その騎士の実力
やがてアンデルは手を振ることをやめ、デュランドと闘技場の中で向かいあった。
「準備は出来たか?」
デュランドが問う。遠目であるため表情を読み取るのは難しいのだが……その声音は、苛立った様子もなければ臆した雰囲気も無い。
「ああ、構わないさ」
どことなくキザっぽい言い方で、アンデルは答えた。声援に応える仕草といい、中々いい性格をしているようだ。
そして二人は剣を抜く――ここに至り気付いたのだが、デュランドは剣を背負い、なおかつそれは抜き身の物で――
「ツヴァイハンダーだね」
セシルが言った――彼の身長にあうような、大剣だ。俺なんかが振り回すのは無理そうだが、彼なら余裕で使えるだろう。
対するアンデルは腰から剣を抜く。そちらも通常の長剣と比べ、遠目から見ても肉厚なのがわかった。
「アンデルも一発で押すようなタイプだ……図らずも、似たタイプ同士の対決となったわけだね」
なおもセシルが解説を行う……俺はそれを踏まえた上で、観戦を行うことにする。
『それでは――第二試合、始めぇ!!』
声が響いたと同時に――デュランドとアンデルは、同時に足を前に踏み出した。
まずは正面衝突……刹那、イヤホンを着けた右耳から凄まじい金属音が生まれた。それに少しばかり顔をしかめつつも、闘技場を注視。両者は剣を噛み合わせ動かなくなる。
「……ほう、思ったよりも楽しめそうだ」
次にアンデルが発する……その声は、余裕を含んだもの。
「見かけ通り力重視の騎士らしいな……少しは、満足させてくれよ」
「こちらのセリフだ」
デュランドは極めて冷静に応じると――押し返した。アンデルはその流れに沿い、後退。その間に、デュランドが攻勢に出た。
俺とカインが戦った時のような、正面からの打ち合い――だが、俺達は速さを重視していたことに対し、二人の剣は相手を叩き潰そうとでもいう、非常に重い剣。つんざくような金属音は俺とカインが奏でていたものよりも遥かに重厚で、素人目から見ても先ほどの戦いとは違うとわかるだろう。
「アンデルは、闘士の中でも力がある……無論、魔力強化を用いた上での話だけど」
その時またセシルの声が。俺は闘技場から目を離さないまま、そちらにも意識を向ける。
「だからレンも、力勝負を持ち込んだ場合どうなるか、良い参考に――」
彼がそこまで言った時、闘技場がどよめいた。体格で劣るアンデルが突如、デュランドを弾き飛ばしたからだ。
「なんだ、大したことがないな」
右耳からアンデルの声が聞こえる……最初の攻防は、彼に軍配か。
「どうも『見』に回っている雰囲気だね」
ナーゲンがそこで解説……デュランドのことを言っているんだろうな。
「あの騎士は、アンデル自身の能力についてある程度看破しているのが、剣の動きからわかる。ここからは推測になるけど、彼もまたレン君と戦う前にやれることはやっておこうという腹積もりなのかもしれない」
「やっておこう……とは?」
「例えば、会場の雰囲気になれるために様子見の構えを見せているとか……後は、レン君自身アンデルと同様強力な剣戟を得意としているから、同様の戦い方をする彼との戦いで、感触を掴みたいんじゃないかな」
……俺との戦いに対して、か。カインを倒した以上デュランドが警戒するのも無理ないし……これは二回戦も、気合を入れなければなさそうだ。
考える間にアンデルが攻勢をかける。守勢に回ったデュランドに対し、彼は攻撃一辺倒となり、見た目は完全に圧倒する。
「ほらほら、どうしたんだ!?」
アンデルが挑発するように告げるが、デュランドは一切声を発さずその剣を受けている。右耳から先ほどの打ち合いと負けず劣らずの音が響く。立っているこの場所からガラス越しによく聞こえるくらいであるため、かなりの衝撃があるのは間違いない。
