因縁と騎士
それからしばらくして次の試合……アキの試合が始まる。とはいえ、終始アキが優勢であり、闘士は光の鞭を立て続けに食らい続け……やがて、倒れた。
試合時間としてはたぶん十五分程……デュランドとアンデルの戦いと比べ長かったが、これは闘士がよく耐えたのだろう。
「次の試合で、ルファーツさんが登場しますね」
テーブルを挟み向かい合って座るリミナが告げる……気付けばこの広間に人が少なくなっていた。
話によると午前に四試合が行われ、午後から同様に四試合行われる。セシルやノディは今日の午後から試合ということで、早めの昼食をとりウォーミングアップする予定らしく、既に広間にはいない。
そしてナーゲンやロサナ、リュハンについても姿を消していた。残っているのは俺とリミナ。そして別のテーブル席に座っているフィクハとグレンだけ。
「……そういえば、エンスは偽名だったんだよな?」
ふと疑問に感じ質問をすると、フィクハから答えが返ってきた。
「闘技場ではエルスと名乗っていたよ……安直な気もするけど、大幅に名前を変えると反応できなくなってしまうだろうから、本名に似せたんだと思う」
「ラキもそんな感じだし、そういうことだろうな……グレン、ミーシャは?」
「ミーデルと名乗っていたな……私達には本当の姿が見えているが、他の者達には別人に見えているため、本来の正体が露見するようなことはないだろうな」
「だろうな……しかし、つくづく厄介な相手だ」
俺は今まで遭遇したラキやエンスのことを思い出し、呟く……そういえば、エンスは実際に戦っているところを見たことが無いな。
「ルファーツさんはエンスの能力とかを把握しているんだろうか……それがあるのとないのでは大違いだけど」
「アークシェイドに所属していたことを秘匿していた以上、本当の力は隠していると解釈した方が良いかもしれませんね」
リミナが闘技場を見下ろしながら呟く……彼女の言う通りだろうな。
『――それでは、午前最後の試合を行わせて頂きます!』
そうして実況の声が聞こえた。瞬間、背後にある広間の扉が開く音。振り返るとアキがいた。
「とりあえず楽勝だったわね……お、もう次の試合?」
「ああ、アキ。おめでとう」
「どうも……次は、エンスだっけ」
アキは俺達のテーブル席に腰掛け、尋ねる。
「ああ。ついでに相手はエンスと知り合いの騎士だ」
「因縁の対決か――」
『アーガスト王国からの推薦! 騎士ルファーツの登場です!』
声と共に歓声が湧き、ルファーツがその姿を現した。以前見た白銀の鎧と、ツンツンとした黒い髪。目つきまでは見えなかったが、その表情は険しいものになっていると、容易に想像できた。
『続きまして……予選で圧倒的な力を見せた新星の一人。此度の闘技大会で、その名を轟かせることになるのか……!? 剣士、エルスの登場です!!』
そうして現れたのは、エンス――外套の色合いは茶褐色から藍色のものへと変えている。変化と言えばそれくらいであり、彼は淡々とした足取りでルファーツと向かい合った。
そこで俺はイヤホンをつけた右耳に神経を尖らせる。盗み聞きしているような状況であるため、一瞬申し訳ない心持ちとなったが……ナーゲンの言葉を思い出し、エンスのことを把握するべく耳を傾ける。
「……久しぶりだな、エンス」
「ええ」
会話が行われる……ルファーツは、感情を抑え込んでいる雰囲気が声からもわかる。
「話したいことは山ほどあるが……何か語るつもりはない。それに、話せと言ってもお前は従わないだろうからな」
対するエンスは無言……表情は遠くであるためわかりにくいが、間違いなく笑っていると俺は確信した。
それからは無言で、双方剣を抜く。ルファーツはあらゆる感情を押し殺し、ただ目の前に現れたエンスを倒すことだけ考えているのだろう……複雑な感情がこの戦いの邪魔になると、認識しているから。
だからこそ、真相を聞くのをやめ、彼の優勝を阻むことを優先している。
『それでは、第四試合――始めぇ!!』
