竜の弱点
あくまで俺が把握した魔力は表層部分だけ。けれど、それだけでも大きく変わる――
デュランドの剣は相変わらずの突風を生み、付け入る隙はほとんどない。しかし、
魔力を把握し――その剣が通用しなくなれば、話は別だ。
俺は一転して攻勢に出る。足を前に出し、繰り出されようとするデュランドに対し、剣の切っ先を向けた。
それをどう見て取ったか――デュランドは少しだけ目を細め反応したが、攻撃は中断することなく振り下ろす。
そこでリュハンの言葉を思い出す――勝負は、一瞬。
デュランドの剣が眼前に迫る。最早避ける暇はなく、観客から見れば無謀な特攻に見えたかもしれない。
そして剣戟が入る直前になって、俺は剣で捌いた。魔力強化を施したつもりだったが、さすがに腕力で勝る相手の斬撃を完全に殺しきることはできない。
だからデュランドは押し切るつもりで剣を振り抜く――そして、
俺の身に、僅かながら剣が入った。
「――ドラゴンの最大の欠点は、その魔力にある」
ふいに、俺はリュハンからの解説を思い出す。
「人と比べ大きな魔力を抱えているが、一つだけ問題がある」
「問題って?」
「当たり前だが人は常に体調が変化するだろう? 健康であったり、ある時風邪を引き寝込んでしまったりと……それと同様、魔力の質も日々常に変化している」
変化……俺が首を傾げていると、さらに解説が加えられる。
「人は魔力量が少ないため、体調などによって体の内にある魔力全体が変化し、昨日と今日――いや、今こうして話をしている間にも、魔力の質が変化している……その状況下で毎日同じように技が使えるのは、生まれつき人間は自分の魔力を正しく変換し、扱える術を持っているからだ」
「……白銀でもそうした変化が?」
自分の魔力量について言及しながら問うと、リュハンは頷いた。
「人間の最上級であっても変わらない……これはある意味人間の特性、と呼べるのかもしれないな」
「しかし、ドラゴンは違うと?」
「見た目では似たり寄ったりの存在だが、そこに大きな違いがある」
リュハンは俺と目を合わせながら話し始めた。
「ドラゴンは通常、抱えている魔力を制御している……その強靭な肉体を維持するために、魔力を外にではなく内に向け還流し、外の変化を受けないようにしている」
「だから、魔力の質が変わらない?」
「そうだ。人間が魔力を変化させるのは環境に適応するためという説もあるが……ドラゴンの場合は、環境に立ち向かうことにしたのかもしれないな」
そんな風に告げたリュハンは、さらに説明を加える。
「そしてこれは高位魔族も同じ……まあ、ドラゴンも魔族も魔力の質をある程度手順を踏めば変えられるらしいので、一度質を見極めたからといって毎回同じ方法とはいかないようだが……ドラゴンの場合、訓練度合いにもよるが、変化させるのにほんの僅かだが時間が掛かる。だからこそ、魔力を把握することでそれ専用の結界を生み出し、一時的にしろ攻撃を完璧に防ぐことができる」
言うと、リュハンは俺の左腕を指差した。
「魔法で生み出した盾を通し、相手の魔力を体に染みつける。その状態で相手の魔力に対し結界を構築する」
「……結界、か」
「やり方は私から教えよう。レンくらいのレベルで魔法が扱えるのならば、教えを受ければできるはずだ」
そう告げたリュハンは、俺に魔法に関する説明を始めた――
デュランドの剣が入り、刃が食い込む。けれど痛みはなく、さらに衣服にも傷一つつかない。そして俺は剣を受けたがため体勢をほんの少しだけ崩したが――魔力強化をフルに使用し、一気に立て直す。
「解析したのか……!」
デュランドの声が聞こえた――同時に、俺は剣をすり抜けるようにして間合いを詰め、一閃した。彼は対応がやや遅れ、今度は鎧へ縦に斬撃が入る。
