白の剣士と勇者の結末
俺の放った雷の槍がカインへ――けれど、完全に入りきる寸前で、彼は体を大きく傾けた。
まさか、あの状態から――!? 驚愕する間に彼は横に移動し、さらに三歩ほど大きく跳ぶように引き下がる。一瞬追おうとしたが、威嚇するようにカインが剣をかざしたため、動きを止めた。
今の攻撃が決まったのかどうか、確認をする必要もあった……だから、俺は注視し、
『これは――!』
解説の声が耳に入る――同時に、俺はカインの右腕から出血しているのを目に留めた。
格好が白であるため、赤が異様なほどに目立つ……けれどカインは一切表情を崩さず、俺をまっすぐ見据えている。
赤色の染みは、それ以上白に侵食するようなことはない。おそらく怪我を負った瞬間に魔法か何かで止血したのだろう……出血量から貫通といった大怪我をしているような様子はなさそうだが、ある程度の手傷を負わすことができたのは間違いない……そして、
俺は、駆けた。
「――おおっ!」
声と共にカインへ迫る。剣を握る腕に傷を負った以上、動きが鈍るはず――なおかつ俺自身に余裕はない。ここで――決める!
盾を生み出したままではあったが、防御を捨てるつもりで右腕に魔力を集めた。使用するのは乱撃技である『吹雪』だ。刀身に魔力を注ぎ、カインにさらなるダメージを負わせるために、
剣を、放った。
カインはすかさず応じる。先ほどまでとまったく変わらない速度ではあったが、衝撃が、先ほどと比べ小さくなっていた。押し返す力は、明らかに弱くなっている!
好機だと確信し、さらに魔力を注ぎ、攻勢に出た。剣戟の速度も増し、カインは怪我を負った右腕でそれを弾くが……やはり、戦い始めた時と違い余裕がなくなっているのは間違いなかった。
速度が変わっていないことが不安になったが――ここでやめればカインからの反撃が来る。そしてそれを回避する手立ては、『時雨』を使っていない俺にはないだろう。
だからこそ、この攻撃で決着をつけるしかない。
声を上げながら俺はカインへ一撃加えるべく剣戟を重ねる。けれどこちらの斬撃を彼は全て迎撃する……さらに不安が頭をよぎり、俺は何度も後退という選択をとろうとした。
けれど、自身を奮い立たせ……俺はさらに威力を上げ、さらに速度を上げるべく魔力を集めた。
「――おおっ!」
収束する魔力のほぼ全てを、俺は右腕につぎ込み乱打を決め続ける。カインはそれを険しい顔つきながら受け流し――おそらく、全快の時であればこの技は空振りに終わっていただろう。けれどカインは傷を負い、俺が完全に押している状況……だから魔力を振り絞り、ただひたすらに斬撃を向け、
刹那、変化が起こる。俺の剣がカインに止められるのはそれまでと同じだったが、次第に彼の剣が遅れ始めた。それはほんの僅かで、コンマ数秒にも満たない小さな変化ではあったが、乱撃を重ねることでその変化が明確なものとなっていく。
一瞬魔力を使い果たさせるために、演技をしているのではなどと危惧を抱いたのだが――そこで右腕の染みが増えていることに気付き、彼もまた限界が近いことを頭で理解した。
このままいけば、確実に抜ける――同時に、体の中から魔力をかき集め、右腕へと加えていく――カインはもう反撃する余裕もないらしく、完全に防戦一方となった。
いける――! 思ったと同時に声にならない声を発した、次の瞬間、
カインの剣が到達する前に、俺の刃がカインの右肩口に触れた。
その感触を手で感じ取った直後、俺は剣を振り抜く。けれどカインは即座に反応して弾き、剣を押し返し、後退した。
けれど、足を後方に移した時俺はさらなる剣戟をカインへ向け薙いでいた。それもまた彼は回避できず刃を、その身に受ける。
合計で二筋……カインが退いた時、右肩と左の脇腹から出血しているのが見えた。それらは全て浅い傷のようだが、動きを大きく減退させるには、十分なもの。
けれど同時に、肩にのしかかるような倦怠感が体を襲う……全身全霊で剣を打ち込んだのだから当然だが、負けるわけにはいかない……!
