交わる剣
先手はカイン――というより、彼の速度を考えれば俺が先に攻撃することなんてできないため、必然的にそうなる。
開始の言葉が告げられた直後、彼は突撃を開始した。左右に回り込むのではなく、真正面――その動きは目で追えるレベルギリギリのものであり、俺はすかさず後退しながら左腕に魔力を集めた。
「まずは防御か」
カインの声が聞こえる――周囲の歓声は相変わらず止まないのだが、彼の声音はひどく明瞭に聞こえた。
後退した分だけ時間を稼ぐ間に、左腕に氷の盾を生み出す。完全に形を成した瞬間――カインの斬撃が到達した。
速い――刃を盾に受けたかと思うと、瞬きをする間にさらに数度盾に叩き込まれている。連撃を重ね盾を破壊する算段のようだが、俺は負けじと氷に魔力を注ぎ維持する。
「こちらの剣に対し、盾は完全のようだな」
カインは告げると同時にやや大振りの一撃を放った。それまでとは異なる、明確な隙のある一撃。けれど俺は反撃のチャンスをつかめないまま、剣を盾で受けた。
刹那、腕全体に痺れが走る――今までと比べ、明らかに違う威力。
腕に魔力を集めれば、完全に受け切ることはできると直感した……が、俺は後退に転じた。そこへなおも執拗に迫るカイン。状況は、カインの一方的な攻勢で幕を開けた。
『これは……! 一方的か――!?』
解説の声がふいに耳へと入る。けれどそれもすぐに消え去り、俺の視界にはカインしか見えなくなる。
同時に神経が研ぎ澄まされたことにより、体に存在する魔力を如実に知覚し、なおかつその量も増していく。
「出だしは様子見のつもりだったようだが、高位魔族相手では通用しないぞ」
試合にも関わらず、カインはそう指摘する。師が弟子をたしなめるような口調であり……それが本気で戦っていないように感じられた。
そして次の瞬間、カインの動きが変化する。俺の視界から突如消え――右!
直感と同時に体が勝手に動く。視線を先には俺の右側から刃を放とうとするカインの姿。攻撃が来ると認識し、同時に防御――タイミング的にはギリギリ。いや、もしかすると間に合わないかもしれない。
刹那、俺の右腕が勝手に動く。カインの剣を視界に捉えた瞬間右腕が意志を持ったかのように動き、剣を弾く。
「……何?」
当のカインは驚いた。今の攻撃を防ぐとは――そんな心の内が見て取れた。
俺は体をカインへ向けようとしたが、彼はすぐさま一歩だけ後退すると、俊足を生かしまたも視界から消えた。今度は左――元の位置に戻る形。
すかさず俺もそちらを向き、なおも続く彼の剣戟を剣と盾で回避する。先ほどまで盾だけを用いた防戦だったが、今度は剣を使い出したことによりカインの目の色が変わった。
隙あらばカウンターを食らわせるつもりで剣を振る……が、少しでも前に出ようものなら、俺の剣より先にカインの刃が来るという未来を用意に想像できたため、迂闊に斬り込めない。
まだだ……俺は、頭の中で呟くと共にカインの剣を叩き落とす。彼の剣は正確無比であり、叩き落された後すぐさま次が俺へと迫る。それを剣と盾を駆使して防御する――
手数だけで言えばカインは剣一本で、俺は剣と盾を使っている。けれど攻防は、見かけ上互角だ。これはカインの攻撃速度が俺を上回っていることを意味する。
このまま耐えて、反撃の機会を待つか……それとも魔力を今以上に強化して、攻勢に出るか……もし選択を誤れば、負けるのではないだろうか。
躊躇する間に、カインの剣が俺へと迫る。寸前で避けると、俺は僅かながら刀身の魔力を強くして反撃を行った。
果たして――カインはそれを易々と受け、再度俺へ攻撃を行う。駄目か――
「確かに、強くなった」
そこでカインの声が聞こえた。称賛を大いに含んだものだったが、遥か高みから俺を見据え喋っているような雰囲気を感じ取る。
「だが、それでもまだ……届かないな」
決然と告げた――同時に、カインの姿がまたも消えた。
そして今度こそ、俺は完全に相手を見失う……いや、体の奥底にある本能が、俺に警告を発した。背後――!
