傾向と対策
「といっても、話はそれほど難しくないわ……運営が対戦表を作成し、新聞に情報を載せる間にすり替えられた……すり替えた人間はあっさりと見つかり、白状したわ。金を渡されて行為に及んだそうよ」
ロサナの説明は、ひどく簡潔で……たったそれだけのことでこの結果となり……歯がゆい思いとなる。
「シュウ達にすれば、情報がこうして新聞に載ればもう否定されることはないと踏んでいたのでしょう……ナーゲンとしても運営と衝突したくないという意思はあるようだから、この対戦表でやるしかないわ」
「一番の懸念は、ラキですね」
リミナがテーブルに置かれた対戦表を見ながら言う。そう、何より危ないのはラキ――
「そうとも言い切れないわ。なぜシュウがエンスやミーシャを激戦区に配置したのか……それが気に掛かる」
「……というと?」
ロサナの言葉にセシルが眉をひそめた。
「敵は何か対策をしていると?」
「そういう可能性が高いということよ……シュウはまんまと望んだ対戦を組んだわけで、このトーナメント表自体に様々な罠が仕組まれている、と考えた方がよさそうね」
ロサナの言葉に、俺はシュウの真意を考えようとする。ラキと俺をすり替えるようにしたのは、いったい何の目的があるのか。そして、なぜ同じブロックにエンスがいるのか。
「……ともかく、全員勝ち進んでいけば誰と当たるかわかるはずだから、その準備は怠らないように……予定外のことが発生して浮足立つのは理解できるけど、そんな精神状態では勝てるものも勝てなくなるわ」
と、ロサナは気分転換でもするように軽めの口調で言った。
「ラキについてはコレイズとマクロイドに任せましょう……それで無理なら、最悪優勝候補と目されるアクアがいる……もちろん、この場にいる誰かが決勝戦に行っても構わないけれど」
「……決勝に行くには、アクアさんを突破しないといけないんだよねぇ」
愚痴を零すようにノディが言う。それに反応したのはセシルだった。
「その前にノディは二回戦でルルーナと当たるじゃないか」
「う……そうなんだよね」
言われて確認すると、確かに二回戦で彼女とぶつかる……ノディもずいぶん、苦難な道に立たされたようだ。
「私やリュハンの考えを言ってもいい?」
そこで、ロサナが口を開いた。俺達は全員無言となり、彼女の言葉を待つ。
「一応私はこの屋敷でお世話になり、シュウ達と戦うために色々と情報を収集し……なおかつリュハンは剣の指導なんかもやっている。だからこそ、日ごろの成果を発揮して、ここにいるメンバーにはぜひとも勝って欲しいのよ」
「……負けるつもりはないけどね」
フィクハが嘆息混じりに言う。けどその表情はどこか憂鬱……無理もないが。
「全員、勝つために戦っているのは理解できるわよ……そこで、本戦まで残る数日だけど、色々と戦う相手のことを教えておこうと思ってね」
なるほど、アドバイスか……ロサナは全員の顔を一瞥すると、肯定と見て取ったのか力強く頷いた。
「というわけで、あまり時間もないから早速始めるとしましょうか……だけど普段使用している闘技場は混雑しているし、本戦の準備もあるから使えない。ということで、今日からはセシルの屋敷の端でも借りてやろうかと思うのだけれど――」
食事などを終え、ロサナの言葉とセシルの許可により、俺は屋敷庭園の端でリュハンと向かい合うこととなった。
「本戦まで後数日だ。正直、やれることはほとんどない……できるとすれば教えた新たな技の再確認くらいだろう」
リュハンは俺にそう切り出した。当然ながら今から技を覚えることはできないし、そうなるよな。
「だが、カインに対する戦い方を教えることはできる……奴の能力は知っているか?」
「えっと、速度を重視した剣技ですよね?」
俺が意見すると、リュハンは「そうだ」と返した。
「より厳密に言うなら、回避特化型の戦士だ。この言い方だと防御を捨てているように聞こえるが……一撃浴びせたらそれで終了などと勘違いはするなよ」
「壁を超えている以上、生半可な一撃は通用しないと」
「そういうことだ」
リュハンは首肯すると、俺に続ける。
「とはいえまだ幸いだったな……アクアならば『暁』を併用する必要があるかもしれんが、カインならば『桜花』だけで通用するはず。今のレンが持つ全力を当てれば、一撃とはいかなくとも回避能力を大きく損なわせることはできるはずだ」
「それができれば、勝利を手繰り寄せることができる、と」
「油断してはならんが、そういうことだ」
問題は、どうやって当てるか……以前戦士団で剣を合わせた時、俺はまったく相手にならなかった。その時と比べ確かに俺は強くなっているが……カインだって怠けていたわけではないだろうし――
「成長速度は目を見張るものがある……いや、勇者レンが英雄アレスの教えを受け努力していたのだから当然と言えるかもしれないが」
さらにリュハンは語る。その目は、確信を伴ったもの。
「カインと打ち合った経験があるのかどうか私は知らないが、少なくともこのベルファトラスで訓練を受け始めて以後、差は縮まっていると考えてよいだろう」
断定する彼だが……果たして、どれだけ差を詰めているのか。
「……ま、やれるだけやってみます」
俺はそう回答し、肩をすくめた……昨日リミナに言ったように、胸を借りて戦うしかないだろうな。
「ああ、それではカインとの戦いに関していくつか注意をしよう。これは速度特化の戦士全般に対し有効な手段とも言えるため、似たような相手に対し応用も効く。参考にしてくれ」
「はい」
頷いた俺に――いよいよ、リュハンが説明を始めた。といっても口ではなく剣による指導。彼はオールラウンダーらしく、速さを重視した戦法によって俺を翻弄する。
対する俺は反応することができた……以前ならばあっさりと懐に潜り込まれていたはずだが、対抗することができる。これは間違いなく、大きな進歩だ。
その途中、別所で剣を振っていたセシルなんかが来る。今度は彼が懇願したためセシルがルルーナ対策をやることになる。順当にいけば、三回戦で当たるらしい。
「なあセシル、ルルーナはノディが倒してしまうんじゃないか?」
なんとなくそんな質問をぶつけてみるが、セシルは「どうだろうね」と言葉を濁す。
「ノディの勝機がゼロというわけじゃないけど……対策しないままだと後悔するだろう。それは勘弁願いたいし」
「そうか……とはいえ、ノディにとっては不利だよなぁ」
俺は屋敷近くでグレンと剣を打ち合っているノディを目に留めた。
二回戦で彼女はルルーナと当たる……一撃を重視して攻撃する俺と似たようなタイプの彼女だが、ルルーナもまた、どちらかというと一撃で敵を沈めるタイプだ。となれば両者は同系統の剣技……そうなると意表などを突くことが難しくなり、どうしても地力勝負となってしまう。
「ノディ自身もどうしようか悩んでいるみたいだけどね……リュハンさんは、何かアドバイスあるの?」
「二人の指導が終わった後、話をしようと思っていたところだ」
「となれば、打開策があると?」
「ああ……二通り」
二つ――内容を聞いていないが、方法がいくつかあるというのは、結構心強いのではないだろうか。
「ただどちらを選ぶにしろ、多少なりともリスクはある……どうするかは、彼女次第だな」
言うと同時に、リュハンはセシルの剣を大きく弾いた。金属音が周囲に響き、セシルはたまらず後退する。
そうして、俺達はシュウの策にはまりながらも最善を尽くすべく訓練を重ねる。気付けば夕方となり、また一日が過ぎていき――
やがて、本戦の日が訪れた。




