純白と赤
試合が終わった直後、アキとエンスは向かい合い、場が声で満ちる中会話を始める。
「魔力を大気と同化させ……さらに、鞭によって短剣だけを私の背後にチラつかせ、気を引かせたわけですか」
エンスは確認をするように告げると……アキは、
「想像にお任せするわ」
飄々とした態度で返答。それにエンスは「やれやれ」と小声で呟くと、
「あなたの能力が厄介だというのはわかったので、上々でしょうか」
そう言い、彼は入場した場所へと歩み闘技場から姿を消した。そしてアキもまた視界から消え、
「――あの戦法は、エンスが一方的に攻撃をし続けたからのものよね」
そのタイミングで、ロサナが口を開いた。
「大気に同調するというのは多少なりとも時間が掛かるから……けれどエンスは際限なく攻撃し続けていながら接近するようなことはなかった。さらに言えばわざわざ姿を見えなくしてくれたわけで、だからこそアキも防御しつつ魔法を使うことができた」
「エンスは力押しが仇になったということですね」
リミナが言う。それにロサナは大きく頷き、
「あの魔法は本来、事前に使用するか隠れて使用するタイプのものだと思うわ。おそらくあれは、攻撃する際魔力が発露し相手にバレるタイプのもの……だから、どちらかというと逃走するとか、味方を隠すとか……援護系の魔法のはずよ。それを使い勝てたというのは、幸運と呼べるでしょうね」
解説する間に、片付けのための人が闘技場に現れる。少し時間が掛かりそうな雰囲気だな。
そして部屋に女性がやって来て、セシルの名を告げる。
「それじゃあ、頑張って来るよ」
セシルはどこか陽気に言うと俺達に背を向け歩き出す……その時、あることに気付いた。
「……セシル、その剣――」
「ん?」
彼は立ち止まり首だけ俺に振り返る。やっと気付いたのか――そういう表情。
長剣を両腰に差している彼だが、左腰――つまり右手で握る剣が、俺にも見覚えのあるものだった。
「……そういえば、一回戦ではリデスの剣を使わなかったな」
それは俺が以前使っていた、英雄リデスの剣。
「相手はルファイズの中でも最強と言われる騎士だ……僕だって、本気さ」
「それを出したら、大騒ぎになるのでは?」
問い掛けたのはリミナ。セシルは小さく頷き、
「そうだね。この剣の詳細を知る人間は闘技場観戦者に多いはずだし……ま、そんなの今更関係ないよ……それじゃあ」
彼はそう言い残し、部屋を去った。
「セシルも二回戦以降は激戦だし、これからしっかり応援しないとね」
ロサナが最後にそう言い……セシルに関する話が終わる。
そこからしばらくしてアキが戻ってくる。よく見ると完全に防御しきれなかったのか法衣はあちこち傷ついていた。
「どうにか勝ったよ……結構、ギリギリだったけど」
「あの猛攻では、さすがに全部は防ぎ切れなかったか」
俺が口を開くと、アキは苦笑を伴い頷いた。
「衝撃で体に結構ダメージがいっているし、明後日の試合まで休むことにするわ」
彼女は言いながらゆっくりとした足取りで俺の隣まで来ると、息をつきつつ着席した。
「……怪我は、大丈夫なのか?」
「動かなければ平気よ……ほらフィクハ。魔法をお願い」
「なるほど、私に治療させる魂胆か……まあいいけど」
フィクハは歎息しつつもアキに近寄り治癒魔法を掛ける。
「でも、これでさっきの手は使えなくなったわね」
ロサナが言うと、アキは「仕方ない」と答えた。
「元々使用できる条件も厳しいですし……一騎打ちなら、二度と使うつもりはありませんね。それに透明になったり大気の魔力を解析するというのは、私自身結構魔力を消費するということもありますし……使用頻度は少ないと思います」
そう述べたアキだが……集団戦となればあの攻撃方法は使えそうだ。俺は憶えておくことにした。