刹那、俺は頭が理解する前に足を動かした。右足を数センチ上げると、それをかかとから地面へと叩きつける。
直後、俺の背後に多大な冷気と轟音が生じ――!
「っ……!?」
背後から僅かな呻き声――カインだと認識した瞬間、俺は即座に振り向いた。
そこにあったのは、俺が足から魔力を流し地面から生じさせた華のように咲いた氷柱……そして、反射的に後退し距離を置いたカインの姿。
「さすがに、その手は読んでいるよ」
俺はカインへ声を掛けた――直後、周囲の声が耳へと入り、かつてない声が闘技場内に生じた。
これは、リュハンからアドバイスされたことだった。速度に特化したカインは、背後から迫る技術にも長けている――だからもし完全に見失った時、それは相手の背後に回ろうとした時だと言われていた。
それを聞いて、俺は足先から氷柱を出して攻撃を阻む術を思いついた。訓練ではリュハンが攻撃するタイミングで、俺が反射的に氷柱を生み出す……練習し、今その成果が表れ、俺はカインからの攻撃を防ぐことができた。
むしろ今の攻撃でカインへダメージを負わせられたらと考えていたのだが……さすがに、甘かったようだ。
「そうか、私が背後をとるようにするため、防戦一方というフリをしていたのか」
納得したように、カインは述べる……確かにそういう意図もあった。けれど、もうこの手は通用しない。
「さらに速度を強化すれば、背後を取れなくもないが……どうやらかなり、反復練習を積んでいるようだな。ここは、正面突破の方がリスクが少なそうだ」
カインは言うと同時に腰を落とした。さらなる突撃の構え。
「だが、対応策はある様子……新たな防御技だな。おそらく、両腕が魔力に反応して私の剣を防いでいるのだろう?」
さらにカインの言葉は続く……その通りだった。
俺が今使用しているのは『時雨』という防御技――相手の魔力に反応し、自動防御するというものだった。
通常、体を動かすには頭が命令しなければならないが、この技は魔力強化を施した両腕が、頭を介さず脊髄反射的に反応を行うようにできることが特徴で……なおかつ無理な体勢からでも、攻撃を弾くことができる。
とはいえ問題もある。これを発動している間は他の技が使用できない――より正確に言うと、俺が未熟で他の技と併用することができない。攻撃に転じるには『時雨』を解除しなければならないのだが……果たして、カインの猛攻に対しそんな余裕があるのか。
「君の氷と聖剣により、その技はずいぶんと強固な防御術となっているな……しかし、守ってばかりでは勝てないぞ?」
「……わかっているさ」
俺は不敵に笑みを見せつけると、腰を落とす。突撃に対し受け切るという構えだ。
「いいだろう……ならば――」
告げた瞬間、カインが迫る。先ほどよりも速く、俺の両腕は即座に反応。加え先ほど以上に魔力を両腕に集める。
そして、一際大きい金属音が周囲に響き渡った。歓声が生じたと同時に集中し、声が途絶え、再び視界にカインだけが映る。
二撃目を俺は盾で弾く。先ほどよりも威力が上がっており、下手に加減すれば一気に体が持っていかれるか、腕に痛みが残ってしまうだろう。
カインの連撃はさらに続き、それを俺は確実に弾く。先ほどよりも威力を強化したためか、攻撃回数が減った……とはいえ魔力強化の度合いに注意すれば『時雨』で防げるため、先ほどよりはまだ楽かもしれないが――
そう判断した直後――カインが、新たな動きを見せた。