騎士の選択
ノディの左腕を見て……最初に口を開いたのは、リミナ。
「発光した……?」
「やっぱり使ったか。ま、当然と言えるわね」
ロサナが頭をかきながら述べる……それに対し俺は、訝しがるリュハンを見ながら問い掛けた。
「ロサナさんは、何か知っているんですか……? 顔つきからリュハンさんは知らないようですが」
「何を企んだ?」
リュハンの鋭い質問。それにロサナは苦笑し、
「別に企んではいないわよ……ノディに少しの間黙っていてくれって言われていただけで」
「なぜですか?」
問い掛けたのはリミナ。対するロサナは渋い顔をする。
「使うかどうかわからないと言っていたし、未完成の技法のままで言いたくなかったんじゃないかしら? ま、どちらにせよここでお披露目することになるみたいだし、言わないといけないわね」
彼女の言葉の直後、ざわりと鳥肌が立った。闘技場を見ると、何も変化が無い。しかし――
「レン君は、ノディのやることに何か予感めいたものを抱いたのかな?」
ロサナが言った直後、ノディが走った。
これまでと変わらない動き――けれど、ルルーナはここで後退した。その所作はノディを大きく警戒し、距離を置こうとするもの。
「一体……?」
「あの手の光は、いわば制御装置のようなもの。内に生じる力を無理矢理ああして押し留めることによって、外に力が出ないようにする……実際、魔力はほとんど感じられないでしょう?」
「だとすれば、あれは紛れもなく魔族の力なのか」
グレンが言う。ロサナは頷き、解説を加える。
「ノディが今やっていることは単純明快……すなわち、体に眠っている魔族の力に対し、リミッターを外しているのよ」
「……それ、大丈夫なんですか?」
嫌な響きだったので質問すると、ロサナは首を左右に振った。
「あの制御がなかったら、彼女は人間捨てることになるわね……眠っていた力を無理矢理引きだしているから、下手すると魔族の力に取りこまれる。ただシュウのように意識を乗っ取られるレベルには至らないみたいだから、使えると判断したんじゃないかしら」
「そんな危険な技を……?」
「ええ。ちなみにあの光は手の甲に魔方陣を描いてあるから……誰がやったかというと、手を組んでいるジュリウス。ノディは力を全解放する手段を思いつき、彼に相談したのね」
そういう、ことか――おそらくノディは俺と共に話を聞いた後、ヒントから結論を出して改めて彼に聞いたのだろう。
「それと引き換えに、ノディはいくつか見返りを要求されたらしいけど……ま、そんな難しいものじゃないから安心して。ジュリアス自身こちらの世界に興味のある物があるから、それを見つけてこいという話みたい」
「そして、あの力を――」
俺が驚く間にノディの剣が疾駆する。刃はルルーナの剣と交錯し、今度こそ押し勝った。
周囲の歓声が大きくなる。これまで一方的だった状況に変化が起きたのだ。それは当然で、空気もノディに味方をするような状況となりつつあった。けれど――
「時間はかけられないだろうな」
グレンが端的に言った……そう、おそらく暴走状態で戦うノディは、先ほど以上に魔力を大量消費するだろう。もう時間が無い。短期決戦で勝負をつける必要がある。
ノディは執拗に追いすがる。それに対し、ルルーナは再度後退しようとしたが、
「――いや、ここで怖気づいては駄目か」
どこか後退した自分を責めるような呟き――同時に、ルルーナは一転攻撃を仕掛けた。豪快に剣を振り、ノディと正面衝突する。
それによって、鍔迫り合いの様相を見せる。力はどうやら互角。けれど時間が無いノディの方が圧倒的に不利――!