けれど浅い――怪我を負わせるには至らなかった。
デュランドはすぐさま後退。そして俺に対し驚愕した後、満足そうな笑みを見せた。
「さすがだ……ドラゴンの弱点を知っていたとしても、そう易々とできるものではない。相当な修練を重ねたのだな」
デュランドは断じると俺を距離を置きつつ剣を構え直した……俺としては勇者レンの訓練成果を活用しているだけなので微妙な気持ちだが……まあ、褒め言葉として受け取っておこう。
とはいえ、俺がやったのはあくまで一時的なもの。魔力をある程度解析したといっても、デュランドくらいの技量があれば短時間で魔力の質を変えることができるだろう……だから変えられる前に剣を向けたいのだが――
力はあくまで相手が上。刃が通らなくても攻撃は怖い……考える間にデュランドが走る。今の短い時間で魔力を変えたか……思考したと同時、彼は横薙ぎにより俺を吹き飛ばそうとする勢いで襲い掛かる。
こちらはそれをまず後退しつつ盾で受けた。氷は一切砕かれることなく、なおかつ上手く受け流すことに成功する。
次いで剣を盾で受けたことにより、相手の魔力を体に流し、改めて防御できる状態にしておく。そして反撃に移り、俺はデュランドがさらに剣を放とうとするところへ接近した。
果たして――デュランドの薙ぎ払いが決まるが、それも上手く俺は剣と盾で受け流す。刃が体に触れることなく、今度こそ間近に到達する――!
「――おおっ!」
そこへ、デュランドはさらに攻勢を掛けた。剣を引き戻すのではなく、やや無理な体勢ではあったが右膝蹴りを放つが――こちらはそれを余裕で避ける。おそらく体勢を戻すための時間稼ぎだろうが……俺は、逃げなかった。
次の瞬間、俺の剣が彼の左肩当てに入る。緑色であるフィベウス王国の鎧が砕かれ、体に、刃が到達する。
「ぐっ……!」
呻いたデュランドだったが、それでもなお攻撃はやめない。どうにか剣を戻し俺の頭部へと振り下ろす――
愚直なまでの猛攻だが、さすがに俺も引き下がる。横に移動して避けると続いて後退し、デュランドと距離をとった。
相手を確認すると、鎧は大きく破壊され、左肩から出血が。確実にこれで動きは鈍るはずで、戦いはこちらが優位に進めている状況なのは間違いない。
だが一発受ければ形勢逆転する可能性もある。油断は一切するつもりはない……次はどう攻めるか悩み始めた時、デュランドは自身の左肩を見ながら嘆息するように息を吐いた。
「やはり、レン殿と対抗するには、まだまだか」
「……正直、付け焼刃の訓練が無かったら負けていたと思うけど」
どちらも統一闘技大会が始まってから教わった技法であり、まだまだ完成形には至らない……しかしそれを謙遜と受け取ったか、デュランドは肩をすくめた。
「いや、しかし……これほど短期間でこちらに合わせるというのは、例え師があってもなかなかできるものではない……これで、私に残る手は一つしかなくなってしまった」
「手……か。具体的には?」
試しに訊いてみると、俺は腰を落とす。
「最後の大技、というやつだ」
刹那、目の前にいるドラゴンから、圧倒的な魔力の奔流が生じた。それは紛れもなく全開放であり……全身の肌が粟立った。
凄まじい……思うと同時に、俺は反射的に全身に魔力を加える。さすがに魔力も多少は変化させているだろうから先ほどまでの手は通用しない。
訓練次第ではああして露出した魔力を解析して防御も可能になるらしいが、今の俺にはできない……だからこちらも対抗して収束させるが――果たして、勝てるだろうか。
「これで、間違いなく決まるな」
デュランドが断じる……余計な小細工は不要という面持ちで――いや、そもそも彼は策など用いず純粋な突撃だけで相手を沈めるスタイルなのかもしれない。
そんな風に思った……同時に、とうとう彼からの攻撃が襲来した――!