彼に勝つ条件
カインが動いた瞬間、俺はその変化を目で追うべく注視し、両腕に集める魔力を高めた。
「ふっ!」
カインが声と共に剣を薙いだ直後――さらに剣速を上がっていると直感する。さらに速度を上げ、刃を懐に潜り込ませる気だ。
すかさず『時雨』が反応して剣で叩き落した……が、嫌な予感がした。先ほどの剣……もしあれで猛攻を仕掛けられたら、反応できずに攻撃を受けてしまうのではないだろうか。
考える間にカインはさらに剣戟を見舞い、その全てを俺が弾き飛ばす。膠着状態と言える状況だが、このまま長期戦に持ち込まれれば負けるのは明白。カインの魔力量はわからないが、俺の方が圧倒的に魔力の消費量が多い。間違いなく、先に尽きるのはこちらだ。
とはいえ、短期決戦に持ち込めるほど俺に選択肢はない……となれば、どうするべきなのか。
カインがさらに鋭い剣閃を向ける。今の所それを迎撃できてはいるが、衝撃がほんの少しずつ俺の腕にたまり始めている……! 受け続ければ程なくして破綻するだろう。
つまり、現状カインは延々と攻勢を続けていれば俺に勝てる……勝つために、俺はリスクを承知で動かなければならない。
「くっ……!」
既に数十回――いや、百を超えたかもしれない剣を弾き、俺は呻く。決断は早い方がいい。でなければ、反撃する余裕すら喪失し、俺はカインに膝を屈してしまうだろう。
その時、俺はリュハンから言われたことを思い出した。両腕は勝手に動きカインの剣を抑えている。その中で、セシルの屋敷で向かい合った情景を思い出した――
「レンもわかっていると思うが、地力ではカインの方が上だ……技術で上回っている相手に勝つのは、非常に難しい」
「そう、ですね」
「対処方法としては……一つは相手の弱点を探り、それを突く事。とはいえ今回のカイン相手にそれは使えないな。あいつの剣技は完成されている。弱点を露見するはずもないし、ミスに付け込んだりすることもできんだろう。さらに手を抜くこともないはず」
「となると、俺が勝つためには……?」
「難しいが、突破口がないわけではない……とはいえ、これはリスクというよりギャンブルに近いな」
「ギャンブル? どういうことですか?」
この上なく嫌な予感がしつつも、俺は続きを促す。
「なに、簡単な話さ……つまり」
と、リュハンは何でもないことのように告げた。
「カインと真正面から戦い……お前が、その戦いの中でカインを上回ることができればいい」
「……それ、答えになってないですよ?」
そうなったら当然勝てるじゃないか……思いつつ言及すると、リュハンは「すまん」と言った。
「言い方が悪かった。カインとの戦いで、レンが大幅な成長を見せればいい」
「……無茶苦茶ですね」
「だが現世代の戦士に勝つためには、そのくらいのことをやってもらわないと無理だな」
――その言葉で、勝つこと自体途方もないことなんだと理解した。
「話によると、レンは度々覚醒して難局を乗り切ったらしいじゃないか」
「いや、あの……それは勇者レンが訓練を受けてきたことを、体が思い出したためというか……」
「戦士団の件はどうだ?」
「……確かにあれは、俺自身が訓練した要因も大きいですけど、やっぱり勇者レンが基礎的な技術を持っていたから、という見解が正解なのでは」
そう――言ってしまえば今まで俺は、勇者レンの後を追いかけてここまで来た……今はもう超えているとは思うのだが、英雄シュウと戦った時までは、記憶を引き出し戦っていたのは間違いない。
「なら、今度はレン本人が急速に成長しなければならないわけだな」
「それは……果たして、できるんでしょうか?」
「というより、できなければ負ける」
断定。やっぱりハードルは高い。彼が言わんとしていることは理解できたため、俺は頷いた。
「……けど、わかりました。カインに勝てないようでは、あの人と互角に打ち合ったラキに勝つなんて難しいでしょうし……やるしかないですね」
「その意気だ。とはいえ、何のヒントも無しでは成長する前にやられるだろう。一つだけ、アドバイスをしておく」
……その口上だと、リュハンには俺がどう成長すればカインに勝てるのか見えているのだろうか?
「戦いが始まれば、激しい打ち合いになるだろう。そして、そのまま戦い続ければいずれ、レンがやられるのは必定だ……突破口は、レンが所持している魔法だ」
「魔法?」
聞き返すと、彼は首肯する。
「確かにレンの技術は、単純に力を刀身に注いだ方が威力が上がるし大変強力だ。しかし、今回はそうした一撃で決められる相手ではない。だからこそレンが所持している魔法が、カインと戦い勝つための手立てとなる」
「えっと……どういうことですか?」
意味が理解できず聞き返したのだが、リュハンは答えることなくさらに話を進めた。
「レン、必ずしも勇者レンが使用していた通りに魔法を使わなくてもいいんだぞ。その氷の盾のように、新たな手法を生み出してもいい」
「新たな手法……」
呟いた時、リュハンは深く頷いた。
「そう……それが、レンにとっての突破口だ――」
――会話を思い出した時、俺はほぼ、本能的にどうすればいいのか察し、動き出した。
いや、正確に言えばリュハンがどのような結論を導き出したのか、今ここでわかったとでもいうべきなのか。
俺はカインの剣を一際大きく弾いた瞬間、ほんの僅か、刀身に注ぐ魔力に別の力を込めた。
それを察したか、それとも剣の動きで勘付いたのか――カインが眉をひそめたのを目に留める。
今しかない――俺は断じ、反撃に出た。刀身に注いだ魔力をぶつけるべく、剣を薙ぐ!
果たして――カインはそれを真正面から受けた。何か仕掛けたと認識したようだが、受け切る自信があったということか。
それに対する俺の剣戟の反応は――突如、
雷光が両者の中間地点で発した。
「っ……」
カインは短く声を出すと退く。俺が足を踏み出しても剣がギリギリ届かない位置であり、正確にこちらの斬撃軌道を読んでいる証拠だった。
しかし、後退する間に隙が生じる……そこで、俺はさらに剣へ魔力を加えた。
そして俺達は動きを止める。その段になって俺の耳には観衆のどよめきが聞こえた。どうやら俺の剣が、カインを押し返し驚いているようだ。
「戦法を変えたか」
少ししてカインが告げる。俺は無言に徹し答えなかったが……彼は、目を細め警戒を示す。こちらは臆さず見返し、次の一手をどうするか考える。
俺が使ったのは、雷撃……それもぶっつけ本番であり、カインには一切通用していない。とはいえ相手は何か策があると思ったか沈黙を守り、どう攻めるか思案している様子。
今になって、俺はリュハンの言った言葉の意味が完全に理解できた……竜の聖域の時も、戦士団の時も……そしてシュウとの戦いでも、勇者レンの体の中に眠っていた記憶を引き出し、戦っていた。
けれど今回は違う。勇者レンの記憶からこれ以上力を引きだすことはできない……いや、もし残っていたとしても、勇者レンの記憶が現状を打開できる策があるとは思えない。なら、どうすれば良いのか――
そこで、大きく一呼吸。それはカインにどう映ったのか――剣を構え、臨戦態勢に入った。
俺もまたそれ応じるように構える。気付けば観客の声は聞こえなくなり、全神経がカインへ向け注がれる。
次の瞬間、来る……! 断じ、俺は魔力を刀身に注ぎ迎え撃つべく動き出した。