「……それだけではなさそうかな」
今度はセシルが口を開いた。
「ナーゲンさんの言う通り相手を観察し、さらに場の雰囲気に慣れるという意味合いはありそうだけど……他に、彼には戦法があるんだろう」
そういった見解を述べた時、ようやくデュランドが反撃に転じた。
一度大きくアンデルの剣を弾くと、剣を薙ぐ。その剣閃は遠目から見ても相当鋭く……俺は、一瞬でデュランドの戦法を察した。
「カウンター狙いか――!?」
「騎士ならではの戦法と言えるかもしれませんね」
次に発したのはリミナだった。その間に、アンデルは剣を防ぐ。
「騎士は人と戦う場合、できるだけ殺めないように加減すると聞いたことがあります。その一番の方法は、過不足なく魔力を込め、それを相手が攻撃してきた時に合わせ叩き込むこと。基本専守防衛というスタンスである騎士にとって、ああした戦法をとるのは至極当然の流れでしょう」
リミナがそこまで言った時、アンデルはデュランドから距離を置いた。その動きは中々俊敏だったが、デュランドは負けじと足を前に出す。
いや、そればかりではなく――なんと彼は、一気に間合いを詰める!
「速いな――!」
アンデルが驚愕の声を上げた刹那、デュランドが斬撃を放つ。大振りかつ横薙ぎ。それをアンデルは回避できず、剣で受け止め、
直後、彼の体が吹き飛んだ。
「おっ……!」
セシルが声を上げ、窓の外を食い入るように見つめる。
「ぐうっ……!」
続いてアンデルの声が耳から入る。予想外の一撃だったようだが、彼は即座に態勢を整え、剣を構え直した。
「そういうことか」
彼は納得するように言うと、駆けた。デュランドの魂胆を掴んだ様子ではあったが、戦法は変わらない。
「自信があるようだな」
対するデュランドは冷徹とも言える声音で告げる。
「力で負けてはならないという、強い感情が感じられる」
さらに述べた直後、アンデルが一閃する。鋭く差し向けられたその剣戟が、全力の一撃であるのが一目でわかった。
そして俺はこれで決まると直感する……もしアンデルの攻撃が通用すれば彼の勝ち。防ぎ切れば、デュランドの勝ちだ。
「決まるね」
同じことを思っているらしいセシルが言う――刹那、両者の剣がぶつかりあった。
耳の奥に金属音と――次に聞こえたのは、アンデルの呻き声だった。
「な――」
次の瞬間、勢いよく放ったはずのアンデルが、吹き飛んでいた。最高の一撃を、デュランドは軽く蹴散らすように防ぎ、易々と跳ね飛ばした形。
アンデルは今度こそ体勢を崩し倒れ込む。けれどほんの僅かな時間で起き上がり、体勢を整え、
その間に、デュランドが迫った。アンデルは対抗するべく剣をかざし、
防いだが、受け切れなかった。
「が――」
声と共に崩れ落ちる……俺の目には、剣から衝撃波のようなものが拡散したように見えた。
「力勝負では、圧倒的にデュランドが上だったようだね」
最後にセシルの声……加え、デュランドを勝利者とする解説と、観客の声。
「レン、あの様子じゃあ受け切るのは難しいだろう……おまけに、斬撃に衝撃波を加えて攻撃する……アンデルは結界を使用していたはずだけど、攻撃により崩れかかったため、結界が揺らぎ衝撃波が通用するとデュランドは判断。だから使用したといったところかな」
そうした言葉を聞きながら、俺は控室へと戻っていくデュランドへ視線を送る。圧倒的な力……確かにあれでは、俺の体なんて易々と……魔力強化が無ければ、闘技場の外まで放り出されそうな勢いだ。
とにかくこの試合でわかったことは、彼が完全なるパワーファイターだということ。それを胸の奥に刻みつつ……俺は次の試合を待つことにした。