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友人のような彼女と、不安な従士

 リミナに請ける意向を伝えたのは、その日の夕方。昼と同様食事をしている時だった。


「わかりました」


 仕事をする理由まで説明すると、リミナは明瞭に答え、隣にいるクラリスへ視線を投げた。


「クラリス、協力してほしいならそう言ってくれればいいのに……」

「いや、旅の途中だったみたいだし、意図的じゃないにしても面倒事に関わらせるというはどうかなと……」


 クラリスは頭をかきながら応じた後、手を合わせ申し訳なさそうに告げる。


「二人とも、よろしく頼むね」

「ああ」

「わかった」


 俺とリミナが口々に承諾し、この話題はひとまず終了。


「……それで、二人は昼以降また訓練ですか?」


 リミナが別のことを口にする。俺とクラリスは同時に頷いた。


 仕事をするという時点で踏ん切りがついたので、決意した後再び訓練を開始した。当初の予定通りリミナのプレゼント探しをしても良かったが、仕事をする以上、少しでも制御に慣れた方が良いだろうという結論から、そうした。

 だが結局、朝からの状況と変化は無かった。訓練後半は次第に慣れてきたため、おぼろげながら何を掴んだ気はしたのだが、


「感触に慣れただけで、ほとんど変化はないよ」


 というクラリスからの御言葉を貰い、がっくりとうなだれた次第だ。


「正直、一からやるより大変だと思うわ」


 リミナの言葉を受けて、クラリスはそう評価する。


「なまじ魔力が多大にあるせいで、制御訓練に段階を踏めないのがレンの状況。わかりやすく言うと、素人が基礎訓練もなしに魔法を覚えようとしているようなもので、それじゃさすがに上達しないわよ」

「ひとまず、今の俺ではいくらやっても意味ないと」

「ゼロとは言わないけど、目標達成までは果てしないでしょうね」


 ――俺の訓練は相当な難事らしい。けど思えば、この世界に来てまだ数日。やれ魔法だの剣だの言われて、普通は戦えない。勇者レンの経験が体に眠っているからこそ、どうにか立ち回れているのだ。致し方ないだろう。


「そうか……で、クラリス。一つ気に掛かることがあるんだけど」

「何?」

「クラリスが今日一日でどこまでやる予定だったか知らないけど……もし道具が手に入ったら、教えてもらえるのか? そちらは、用とかないのか?」

「私? 大丈夫よ。そちらが良ければいつまでも……ただ」

「ただ?」

「食事と泊まるところの面倒だけは……」

「そのくらいはなんとかするよ」

「よっしゃ」


 クラリスは指をパチンと鳴らし声を上げる。俺は彼女の様子に微笑みつつ、これからのことを考える。


 思えば――クラリスにプレゼント選びを手伝ってもらうことになり、なおかつ理由づけとして魔法訓練を開始した。けれどそれが難しいとわかり、道具を買いに行ったら交換条件として護衛依頼。当初の目的からずいぶんと外れている。

 だが力を取り戻すのが難しく、対策を講じる必要があるとわかった。ならば、そちらに注力した方が良いだろう。実際の所クラリスと出会う前は、しばらく戦えばそのうち慣れるだろうと楽観的に考えている部分があった。それが間違いだと気付いた以上、是正した方がいい。


 なんだかリミナと共にクラリスにも頼りっぱなしな気がする――彼女にもお礼をしないといけないだろう。


「……もし何かあれば、言ってくれ」

「何かあれば?」


 俺の言葉に、クラリスは首を傾げる。


「言ってくれって、どういう意味?」

「時間と手間を取らせているわけだから、クラリスにも相応の対価が必要だろ?」

「別に気にしていないけど……まあいいわ。どうするか考えさせてもらうけど、いい?」

「どうぞ」

「よし、何買わせようかな」

「……限度は考えろよ」


 言うとクラリスは笑う。俺も合わせて笑った。

 なんだか気さくな友人ができた気分だ。これまでリミナは従士として、ギアは仲間という感じで接してきたので、こういう関係の人は新鮮だ。


「リミナ、そっちからも何か言ってやって――」


 俺はそこで話をリミナへ振った。その直後、彼女の表情を見て声を止める。


「……リミナ?」


 彼女は俺とクラリスを見て、なんだか不安な表情をしていた。


「ど、どうした? 何か心配事が?」


 尋ねてみるが、反応が無い。なんだか目も虚ろで、心配になって呼びかけようとする。


「……あ」


 その前にリミナから声が漏れた。彼女は我に返ったようで首をブンブンと振り、


「な、何でもありません」


 と、明らかに何かあるような態度で返答した。


「わ、私は部屋に戻っていますので」


 さらに彼女はそう言って、突然席を立ち、二階へ上がって行った。見送る俺は、クラリスと顔を見合わせつつ何事かと思ってしまう。


「……今のは、何だ?」

「……もしかすると」


 クラリスには予想がついたらしい――その顔は、懸念の意味合いを持っていた。


「重症かもしれない」

「重症……?」

「ほら、朝言ったこと憶えてる?」

「……やきもちのことか?」

「そう。あの子の心理状態を察するに……」


 前置きをしつつ、彼女はゆっくりと語り出す。


「なぜ従士としてずっと一緒にいる自分ではなく、クラリスが勇者様と親しく話しているのか……! そんな感じじゃない?」

「そ、そうなのか?」

「しかも、あの顔からすると、もっと上の考えにまで行き着いているかもしれない」


 さらに、クラリスは話を進める。上?


「上って?」

「つまりよ……あれほど親しい上、引き続き教えを請おうとしているということは……もしや勇者様は、私……クラリスを従士にしたいと考えているのではないか――」

「いやいや、さすがにそれはないだろ」


 荒唐無稽な気がする。だが、クラリスは表情を変えない。


「もし、明日リミナが『私が教えます』とか言ったら、たぶん確定」

「……そうか」


 俺は淡泊に答える。それはさすがに取り越し苦労だろう……思いつつ、話題を変えることにする。


「そういえば、クラリス……君は、仕事に参加するのか?」

「もちろん。自分の身は自分で守れるくらいの腕は持っているよ。心配しないで」

「わかった」


 彼女が言うなら、止める権利は無い。俺は承諾するに留めた。






 ――翌日。


 俺達は一路ラウニイの店へ向かう。時間は朝だが、日が昇って数時間は経過している。


「……ねえ、クラリス」


 道中、俺の後方を歩くリミナが、彼女の隣にいるクラリスへ声を掛ける。


「色々考えたんだけど……今回の仕事の後、面倒をかけるのは申し訳ない気がするの」

「平気平気。大丈夫だって」


 クラリスは陽気に答える。しかし――


「……場合によっては、私が勇者様に教えてもいいし……もちろん、教えたことなんてないから不安しかないけど……」


 クラリスが想定していた言葉が聞こえた。俺はなんだか、依頼を請ける前に難題を抱えた気がして、小さくため息をつくこととなった。

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