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魔法使いではなく、勇者――

 フィクハはまず剣を地面に突き刺した。これまでのように明確な攻撃ではなく、何か仕掛けるつもりなのがありありとわかる。

 さらに突き刺した剣の柄を握りつつ、リリンを見据え動かなくなる……対するリリンも弓を構えたまま、フィクハの行動に対し様子を窺っているのがわかった。


 フィクハはリリンに視線を送っているため、双方迂闊に攻撃することもできない……しかし、一体何をしているのだろうか?


「……なるほど、そう来たか」


 広間すら沈黙した中で、一人ロサナだけが意を介したのか呟いた。俺はそれに反応し、


「ロサナさん、一体――」

「見ていたらわかるわよ。フィクハもリミナ同様、まだ発展途上で時間が掛かるみたいだけど……確かに、高位魔族と対抗するには良い技法ね」


 どうやらロサナの目から見ても感心するような手段らしい……俺はフィクハに再度視線を送り、剣を地面に突き刺したままの彼女を注視する。


「グレン、どう思う?」


 セシルが観戦しながら問い掛ける。けれど相手の声は不明瞭なもの。


「剣を介し、魔法を使用しているということか……? しかし、どちらにせよ何かしら地面に反応はあるだろう。どうやったとしてもわかるはずだが」

「目立たないようにしていても、魔法を発動する直前になれば魔力が一気に解放されるわけだから、リリンには避けられると思うけどなぁ……」


 セシルがそんな風にボヤいた時、ここまで口を挟まなかったノディが口を開いた。


「ねえロサナさん、あれってもしかして強化魔法?」

「お……何、見たことがあるの?」


 ロサナが感嘆の声と共にノディに聞き返した……強化魔法?


「うん、まあ。以前の騎士団長が使っていた記憶が」

「ああやって剣を突き刺していた?」

「違うけど、そういう技法もあるって聞いたことがある」

「なるほど……正解よ。そろそろ終わるんじゃないかしら」


 ロサナが言った直後……ふいに、フィクハが剣を地面から抜いた。それ以外に変化はない……というより、今の所作で強化する要素あったか?


「……まさか」


 するとリミナが理解したのか、呆然と呟いた――刹那、

 フィクハが駆けた。それも、予想すらできないような、高速で。


「っ……!?」


 思わず凝視――カインに匹敵するような恐ろしい速度で一気に、リリンへと迫る。

 当のリリンも急激な変化に驚いたか、抵抗はつがえていた矢一発だけだった。フィクハはそれを余裕で避けると、あっとう間に剣の間合いを到達し、


「やっ!」


 本来の分野ではない剣戟を放った。リリンはそれを紙一重で避けたが、フィクハの攻撃速度は依然として変わらず……続いて放たれた攻撃をかわすことができずに弓を盾にして受け、立ち位置を反転させる。


「決まるか……な?」


 ノディが語る……瞬間、リリンは猛攻から脱しようと動いた。しかしフィクハは変わらぬ速度で追いすがり、

 続けざまに放った剣が、リリンの体を捉えた。


 それにより吹き飛ぶリリン。どうやら速力以外も強化されているのは明白……身体能力だけで言えば、現世代の戦士と負けず劣らずかもしれない。

 弾き飛ばされるリリンへ、フィクハは再度詰め寄る。そしてとどめの一撃をさすべく接近し、


「っ……!」


 リリンが、最高の抵抗とばかりに吹き飛ばされながら矢を弓につがえ、放った。

 それは射出した瞬間数十本の矢へと分散し、雨となってフィクハへ襲い掛かる。拡散した分威力は損なわれただろうが、前進するフィクハに避ける術はない――!


