白の剣士
会場に続々と人が集まり始めた時、部屋に運営を行っていると思しきローブ姿の女性がやって来て、俺に声を掛けた。
「勇者レン様、ご準備を……控室にご案内します」
「わかった」
頷くと同時に俺は椅子から立ち上がる。いよいよ――
「勇者様」
部屋を出て行く直前、リミナから声が。
「ご武運を」
「……ああ」
頷くと同時に部屋を出た。案内に従い、黙って進み続ける。
階段を下り廊下を進み、一つの扉の前に立ち止まる。女性が手でその扉を指し示すと、俺は小さく頷き中へと入った――
「来たか」
そして、男性の声……正面に、腕組みをして準備万端のデュランドが立っていた。
「私は君の試合が終わった後だ……ここで、観戦させてもらうよ」
「……どうも」
返事をした時、後方で扉が閉まった。振り返ると女性の姿はなくなっていた。
とりあえず周囲を見回す。控室は大人が二十人くらいは余裕で入れるくらいには大きく、なおかつ部屋の端にあるテーブルには水と食料が無造作に置かれていた。始まるまでここでリラックスしろということなのだろう。
「他に人は……いないんですか?」
そして、デュランドを除いて人が誰もいない。広さもあってずいぶん寂しく思える。
「おそらく今からの試合と、次の試合の人物だけここに呼ばれるのだろう」
デュランドは言った後、視線を入口と反対方向にやった。両開きの大扉が開け放たれており、多少の通路の後、闘技場の石床が見える。あそこが入口らしい。
「君は、勝つ自信があるのかい?」
さらにデュランドは問い掛けながら、手近にあった椅子に座りこむ。
「相手は現世代の戦士の中でも、特級の力を持つカインだ」
「……どうでしょうね」
俺は肩をすくめ、食料が置かれているテーブルに近寄る。そしてスライスされたチーズを手に取り、口に入れた。美味い……結構良い物のようだ。
「もし俺が勝ったら、デュランドさんと当たるかもしれないんですよね?」
「そうだな……私の対戦相手はベルファトラスの中でちょっと名の知れた闘士らしい。腕としてはまずまずだそうだが、私が本来の力を出せば十分勝てるだろう」
……その顔には油断など一切見られない。なおかつ強い自信に満ち、優勝する気概を大いに感じ取ることができた。
優れた騎士……この場で見た印象は、まさにそれ。同時に、俺は一つ疑問が浮かんだ。
「そういえばデュランドさんは……フィベウス王国の騒動でどのように動いていたんですか?」
「長期任務で城を離れていたんだよ……騒動を知り、私自身強く後悔した。だからこそ、魔王との戦いについてもいの一番に手を上げた」
俺と視線を合わせ述べる。そこでこちらは彼に近づき……右手を差し出した。
「闘技大会ではライバルですが、魔王と戦うことに関しては仲間です……よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく」
デュランドは微笑み、握手を交わした。
「英雄アレスの弟子であり、魔王に対する牙を持っている人と共に戦うことができるというのは、非常に光栄だ」
彼がそう告げた直後――闘技場方向から何やら響くような声が聞こえた。内容を聞きとることはできなかったのだが、遅れて室内に響くような歓声が轟いた。
「実況の人間が、開幕の宣言をしたようだな」
デュランドは手を離すと闘技場へ視線を移す。合わせて見た時――今度こそ、声を聞きとることができた。
『第一試合――今回の統一闘技大会がどのような戦いとなるのか、それを指し示す戦いと言っても過言ではない一戦が、今まさに始まろうとしています!』
男性の声と共に、さらに声が響く。風の魔法か何かを使って音を拡大しているのだと判断すると共に、少しだけ鼓動が早くなる。
『今回の大会、そうそうたる面々が参戦を表明し、本戦に出場しております! そうした面々が出場する前は、多くの人がこう思っていたことでしょう……優勝候補は闘士セシルか、前回統一闘技大会覇者のマクロイドではないかと……! しかし、伝説の闘士アクアを始め、多くの伝説を作り上げた様々な戦士が参戦し、まさに誰が勝つかわからない群雄割拠の状況となっております……!』
