振り返れば――」
「勝てる手札はあったと言えますが、それでも私は……皆さんと並び立つのに足りないと思うんです」
リミナはさらに零す。その表情はひどく険しい。
「勇者様やセシルさん……それに、グレンさんは元々素質を持っています。そしてフィクハさんは大地の魔力を使うという手段を構築し、ノディさんは敗れはしたものの、リスクを負ってまで魔族の力を使った……それに比べ、私は」
「ドラゴンの力では足りない、と言いたいのか?」
問い掛けると、彼女は首を左右に振った。
「その力がある以上、私には皆さんと並べる力が、あるのかもしれません……けれどロサナさんからどれだけ指導を受けても、これ以上進めないのではという風に感じているのです」
「……ロサナさんは、無詠唱魔法について完成形に近づいていると言っていたけど」
「形の上では、ですね。とても高位魔族に対抗できる程ではありません」
力なく笑うリミナ……俺としては午前の戦いを目の当たりにした以上、それほど問題ないように思えるのだが――
「ですから勇者様。私は一つ、決めました」
どこか決心したようにリミナは言う……そして、俺は何が言いたいのか理解し、
「もしオルバンさんに負けたら……私は、アキさんに代わって後方支援に徹します」
「……それは」
「これからの戦い、それこそ単独で戦い抜ける力が必要でしょう。他の方々はそれに対する策を講じていますが、私は足りない……ですから、負けたらそうします」
……リミナなりに考えたということなのか。なぜそう思ったのかまで俺は明確に悟ることはできなかったのだが、
「……駄目だと言っても、聞かないつもりだろ?」
「はい」
しっかりと返事をする彼女。なら、俺は何も言うことは無い。
「わかった……リミナの決断通りでいいと思う」
「……はい」
「ただ一つ、言わせてくれ」
俺はリミナと目を合わせながら言う。
「どういう形であれ、リミナの力は魔王やシュウさん達との戦いに必要だ……だから、従士をやめるなんて言わないでくれよ」
「……はい」
頷いた直後、リミナは俯き――
突如、涙が落ちた。
「……リミナ!?」
「すいま、せん……」
リミナはすぐに袖で涙を拭き、俯いたまま俺に言う。
「私……そうやって……勇者様に言って欲しくて……」
「リミナ……」
「ズルいですよね、こんなの……でも……」
呻く彼女……俺はその時、ほぼ無意識の内にリミナに近寄り、
優しく、抱きしめた。
「……ゆ、勇者様?」
戸惑うリミナ。けれど拒否するような動きは見せず、ただ俺の行動に身を任せている。
……内心こっちも衝動的にやってしまい鼓動が大変速くなってしまったのだが、それに構わず俺は言った。
「……リミナは、勝てるよ」
強い確信を伴い――リミナは一切信じないかもしれないが、俺は強くそう思っていた。
「不安があるのは当然だ。俺だってカインと戦った時、勝てるのか半信半疑だったし、今だって本当に勝てたのかって信じられないくらいだ。けど……俺は超えた」
言って、自分で苦笑する……とてもじゃないが、アドバイスできるような立場じゃないと思う。けど、
「ロサナさんと訓練する姿を見て……俺は、勝てると思った。だから、胸を張って戦ってくればいいよ」
言った後、俺は体を離す。気付けばリミナは顔を上げ、涙目の状態で俺と目を合わせていた。
「……負けたからといって、リミナのことを嫌いになったりもしないから、安心してくれよ」
「……はい」
小さく頷き、リミナは笑う。その雰囲気は、先ほどのネガティブな感情は消えていた。
「……それじゃあ戻って昼を食べよう」
俺はなんだか照れくさくなって彼女に背を向ける。対するリミナは俺の心情を汲み取ったのか、何も言わず無言で追随。
そして広間前に到着し扉を開けると、既に食事を始めている面々の姿。ついでにセシルまでいる。
「あ、お帰り」
セシルが呼び掛ける。俺は彼に近づいて、まずは一言。
「とりあえず、二回戦突破おめでとう」
「次も難関だけどね……ま、それに勝たないとレンと戦えないわけだから、次も死に物狂いで勝つさ」
「私のことは忘れないで欲しいわね」
アキが横槍を入れる。セシルは「もちろん」と答えた後、スープをすくって飲む。
そんな光景を見つつ俺は着席。その隣にリミナも座り……ひとまず、硬質な態度は氷解したのだと、俺は悟った。