 けれど、彼女は構わず突き進んだ。矢の雨が彼女へまともに突き刺さり……けれど、一切ダメージなくリリンへ迫る。


「結界の能力も向上しているというわけか」


 グレンが断定した――次の瞬間、新たな矢をつがえようとする寸前のリリンへ、フィクハの刃が突きつけられた。

 そしてリリンは弓をゆっくりとおろす……降参の合図だった。


 実況からフィクハを勝利者とする声が上がる。歓声が生じ、多くの人がフィクハを称える声を俺も耳にする。

 さらにリリンとフィクハは互いの健闘を称え合い、笑う姿が見えた。右耳からも談笑に近い言葉が聞こえ、戦友として仲が良くなったのだろうと俺は思った。


「さて、ロサナさん」

「ええ」


 そこでセシルが催促するように呼び掛けると、ロサナが説明を開始する。


「ノディが言ったように、あれは強化魔法よ……けど、単純なものではない。身体強化に用いたのは、闘技場の床……ひいては、大地に存在する魔力」


 大地――その言葉の瞬間、俺はフィクハが地面に剣を突き刺したことを思い出す。


「床に剣を刺したことで、魔力を……!?」

「誰しもできる方法じゃないのは確かね。けれどフィクハは生き残るためにそうした魔法を身に着けたということよ……剣を刺したのは、そうすることで魔力を吸いやすかったからでしょうね。完成形は誰にも見咎められぬよう足から魔力を吸収することだけど、物を媒介にしないと難しいから、そこまで到達するにはまだまだ時間が掛かるでしょうね」

「けど、フィクハはそれを選択した……」

「リミナのように無詠唱魔法を絡めて戦うだろうけど……大地に眠る魔力をああして使うことができれば、剣術でも高位魔族とも渡り合える可能性がある。あの革鎧は、魔法使いというよりは勇者として戦いに参加するべく編み出した、という感じなのかもしれないわ」


 勇者として……それは、英雄シュウの弟子として歩んできた魔法使いという道のりを、自らの意志で捨てるという現れなのだろうか……いや、だからといって詠唱する魔法そのものを捨てているわけではないから、英雄シュウの弟子としてシュウを追うのではなく、勇者フィクハとしてこの戦いに参加する、と語りたいのかもしれない。


 やがて戦っていた二人の姿が会場から消え、床を補修するため多少時間が掛かるというアナウンスが流れた。とはいっても運営の人間がかなりの人数現れたので、そう待つ必要もないだろう。


 俺は小さく息をつき、周囲は無言となる……少しして、何気なく呟いた。


「次の対戦は……ミーシャか」

「彼女は魔族だったはずよね?」


 こちらの言葉に対し、ロサナが疑問を呈した。


「はい、そうです」

「次の戦いの対戦相手は……まあそれなりか。魔族の力を使うかどうか、よく観察しないといけないわね」

「使ってきた場合は、何かするんですか?」

「試合を止めたりできないのはオルバンの戦いを見れば一目瞭然だと思うけど……あまりにあからさまだと、さすがに対応せざるを得ないわね。ま、シュウの助手なのだからそんなヘマはしないと思うし、こちらの考えだって察しているとは思うけど」


 けれど、多少の指針にはなるか……次が午前最後だし、しっかり観戦しておくとしよう。


「……ここのブロックにいる以上、彼女の存在もまた意図があると考えて良いのですよね?」


 確認するようにリミナが問う。それにロサナは頷いた。


「当然よ。そもそも二回戦で因縁のあるフィクハと戦うなんて、出来過ぎているわ」

「そうですよね……となると、アクアさんへの対策なんかも……」

「可能性はある。今から始まる戦いでそれが判明するかどうかはわからないけれど……ヒントくらいは掴みたいところよね」


 ロサナは断じた後、一度肩をすくめた。


「ま、その辺りは私に任せなさい……もし何か気付いたことがあったら、遠慮なく言うこと」

「はい」


 リミナが返事をした時、ノックの音が。振り返り呼び掛けると扉が開き、フィクハの姿。さらにはリュハンと、貴族服のフロディアまでいた。


「次の戦いがミーシャということで、様子を見に来た」


 フロディアは言うと、ガラスの窓へと先んじて近づく。


「フィクハ、一回戦突破おめでとう」


 そんな中俺が声を掛けると、彼女は小さく頷いた。


「どうも……けど、次の相手はミーシャだし、頑張らないと」


 その表情は硬く……二回戦で当たるミーシャに対し、限りない警戒を抱いているのがはっきりとわかった。


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