声が響いた直後、戦闘が始まった。
先制はルファーツ。一気に間合いを詰めたかと思うと、すぐさま剣をエンスへ向け放った。
速い――屋敷護衛の後、俺は彼の指導を受けていた時があった。無論訓練なので全力を出すようなことも皆無に近かったとは思うが……彼の剣を多少なりとも見ていた自分にとって、驚く程鋭い斬撃だった。
対するエンスはそれを緩やかに弾くと、足を前に出した。そればかりでなく横手に回り、ルファーツとすれ違おうとする。
そのタイミングで剣を薙ぐのか――考える間に、二人の姿が重なり、
一際大きい金属音が、俺の右耳から聞こえた。
見ると、エンスが放った剣をルファーツが弾いている光景。
「やはり、このくらいでは沈みませんか」
エンスの声が聞こえ――同時に、彼は足をすぐさま反転させてなおも剣を向ける。
けれどルファーツはそれを楽々とかわした後、さらに特攻を行った。エンスはそれを弾きつつ、口を開く。
「以前はこれほど好戦的ではなかった思いますが……相手が、私だからでしょうか?」
問い掛けにルファーツは、剣を振ることで答えた。それをエンスは容易に弾き、一歩距離を取る。
その動作は非常に緩やかで、まるで踊っているようにも感じられる……闘技場だというのに、彼だけ舞踏会にでも来ているような所作だった。
間違いなく、彼には余裕があるのだろう……それにルファーツはどう思うのか。
彼はなおも執拗に追いすがる。恐ろしく直情的な攻撃であり、俺の目には不安しかないのだが――
「策がある、という可能性が濃厚よね」
呟いたのは、アキだった。
「控室で軽く会話をしたのだけれど……ルファーツという騎士は、エンスの力を理解しているようだった。アークシェイドと判明していなかった時点でも強かった。それに加え本当の力を隠していたのなら……皆まで話さなかったけど、あんな真っ正直な剣で勝てるとは思っていないはず」
アキが解説する間に、ルファーツの刃がエンスの外套を掠める。それと同時に外套が裂かれ、エンスはそれを脱ぎ捨てた。
中から現れたのは。同じ藍色の色合いをした戦闘服……執務服のように体にフィットするようなもの。
「強くなっているのは間違いないようですね」
エンスの声が聞こえる。同時にルファーツはさらに間合いを詰め――その速度が、さらに増した。
「速い……!」
グレンが告げた。同時にルファーツは相手の懐に潜り込み、
エンスの左腕に、刃が当たった。
対するエンスはやや遅れて剣を弾く。けれど俺の目にもはっきりと見えた。刃が触れた場所……肘の下辺りが多少斬れて、出血している。
「なるほど。瞬間的に速度を大幅に強化し、動きに強弱をつけて惑わす技法、というわけですか。特攻ばかりすることでこちらを油断させ、隙を見て攻撃した」
エンスはルファーツの動きを見てそう言った。さらに、
「そして壁を超える技術も習得……正直、ルファーツがここまで成長するとは思いませんでした」
あくまで余裕のエンスは、軽く左腕を振ると剣を構え直した。その時には出血が収まったのか、血が地面に落ちるようなこともない。
「……確認を、したかったということか?」
そこでルファーツが足を止め、問い掛ける。
「壁を超える技術を持ち、なおかつ訓練により成長したかどうかを、確認したのか?」
「……どうでしょうね」
飄々とした声音でエンスは言う……俺はルファーツの予想が正しいのではと、直感的に思った。
「ただ一つ言えるのは……ルファーツが強くなったのを見て、こちらも相応の態度を示さなければならないということ――」
告げたと同時に、今度はエンスから斬り込む。ルファーツに劣らずの速さ――だが、
「ふっ!」
差し向けられた剣閃をルファーツは弾き、なおかつ反撃までしてみせた。
「見事……けれど」
エンスの声――刹那、彼は跳躍した。それも、自分の身長を超えるような高さであり――空中でルファーツを飛び越し、
「ここからが、本番です」
決然と言い放った――彼は、空中に立っていた。




