彼の行方
オルバンもまたフレッドが放つ魔族の気配を察したらしく、剣を構え直した。
「その力……どこで身に着けましたか?」
「傭兵家業をやっている途上で、とある人物から、な」
フレッドは警戒するオルバンに対し、嬉しそうに語る。俺は憶えがあった。それは――
「ヘクト……」
「え?」
反応したのは一番近くにいたアキ。
「フレッドと再会した時、聞いたんだ……ヘクトという人物に指導を受けたって」
「聞き覚えがないな……誰か、知っている?」
セシルが見回しながら問う。けれど、誰も首を縦に振らない。ロサナすらわからず首を傾げている。
「もしかすると、誰かが擬態していた……?」
発言はリミナからのもの。現在、そういう想像はおそらくこの場にいる誰もがしているだろう……けれど、何のために?
「……試合が終わったら、確認を行いましょう」
ロサナが決議し、俺は再度観戦を行う。今度はフレッドがオルバンへ向かうような状況だった。
オルバンは相手の剣に対し、まずは剣で弾く。すると、
「――重い」
小さな呟き。けれど俺の右耳から明確に聞こえ、オルバンの予想以上の力を身に着けているのだと悟る。
フレッドは続けざまに連撃。それもまたオルバンは剣で防ぐ……本来なら左腕を向けるはずだが、相手の力に警戒しているため、まずは剣で防いでいるという感じなのだろうか。
「フレッドがどの程度魔族の力を得たのかわからないけど……ああして手駒を増やすとしたら、厄介だね」
セシルの言葉。首を向けると、グレンや彼は憮然とした面持ちだった。
「明確に気配が現れたのは一瞬だけ……となると、体に何か魔法でも掛けて発動する類のものかもしれないな」
「シュウさん……か?」
俺はポツリと零してみたが……誰も、回答はしなかった。
その間にまたも耳から金属音。確認するとオルバンがフレッドの剣を受け、大きく後退する姿。
「力も……かなり上昇していますね」
オルバンは断じると、剣を構えながら動かなくなった。
「これで簡単に勝てるとは思っていないぜ? そっちはどうする?」
フレッドは陽気に告げると、さらにオルバンへ攻撃を行う。魔族の力を発揮させた後は、完全にフレッド優勢……けれど、
「ふっ!」
ここで、オルバンも動いた。次いで左腕が動き、フレッドが放った剣目掛けかざす。
「おっ――!?」
所作にフレッドは驚いたが、剣を引くことなくそのまま振り下ろした。結果、剣と左腕が激突し――歓声と同時に、オルバンがフレッドの剣を受け流した。
通用していない――フレッドの力でも、オルバンを崩すには至らない。
「強化されてはいるけど、やはり壁を超えたオルバン相手では、不利かな」
セシルが断じた時、今度はオルバンが反撃。フレッドはどうにか防御して見せたが、追撃を受け大きく体勢を崩す。
「――っと!」
だが、即座に姿勢を戻すと――さらに一瞬、フレッドの力が濃くなるのがわかった。
「畳み掛けるつもりだろうが……残念だったな!」
まだ出力を上げられる……!? 内心畏怖さえ感じながらフレッドとオルバンが剣を交錯せるのを見た。
両者は剣を合わせ鍔迫り合いとなる……が、すぐにオルバンが押した。力を上げてもなお、まだオルバンが上――
「確かに、あなたは強い。しかし」
と、オルバンが口を開いて見せた。
「――その力を使う限り、私は負けませんし、負けられません」
決然とした言葉――同時に、広間からわかる程に、オルバンの握る剣の刀身が、光り輝いて見せた。
決まる……心の中で断じた瞬間、オルバンの猛攻が始まった。本来防御を得意とする彼だったが、魔族の力を加えたフレッドに対し、連撃を放つ。
フレッドも負けじと応戦した……が、技量的な差かそれとも地力が原因か……完全に、押され始める。
「さすが『剛壁』……!」