「そちらの様子を見ると、次の攻防で終わりだろうな」
カインは剣を軽く素振りして言った。その顔はずいぶんと晴々としており、怪我については仕方ないと見切りをつけた雰囲気。
そして、彼の言う通りだと思った……『吹雪』を使用したことにより、全力戦闘も短い時間しかできないだろう。だから次で決まる……俺は奥歯を噛み締め、再度カインへ向け走った。
攻防が始まる――が、最初の時とは剣の速度は鈍っていた。カインの反撃に対しても『時雨』を使用しないまま攻撃を弾くことができる。
そうして俺はさらに刃を放つ。カインはそれを立て続けにかわしたが――やがて、痛みが走ったのか動きが鈍り、その隙に腹部を剣が掠めた。
「なるほど、余裕がないのはこちらの方か」
カインはその一事で判断した刹那、足を前に出す。なおかつ一瞬で魔力を剣に集め、連撃ではなく一撃必殺の大技を、俺に向け放つ――!
こちらは反射的に『桜花』を起動し、魔力を刀身に集中させる……もう体に残っている魔力は僅か。けれど、これで――
「――らああああっ!」
絶叫と、二つの剣が交錯する。そして、
轟音と共に、剣が宙を舞った。
『……っ!』
解説の人が呻くのが聞こえ、同時に会場の歓声が途絶え、闘技場が異様な空気に包まれる。剣が地面に当たると、気味悪いくらいに闘技場へ響き渡り、やがて止まった。
そうした中で、俺は無言となった。カインと視線を重ね、荒い呼吸を行い、
――俺は、カインの首筋に突きつけた自分の刃を見て、宣言した。
「俺の……勝ちです」
「……ああ」
カインが頷いた瞬間、
『――勝者! 勇者、レン!』
解説の声が闘技場内にこだまし、観客による声が、津波のように押し寄せた。それは大気や石床全てを響かせる程のものであり、俺は剣を引きながら苦笑する他なかった。
「……強くなったな、レン」
そうして、カインは俺へと述べた。顔には一切悔しさはない。むしろ、俺がカインを破ったことによって、清々しさすら感じ取れる。
認められ、俺は単純に嬉しく思った。しかし、
「正直、まだまだだと思うよ……今の攻防だって、ほとんど偶然だった」
「確かに、運の要素が大きかったのは確かだ」
謙遜するこちらに対し、カインは同意するように告げた。
「雷撃を使い始めた時は、何事かと思ったが……あの時は、ノープランだったな?」
「ああ、うん、まあ」
「まったく……しかし運もまた実力だ。私はその勢いに負けた。ただ、それだけだ」
笑みを浮かべるカイン。けれどすぐさま表情を戻し、
「私に勝った以上……この大会、自信を持って戦えばいい。ラキと戦うことになるのかはわからないが……とにかく、優勝は目指せ」
「ああ」
力強い返事を行うと、彼は納得し再び表情を笑みへと戻した。
「そして、シュウや魔王との戦い……頼んだぞ、レン」
言い残し、彼は自身が闘技場へ入場した方向へと歩いていく。俺はそれを少しの間見送っていたが……やがて、自分もまた歩き出した。
ふと周囲を見回すと、観衆の全てが俺を称えるような声を上げ、祝福しているようだった。手でも振り返せばいいのだろうか、などと考えつつ、俺は大観衆を前に気後れし、そのまま元来た場所へと戻った。
控室に戻った時、そこにはデュランドと、アキの姿があった。
「アキ……どうして?」
「デュランドさんの後だから、ここに待機していたのよ……とにかく、おめでとう。これで、レンも歴戦の勇者の仲間入りというわけね」
「……はは」
その言葉に苦笑した時、今度はデュランドが口を開いた。
「レン殿」
「あ、はい」
「待っていてくれ。私はそこにいき、君と戦う」
烈気と共に語ったデュランド……それに俺は、小さく頷いた。