会場のボルテージがさらに上がる……煽るのが目的とはいえ、俺はその口上に苦笑する他ない。
『さあ! 皆さまも待ちわびているでしょうし……始めさせていただきましょう!』
声と共に、背後にある入口の扉が開いた。
「……レン様、ご案内を致します」
再度女性が現れ、俺に声を掛ける。こちらは小さく頷くと、一度呼吸を整え歩き出した。
「頑張ってくれ」
デュランドの言葉。俺は歩きながら手を軽く振って応じ――女性が隣まで到達。闘技場に出る寸前になって彼女は手をかざし、待機するように促した。
『――第一試合! この場にいる方々も、世紀のカードだと思ったことでしょう! それではまず姿を現して頂きましょう! 数多くの魔物を屠り、なおかつ現在も戦士団を率いる行ける伝説――白の剣士、カイン!』
刹那、俺の足元に振動を生じた……それは歓声が最高潮に達し、さらにはカインが姿を現したため、声が闘技場を震わせたのだ。
そして――やや遠目ではあったが、姿は確認できた。細身で腰まで届く黒髪は相変わらず……さらに白い外套も相変わらずだったが、以前のようにボロボロの物とは違い、新調したのか太陽の光に照らされキラキラと輝いている。
「……あれは、正装か」
後方でデュランドが呟くのを聞く。振り向くと、彼は俺が知らないと悟ったか、口を開いた。
「通常戦士団では、ボロボロの外套を着込んでいるだろう? 普段はそうだが、こうして公の場に立つ時は体裁を整えるため、ああして綺麗な物を着るらしい」
「当然でしょうね……そういえば、カインさんの二つ名――」
「魔物を駆逐していた時につけられたのが、彼の二つ名である『白の剣士』だ……安直と言えば安直だが、彼が名づけられて以後、現世代の間では白は彼をイメージさせる単語となったそうだ」
『――そして、対するは巷で評価上昇中の勇者!』
デュランドが説明する間に、今度は俺の解説が聞こえた……俺って、評価上昇中なのか?
『様々な場所を転々し、人助けを行う流離の勇者……そしてなんと、彼は今ベルファトラスに滞在し、英雄達の指導を受けさらなる強さを求めている!!』
「……なんだかなぁ」
間違ったことは言っていないのだが、気恥ずかしくなってくる……まあ、緊張がほぐれたから良いけど。
『そしてその成果を、伝説を作った戦士に見せつけ勝つことができるのか――! 流浪の勇者、レン!』
言葉と共に、ローブの女性が手で闘技場を示した。それと同時に俺は小さく頷いた後、足を前に踏み出した。
闘技場に出た瞬間――カインの時と劣らない歓声が俺に向けられた。数えきれない人々が放つその声に腹すら響き――なんだか今この場所に立っていること自体が、現実ではないようにすら思えてくる。
そうした中俺はカイン近づく――よく見ると石畳の床に、停止線のような直線が見えた。そこで立ち止まると、カインと丁度良い距離で向かい合う。
「こうして君と剣を交えることになるとは……正直、予想外だ」
歓声の中、カインは剣を抜き放ちながら告げた。
「さらに言えば、大変不本意な形ではある……けれど、手を抜くつもりはない」
「こっちもだ」
俺は言うと同時に剣を抜く。その刀身を見て、カインはそちらへ意識を移す。
「英雄アレスの持っていた聖剣、か……まだ、公にはしていないのだったか」
「それは、まあ」
むしろこんなところで広めたらとんでもないことになるだろうな……考える間に、さらに解説の声が響く。
『大会が始まり、早くも最高の戦いが見られるかもしれません……! それでは双方! 準備はよろしいですか!』
解説の声と同時に、俺とカインは構える。歓声によりさらに大気が震え、そして、
『――統一闘技大会第一試合、始めぇ!!』
絶叫に近い声と共に――俺と、現世代の戦士カインとの戦いが始まった!




