騎士の攻防と覇者の相手
会場内が新たな能力を見てざわつく……エンスは床でもあるかのように空中で超然と立ち、ルファーツと向かい合う。
「大気に干渉して、空中に立つという能力みたいですね」
リミナが視線を送りながら冷静に説明。
「リミナ、あれは風の魔法か?」
「おそらくそうでしょう」
彼女が答えた時、エンスが仕掛ける。飛び込みでもするような鋭さで突撃を行う――
「くっ!」
ルファーツは防御の姿勢をとり、受け流す体勢を整える。同時に両者の剣が衝突――
甲高い音と共に、ルファーツが僅かにたじろいだ。なおかつエンスは彼とすれ違うと同時に空中で反転し、
壁でもあるかのように空中を蹴り、再びルファーツを襲う――!
「なるほど、四方八方から攻撃できるというわけか」
フィクハがそんな風に述べ、ルファーツはまた剣を弾く。けれどエンスは再び方向転換すると再度攻撃――しかも、その速度が明らかに増している。
「攻撃するたびに速度が上がっているのは、別に勢いを増しているというわけじゃなくて、騎士ルファーツがどこまで対抗できるか試しているような気がする」
頬杖をつきながらフィクハはなおも語り……さらに歓声が湧いた。
ルファーツが攻防に耐え切れず、大きく吹き飛ばされた。転倒するような無様な結果にはならなかったが……よくよく見ると、右の肩当てが損傷していた。
「――強くなったのは間違いないでしょう」
エンスはそこで攻撃を中断し、再度空中に立つとルファーツを見下ろしながら語る。
「けれど、現世代の戦士と対等というわけではない……私との間には、まだ決然とした差がある」
そのコメントにルファーツは無言で剣を構える。腰を落とし、次の攻撃に備えているのだが――
エンスは構わず跳んだ。そして、真正面から二人は交錯する。
ルファーツをそれをどうにか受け流した……が、エンスは地面に着地すると、横薙ぎを放った。
それにルファーツはどうにか反応したが――刹那、今度はエンスの剣から何の前触れもなく、炎が噴き出した。
観客が再度どよめき、ルファーツは後退。次の瞬間、エンスは逃げる彼を追い、
「――終わりです」
声と共にその体に、一撃入れた。鎧が見事に砕かれその威力がありありと見える……次いで、ルファーツは今度こそ体勢を立て直すことができず、倒れた。
彼は即座に立ち上がろうとするが、それよりも一歩早く彼の眼前に刃が向けられた。
「次会う時までにもう少し強くなっておかなければ、私はルファーツを殺すことになりそうですね」
そうした言葉の後、勝利者の名が聞こえ――戦いは終わった。
「……一方的という感じだな」
戦いを見たグレンの感想はそれだった。
「騎士ルファーツは最初から本気だったのだろうが……エンスにはまだ余裕があった」
「ルファーツさんの力が足りないということか……」
「壁を超える技術だけでは、足りないということだな」
俺の言葉にグレンはそう返した時、イヤホンから声が聞こえた。
「……お前は、勇者レンや戦士ルルーナに勝つ気があるのか?」
ルファーツだった。立ち上がり剣をしまい、問い掛けている。
「このブロックで参加したということは、お前は勇者レン達に対する刺客といったところだろう?」
「……その意味合いも、多少ながらありますね」
肯定するエンス……やはりこのブロックにいることは意図的らしい。
「本当に、倒せると思っているのか? 現世代の戦士や、そうした人物を倒した勇者が相手だぞ?」
なおも問うルファーツ。すると、エンスは肩をすくめた。
「……だからこそ、ここにいるわけですよ?」
――それはつまり、何か対策を行っているということなのか?