しかしフレッドは感嘆の声さえ響かせる。そして俺は、さらに力を増幅さえるのではという強い予感を抱いた。
刹那――オルバンが、フレッドを大きく弾き飛ばした。それにより体勢を崩したフレッドと、なおも執拗に攻撃るオルバン。そして、
フレッドの握る剣を、オルバンが盛大に上空へと弾き飛ばした。
歓声が轟き、フレッドの剣はしばし空中を舞った後、彼の目の前に突き刺さった。
「おっと……!」
フレッドが声を上げる中、オルバンは彼の眼前に剣を突きつける。勝負あった。
『勝者! 騎士オルバン!!』
宣言により、一際大きい歓声が生じる。それと同時に、セシルが俺へと告げた。
「レン、行くよ」
「え……?」
「フレッドに事情を訊かないといけない。試合が終わった後捕まえるのが一番早い」
「あ、そっか……俺だけでいいのか?」
「私も同行するわ。あんまり大人数だと運営の邪魔になるだろうし、三人でいいでしょう」
ロサナが言う。俺達は頷き、なおかつ俺は訓練の腕輪を外した後、部屋を出た。
「……その力、あまり使わない方がよろしいかと」
廊下を走りながら、オルバンの声が。対するフレッドは何も答えず、地面から剣を引きぬく音と、鞘にしまう音。そして、靴音が聞こえた。
無言だったが、俺は闘技場でオルバンが告げた時、フレッドが肩をすくめる姿を想像した。おそらく間違っていないはずだ。
セシルの案内により、スムーズに控室へと近づく。そして通行止めをしているローブ姿の女性を発見し、セシルとロサナが手早く事情を説明し、通る。
右耳からはもう歓声以外聞こえない。既に退場したのだろうと予想をつけつつ、俺達はとうとう控室に到着し、
「……失礼するよ」
セシルが声を掛け、扉を開けた。
そこには二人の人物がいた……一人は次の戦いを待つ闘士リリン。選抜試験の時と同様無骨な装備。そしてもう一人は見慣れない男性。リリンの後に戦う人物だろう。
「あれ? セシル?」
こちらを見たリリンが口を開く。
「試合昨日だったよね? どうし――」
「フレッドは、どこにいった!?」
セシルがリリンを遮り声を掛けると、彼女は眉をひそめた。
「どこに行ったって……すれ違わなかったの? 彼は早々に控室を出て行ったけど」
遅かった――セシルとロサナは即座に足を反転させ控室を出た。遅れて俺もまた外へ出たのだが……左右を見回しても、誰もいない。
「……道は二つ。僕らが来た道と反対方向に行ったのかもしれない」
セシルは言うと俺達が来た反対方向へと駆ける。追随した方が良いのかと思った時、ロサナが歎息した。
「……転移して消えた、と考えるのがよいでしょうね」
「転移?」
「控室を出て、誰かが待ち構えていた……で、フレッドに魔法を使用したということよ。この闘技場内で易々と転移魔法を使えるとすれば、魔族しかいないけど」
「となると、やはりシュウさん達が……」
「あくまで可能性の一つね。魔王側が何かしたのかもしれないし」
ロサナが言った時、セシルが戻ってくる。
「……駄目だ。反対側にいた人に訊いたけど、誰も通っていないって。一応、僕達が来た道の人にも尋ねてみて――」
「無駄だと思うわ。魔族が関与し転移したのでしょう」
ロサナは断定し、目を細め腕を組んだ。
「懸念ができたわね……もしかすると、彼のように力をもらった人間が、他にいるかもしれない」
その言葉で、俺とセシルは重い表情となる……と、そこで、
「そうだ……リリン」
俺は一つ思いつき、控室に戻ってリリンに尋ねた。
「リリン、フレッドについて何かおかしな所はなかったか?」
「フレッド……? 特にないと思うわよ。けどまあ、戻って来た時そそくさと控室を後にしたから、約束事でもあるのかと思ったけど」
おそらく、誰かからそうしろと指示されていたのだろう――ここにきて、新たな問題が生じたのは間違いないようだった。