新たな戦い
午後からの試合だが……グレンの戦いは特に見るべきものもなく、一方的な展開によってグレンが勝った。
これなら二回戦も大丈夫だろう……などと考えていたら、次の試合にはなんとライラが出た。実況の人に『姉妹対決もあり得るか――!?』などと煽られ傍から見てもライラは憮然とした雰囲気だったが、それでもグレン同様圧倒的な戦いによって勝利する。
「ということは、グレンは次彼女と戦うわけね」
アキが言う……一方のグレンは無言で、相手を分析するべくじっと戦いを見続けた。
その次の試合はどちらも聞いたことが無い人物であったため、戦いよりはこれまでの試合に対する感想の言い合いみたいになった。結論から言えば、俺の試合が一番盛り上がり、なおかつ俺が戦う相手達が一番きついということ……まあ、わかっていたけど。
「次が騎士デュランドで、その次が私かエンス。その次がセシル、ルルーナ、ジオ、ノディの誰か……果てしない戦いね」
アキが評すと、俺は同意せざるを得なかった。
まあこれも修行の一環だと思えば……けれどシュウ達の計略によってこうなったんだよな。そう考えると、良い見方はできそうにない。
「それで言うと、リミナも十分競争激しいよな……ルーティさんにオルバン。その次にフィクハかミーシャ。そしてその次にはおそらくグレンか――」
そこまで言った時、闘技場内がざわつき始めた。視線を転じると、昨日と同じくらいの時刻、いよいよ最後の試合が始まる。
『さあて、本日最後の試合となりました……! かくいう私も、大変興奮しております!』
実況の人もテンションが上がり始めている。次に登場するのはこのベルファトラスで伝説を作った人なので、当然といえば当然か。
『解説など、この人にとっては不要でしょう……! 私も多くは語りません。それでは登場して頂きましょう! このベルファトラスで伝説と化した最強の闘士――アクア!!』
声と共に、闘技場に表すアクアの姿――腹を打つ声が聞こえ、伝説の登場を待ちわびたように叫び続ける。
彼女自身は、聖剣護衛の時と一切変わらない白い簡素なローブ姿……けれど観客の声と遠目からでも感じられる濃密な気配が、相当な迫力を感じさせる。
「これは、対戦相手の人可哀想ね」
そんな声がアキから漏れる……続いて登場したのは、金ピカの鎧を着た金髪の男性。見た目から戦士ではなく勇者だと思うのだが……この闘技場においては過剰装飾に見え、まったく空気に溶け込んでいない。そんな彼に俺は感想を述べた。
「……シュウ達がアクアにあてがった相手なのだからと思っていたんだけど、あれはどう見ても刺客とはいえないよな」
「それはミーシャに任せているんでしょう……というか、完全にアウェイで右往左往しているわね」
アキの言葉通り、勇者は周囲の人に戸惑いつつゆっくりとした足取りで闘技場中央へと向かう。そうして両者が対峙した時歓声も落ち着き始め、勇者が剣を抜く。
そして、試合開始――次の瞬間、
アクアが動き、瞬きをした時、勇者の眼前へと接近していた。
勇者は元々防御に回るつもりだったのか剣を盾にするように構えていたのだが……それが功を奏したか、それともアクアがわざと狙ったのか――彼女は、勇者の持つ剣の腹へと右拳を叩き込んだ。
直後、勇者の体が宙を浮く。そして十メートル以上飛んで地面に着地し、バランスを崩して転げまわった。
勇者は何度か後転を繰り返した後、どうにか体勢を立て直し立ち上がる。一方のアクアは仕掛けない。勇者が転んでいる間に攻撃することはできたはずだが、パフォーマンス的な意味合いでもあるのか。
「……もう見なくてもいいんじゃない?」
アキが言う……確かに一方的な展開になるのは予想できるし、シュウ達が何か施した風には見えないので、これ以上見ても無駄かもしれない。
なので、俺は広間をなんとなく見回し、ルームサービスで持ってきたオレンジジュースを飲んだ。そうして一息ついた時、外から観客の声が聞こえ、
視線を移すと、倒れ伏す勇者の姿。
「……あっけないな」
「グレン辺りと戦うまではこんな感じでしょうね」
アキが腕を組みながら言う。
「ねえグレン。勝てると思う?」
「……勝つという気概が無ければ絶対に勝てないだろう。とはいえ、打ち勝つには相当高い壁だとは思う」
グレンは言うと、ゆっくりと息を吐いた。その目は、どこか厳しいものを思わせる。
短いながらアクアの戦いを見て、思う所があったのだろう……一瞬訊こうと思ったがなんとなくやめ、代わりに別のことを二人に尋ねた。
「さて……このまま帰るか?」
「そうね。試合も終わったし……まだ陽が落ちるまでは時間があるから観光してもいいけど……」
とアキは言ったが、俺の腕輪をチラリと見て、
「……レンは帰る?」
「そうだな」
言って移動を行うことにして腕輪を外す。
「それ気になるけど、騎士デュランドとの試合になればわかるの?」
「ああ……もちろんシュウさん達との戦いに使えるように訓練しているわけだけど、まずはその成果をデュランドにぶつけないと……勝つのは難しいって言われているし」
「カインに勝ったのに、手厳しいのね」
「あれは色々運が重なった部分もあるから……とりあえず――」
言った所で俺の左腕がざわついた――ような気がした。
「ん?」
軽く左腕を振ってみる。けれど変化はない。
「どうした?」
グレンが問う。俺は彼と視線を合わせ「何でもない」と答え、帰るべく席を立った。
屋敷に戻ると残りの面々は全員訓練に勤しんでいた。それに触発されたかアキやグレンも参加し……その日は終わった。
そして翌日以降も一回戦は続いたのだが……正直、見るべきものもなかった。三日目の初戦はラキの登場だったが、特に力を引き出すこともなく勝った。とはいえ相手はそれなりに武勇のあった者らしく、実況の人も結構興奮していたのだが。
残りはルルーナの側近であるコレイズが出場したくらいで……そういえば、騎士だけの闘技大会で優勝した人物のチェックをしなかったな。次の試合以降は、一応チェックしておくか。
そして一回戦最終日の四日目。こちらもマクロイド以外にめぼしい人物はいなかった。なお最後の最後に登場したマクロイドには惜しみない歓声が送られ、セシルと共に今大会を盛り立てる役を任されているようだった。
戦いが終わった後、俺達のいる広間に挨拶へ来たが……セシルやリミナ、ノディが不在ということを伝えると、彼は「決勝で待っているぞ」と言い残して去った。
……ちなみに、誰を待っているかは言わなかった。俺達六人の中で、というのならずいぶんと大雑把なセリフのような気もする。
そして翌日――いよいよ、二回戦が始まる。話によると二回戦は二日かけて行われる……つまり、一回戦と同様基本八戦なのだが、ここからは実力が拮抗してくる部分もあるため、試合時間が長くなる可能性もあるらしい。だから場合によっては三日になる……と、セシルからは聞いていた。
「というわけで、頑張ってきなよ」
広間に集まり、軽い口調でセシルが言う……予定で今日全員が戦うことになるため、もちろん全員集合。そして俺とアキが先んじて控室に行くよう促される。
「よし、行こう」
「ええ」
俺とアキは並んで部屋を出た。初戦と比べればずいぶんとリラックスしているし、やるだけのことはやったという自負もある。
リュハンからも十分ではないかというお墨付きをもらっている……それを発揮するべく、俺はアキと共にひたすら静かに、控室へと進んだ。