「先に言っておきますが、私達は三人でこの統一闘技大会に出場した……これがどのような意味合いを持つのか、今一度考えた方が良いでしょう」
「……どういう意味だ? そもそも、なぜそこまで語る?」
エンスの答えは、聞こえなかった。けれど俺は察する……今エンスは、ルファーツに対し無言で笑みを浮かべている。
やがて双方が口を閉ざした状態で、エンスが歩き出す。ルファーツはそれをしばし見送り……少しして、引き下がった。
「何か会話をしていたようだが、レン、聞いたか?」
グレンからの質問。俺は頷き、エンスの言ったことを伝え、
「対策か……その辺りは少し考える必要がありそうだな。そして意味合い、か。単純に勝つだけが目的とは言えないようだな」
「優勝する以外にも、利用があるということですね」
続いて声を発したのはリミナ。
「この闘技大会に出て、私達を倒す……士気を挫くという意味もあるのかも」
「俺やルルーナなんかに対して対策している雰囲気だから、そういう意図を持っている可能性は高いな」
「なら、私がやるわ」
言ったのはアキ。視線を送ると、自身に満ちた彼女がいた。
「次に戦うのは私……エンスの手の内全てを把握できたわけではないけど、どういう戦術をとってくるのかは多少わかった。次の試合までに、準備をしておくわ」
「……ああ」
大丈夫なのか――とは言わなかった。アキが言っているのだから、それを信じることにしようと、純粋に思った。
午前の試合が終わり、俺達は昼食をとることになった。この広間にはルームサービス機能もあるらしく、闘技場を見ながら食事を行う。
そして食べ終わるタイミングで、セシルとノディが戻ってきた。
「ただいま、っと」
「ああ……準備はできたのか?」
声を発したセシルに質問すると、彼は頷いた。
「ああ。ベニタさんの食事をとってウォーミングアップも済ませた。ま、僕の戦いはまだ先だけどね」
「私は午後一試合目だし、良い訓練相手になったよ」
なんだか不満っぽい顔ながら、ノディが続く。それにセシルは気付いたか、ため息を漏らした。
「毎度毎度思うけど、そんなに嫌なら誘わなきゃいいじゃないか」
「他に手ごろな相手がいなかったんだよ」
「だからといってそんな顔をされちゃあ、張り合いがない」
「何よ、やるの?」
「なんだよ」
「相変わらず仲いいな」
「良くない」
「良くないよ!」
俺の横槍に二人は同時に言った……喧嘩するほど、などと口に出しそうになったが、言ったらさらに面倒なことになりそうだったので、言わずにおく。
「相変わらずで安心した。頑張ってね」
フィクハがお茶を飲みながら言う。その眼は、どこか呆れたもの。
「二人なら一回戦は余裕で突破できると思うけど、問題は二回戦か」
「そうだね」
「ノディはルルーナが相手だっけ」
セシルが同意すると同時に俺が口を開く。それにノディは力強く頷き、
「で、セシルは二回戦でやられると」
「負けるつもりは一切ないよ。というか、ノディとしては僕にやられて欲しいだけだろ?」
「バレたか」
舌を出すノディ……そういえば、セシルの次の対戦相手を確認してなかった。
「セシル、二回戦の対戦相手は? 俺、対戦表よく見て無かったんだが」
問うと、彼はほのかに笑みを見せた。
「騎士ジオだ」
「……は!?」
まさかの相手……なるほど、ノディとしてはジオに勝って欲しいだろうな。
「あと、ノディにとってはどう足掻いてもいばらの道だ。よしんばルルーナに勝てたとしても、今度は僕か上司のジオだ」
「セシルが勝ち上がったら、リベンジしてやるんだから」
「はいはい、でもその前に一回戦を超えないとね」
ノディを軽くあしらいつつセシルは言う……けれどその段に至り、彼の目の色が僅かに変化していた。
これまでに見たことのないような、鋭く、それでいて強い意志を秘めた眼光……それがおそらく闘士としてのセシルなのだろうと思いつつ、俺は二人に「頑張ってくれ」と声を掛けた。