闘士としての自覚
決まったのか――俺が胸中呟いた矢先、ジオが反撃に移る。その動きは先ほどと変わらないものであり、通用していないのがわかった。
その時、リュハンから解説が加えられる。
「ナーゲンに聞いたところ、セシルは剣術やそれに付随する魔法についても、おおよそマスターしており、後は練度を高めるだけというレベルらしい。私から見れば、レン達六人の中で最も完成した剣士と言える」
「だからこそ、覇者としてあの場所に立っているという言い方もできるかな」
アキが呟くように言うと、リュハンは同意した。
「そうだ……その中で、今回の統一闘技大会で何か策はあるのかと問い掛けた。その結果、ナーゲンはどう答えたと思う?」
逆に問い返すリュハン……その言い方だと、嫌な予感がするんだけど。
「……まさか」
ロサナは苦笑いをしつつ、闘技場を見る。セシルが持つ左の剣が、またもジオの鎧へ入った。けれど、通用しない。
「そういうことだ……あくまでナーゲンがやったのは基礎的な能力の底上げ。つまり、レンや他のメンバーのように新たな技法を身に着けたわけではない」
断定した直後――またセシルの剣が入る。だが効果は無い。
グレンの言う通り、ジオはわざと剣を弾かせ鎧で受けているのだろう……そして、ジオとセシルでは技量の差がある。なぜなら、鎧に入った剣は全てリデスの剣を持つ右ではなく左。ここから考えるに、ジオはリデスの剣が鎧に当たらないよう細心の注意を払っている……あるいは、リデスの剣を向けられないように誘導しているのかもしれない。
「だがまあ、アドバイスの一つくらいはしているようだが……果たして効果があるのか」
「そんなに心許ないものなの?」
ロサナが問うと、リュハンは口の端に微笑を浮かべ、
「……自分が何者なのかを思い出せ、と言ったらしい」
「はい?」
「ナーゲンはそれが一番効果があると感じたようだ」
何のことだ……? 自分が何者なのか……?
悩む間に、セシルとジオの攻防は続く。ふいにセシルが押し込もうとした瞬間、ジオが反撃に移った。双剣が振り下ろされる時に生ずる僅かな隙――本来なら決して狙われるようなことのない僅かな時間で、彼は刺突を決める。
セシルは即座に身を捻り、避けた。しかしその動きは大きな隙を生じさせ、今度はジオが足を前に踏み出す。
それによって、セシルが守勢に回る。
「セシルさん……」
リミナが不安げな声を上げる……と、リュハンが口を開いた。
「自分が何者なのか……おそらくだが、セシル自身がどういう立ち位置の人間なのかを思い出せと言っているのだろう」
「地位……ってことは、闘士や覇者?」
「そうだ。彼はレン達と出会い、知らず知らずの内にその事実を忘れていたのかもしれない」
……覇者という自覚ができれば、変わるということなのか? 俺にはとてもそうは思えないけど――
「さすがに、これでは無理か」
ジオの声。見ると刺突を放った体勢で、距離を置いたセシルと真っ向から対峙していた。
「だが、そちらに手が無いことは明白だが……」
「確かに、このままだと僕は勝てないだろうね」
あっさりと事実を認めるセシル。その正直さが、俺に違和感を与える。
「なるほど、ナーゲンさんはこういうことを予見していたわけだ」
「……その口調だと、何やら指導を受けたようだな。しかし、成果は出ているのか?」
「いや、特別な訓練はしていないんだよ。ナーゲンさんはそういう対策をすることがあまり好きじゃないみたいだし、僕には必要ないなんて思っている節もある」
ジオの問いにセシルはさっぱりとした口調で応じる……その答えに、ジオは無言。どうも、警戒し始めた様子。
「僕が受けたアドバイスは一つ……自分が何者なのかを思い出せ。たったそれだけだ」
「……何者?」
「つまり、ナーゲンさんは自分が闘士であることを思い出せと言っていたわけだ」
闘士……?