それからほんの少し雑談を行った後、次の試合が始まろうとする。まず名を呼ばれたのはノディ。真紅かつ片刃の剣が異様の一言だが、純白の鎧に身を包んだ姿は勇壮の一言。しかし、
続いて登場したルルーナ……彼女もまた、名声にたがわぬ存在感を放っている。茜色の髪を含め全身を赤に包んだその姿は、身長を除けば見る人を惚れ惚れさせるものだった。
登場した時の歓声の大きさは互角……だが、実況の一言が全てを物語っていた。
『さて、ルファイズ王国の精鋭が伝説の戦士にどこまで対抗できるのか――』
「勝算は、あるのか?」
呟いた時、それまで沈黙を守っていたリュハンが口を開いた。
「以前レンには、二通りの手段があると話したな?」
「……そういえば」
「正直、私の目から見てノディがルルーナに対抗するのは難しい。とはいえ手段が無いわけでもない……二つの手段。それは魔族の力を利用することだ」
「魔族の、力を?」
「ああ。魔族の力について、二つの引き出し方があるということだ……一つ目はレンの『桜花』と同じ。魔族の力を一点に収束させ剣を放てば、ルルーナにも傷を負わせることができるというわけだ」
「……それ、できたんですか?」
「それなりにできていたよ。だから不可能ではないが、根本的な問題が生じる」
「当てられても、剣の腕で勝負にならないというわけですね」
リミナが言う。それにリュハンは首肯した。
「そういうことだ……それが二つ目。魔族の力と人間の力……この二つを練り合わせ、相手の能力を上回る手段を構築する」
「できるんですか?」
二つを組み合わせてどうにかなるとも思えないのだが……訊くと、リュハンではなくロサナが答えた。
「確かに、魔族の力は人間の魔力と掛け合わせることにより特殊な反応を示す……けど、副作用があるわよね?」
「ノディもそれは承知の上だろう。最初の攻防でどちらをとるかはすぐにわかるはずだ」
そうリュハンが告げた直後、試合開始の声が聞こえた。
けれど――これまでに反し、激突はせず互いが様子を見始めるような状況となった。それに観客もどよめきつつ注視。俺もまた二人を見ながら、リュハンに質問。
「リュハンさん、ルルーナさんは魔族の力について知っているという解釈でいいんですよね?」
「選抜試験の折、彼女もまた理解したようだが……」
「なら、ルルーナさんは出方を窺っているといったところかな」
彼女なら、リュハンが述べた二つの方法を読んでいてもおかしくない……そしてノディは、どういう選択をしたのか悟られない内に一撃食らわせたいという腹積もりなのではないか。
ノディがジリジリと足を向けると、ルルーナは一歩下がり距離を置く。完全に様子見の構えだ。
――現世代の戦士であるルルーナが相手だ。対峙するノディは剣を握るルルーナに対し、攻撃を仕掛けるのが難しいと思っていることだろう。ルルーナ自身は自然体なのだが、そこに一片の隙も見いだせない。
かといってやぶれかぶれの突撃が通用する相手ではない……となれば、こうして膠着状態に陥るのは必定か。
「こういう形で長期戦か……神経使うね」
フィクハが魔法を終え、大きく息を吐きながら呟く。
相手を見ながらどう立ち回るかの神経戦……しかしノディの方が圧倒的に不利だ。技量、基本スペック共にルルーナを下回っているのは間違いなく、こうして動かずともルルーナに圧されてしまうだろう。
そして、一分程度経過した時、ルルーナはさらに一歩下がった。
「来るか? それとも私が行くか?」
声音は余裕に満ち……ノディは僅かながら腰を落とした。けれど、進まない。
まだ剣を打ち合っていない状況下で、手詰まりに陥った――そう心の中で悟った瞬間、
「……やれやれ」
ノディの呟きが、はっきりと聞こえた。