「――ああっ!」
ノディは声を出し、残る力を振り絞るように薙ぎ払った。そして全力と思しきルルーナの剣を大きく弾き飛ばし、その剣戟が――鎧に、触れた。
決まったか――俺は目を見開き事の行く末を注視する。そして、
「――その力、間違いなく魔王やシュウを倒す大きな力となるだろう」
ルルーナが、力強い言葉で告げ、
「だが今はまだ、私達の領域にほんの一歩、踏み込んだだけだな」
評した直後――ルルーナが俺達にもわかるレベルで魔力を発し、
鎧に触れていたノディの剣を止め、逆に弾き飛ばした。
「っ――!!」
ノディの呻くような小さな声と共に、その体が闘技場中央付近まで吹き飛んだ。けれど彼女はすぐさま体勢を立て直しルルーナに剣を向けようとしたが、
「残念だが、これで終わりだ」
ルルーナが言う……同時に、ノディが握っていた剣を下に向け、
崩れ落ちそうになる体を、剣を杖代わりにして支えた。
「最初からそれを使っていれば……いや、そうだとしても結果は変わらなかったかもしれないな」
「……そうだね」
ノディは言う――俺の脳裏に、彼女が自嘲的な笑みを作る姿が浮かび、
彼女は力を失い、倒れ伏した。
戦いが終わった後、俺は運営の人間に運ばれ控室に消えたノディが気になり、足を向けていた。同行者はフィクハ。治癒魔法が必要になるかもしれないと、自らの意志で動向を名乗り出た。
控室に入ると、肩を回しリラックスしているセシルと、担架によって運びこまれたノディが。
「お、心配になって来たのか」
セシルは言いながら寝かされているノディに近寄る。
「まあ、健闘はしたんじゃない?」
「……うるさい」
ノディの声。見ると彼女は目を開けセシルへ睨むような視線を送っていた。
「あんたもやられちゃえばいいのよ」
「子供みたいに……言っておくけど、僕は勝つさ。ジオにも、ルルーナにも」
セシルは俺に視線を送る。こちらは無言で肩をすくめた。
「ジオに勝ったら、僕がリベンジするからさ」
言ったのだが、ノディは相変わらず不満顔……ま、ずっといがみ合っているわけだから、態度が急変するわけもないか。
やがてノディを乗せた担架は運ばれていく……俺やフィクハの出番はなく、彼女は運営の人間に運ばれ控室を出て行こうとして――
「……もし」
扉が閉められようとした瞬間、ノディの声。
「もし勝ったら、よろしく」
「ああ、わかった」
セシルは満足げに了承……同時に、扉が閉まった。
「少しは素直になってくれたのかな?」
「……怪我している女性に、無理矢理――」
「おいフィクハ。その言い方はないだろうに」
彼女の言葉に対し不服そうに口を尖らせるセシル。
「ま、いいさ……とにかく、次で午前最後。そして、今日大一番だ」
「……俺としてはリミナとオルバン辺りが山場だと思うんだけど」
「私はミーシャと戦う時が……」
「二人とも、少しくらい乗ってもいいじゃないか」
セシルは緊張のカケラもなくコメントを行う。普段通りの態度。さすが覇者だ。
「セシル、ジオさんとはどう戦うつもりだ?」
なんとなく問い掛けると、セシルは「いつもと同じ」と答えた。
「彼は正々堂々と戦うのが基本スタイルみたいだからね……僕もそれに応じる形をとるよ」
「いいのか? 自分の有利な状況に引き込んだりとかは――」
「この場でそんなチャチな手をするのは、覇者としてご法度だろうね」
――セシルは覇者であるが故に、制約を背負っているということか。相手の策に乗りつつも、それを打ち破り倒す……それが覇者としての戦い方であり、挑戦者に対する責務。
「二人は部屋に戻ってじっくり観戦するといいよ……負けるつもりはないから」
セシルは言うと俺達に背を向け、闘技場へ続く道と相対するように立った。そこから動かなくなり……俺とフィクハは互いに顔を見合わせた後、静かに部屋を後にする。
果たして……いや、セシルがああ言っているのだから、口挟まずともいいだろう……心の中で思いつつ、フィクハと共に部屋へと歩き始めた。