「その時改めて気付いたんだけど、僕は覇者となり、この闘技場において全力で戦える相手がどんどんと少なくなっていた……もちろんナーゲンさんを始めとした実力者はいたわけだけど、そういう人物は闘技大会には出場しないからね」
「マクロイドも、そうだな」
「あいつは別」
即答するセシル……いつもの彼だ。
「で、思い返せば久しく忘れていたよ……この場で戦う時も、そして外で仕事をしている時も、僕はひたすら力押しばかりだった……それが通用しない相手が現れても、僕自身闘士としての本質を思い出せなかったのは、反省すべき点だね」
肩をすくめたセシルは――呼吸を一つ置いた後、静かに構える。
「――次で、決めるよ」
セシルの宣言。同時に体が疾駆し、ジオへ向かう。
対抗するジオは、即座に走りセシルに相対するべく剣を放つ――それをセシルは受け、左の剣を差し向ける。
ジオはそれを僅かに弾き――勢いが殺された剣戟は鎧に触れたがやはり届かない――
だが、今度はそれで終わりではなかった。セシルはさらに剣を薙ぎ今度は、リデスの剣を差し向ける。だがジオとしては最も注意している事。すぐさま彼は防御に転じ――
左腕の剣が、再びジオを捉えた。
「――っ!?」
完全にリデスの剣に気を取られ、対応が遅れるジオ。
「露骨すぎたね。ま、わからなくもないけどさ」
セシルの一撃は鎧に当たると、同時に甲高い金属音が右耳から入った。遠目からは見えにくいが、間違いなく鎧を砕く音――
ここでジオも後退を余儀なくされる。一度体勢を整えるつもりだったのかもしれないが、セシルは追撃を開始した。
再び剣が交錯。ジオは極めて冷静に攻撃を防ぐ。しかし、
「くっ――!?」
途端、呻いた。俺の目にはきちんと剣を防いでいるように見えるのだが――
「さっきの攻防で、あんたは一筋縄では、と呟いた」
金属音が響く合間に、セシルの声が聞こえる。
「あんたはこう思ったはずだ。全力で相対するとリデスの剣を身に受け危なくなる。だからこそ防御重視で、こちらの隙を突いて攻撃しようと決めていた」
セシルは言いながら、ジオを追い詰めていく。途端に、観客が沸き始めた。
「そういう心積もりを前提としていた以上、そこを突けばあんたは崩れる……と、僕は考えたわけ」
それはつまり、リデスの剣に対し注意を払い続けていたジオの裏をかいたということか……? もしや、今までのは前振りだったというのか?
「もちろん僕は全力だったし、平然と受け流されるのはちょっと危なかったけど……もうあんたに負けるつもりはない」
ジオは無言で反撃に移る。鋭い刺突。直撃すればセシルも危ないが――
「あんたはカウンターを行う時、腕に魔力を膨らませる癖がある」
けれどセシルは、まるで予期していたかのようにそれを平然と弾いた。
「騎士ジオ。確かに強かったが……あんたを超えて、僕はルルーナと戦う」
宣言した直後、セシルの暴風と呼べる剣戟がジオに襲来する。それまでの速度とは比べ物にならない、防御を捨てた全力の一撃――
ジオは即座に防ぎにかかったのだが、セシルの勢いを殺すことはできず、
リデスの剣が、彼の鎧をしっかりと捉え、砕いた。
続けざまに、セシルは容赦なき攻勢を加える。ジオも防御しようとするが傾いた形勢をひっくり返すことはできず、やがて――
二本の長剣をクロスさせて放ったセシルの剣戟により、ジオの剣が――折れた。
そして彼の首筋に剣を突きつける……直後セシルを勝利者とする声が響き、戦いが終わった。
「……さすが、といったところか」
ジオは呟くように言う。その声音は悔しさなどなさそうで、カインが俺に負けた時のような雰囲気を帯びていた。