激動の朝
「ん……」
目を開けると見慣れた壁。今日もまた、左を下にして寝ている状況。
「朝、だな」
呟きつつのそりと起き上がる。いよいよトーナメントが提示される……けど、先ほど見た悲しい結末を想起させる夢を思い出し、なんだかアンニュイな気持ちとなり――
廊下から、騒々しい足音を耳にする。
「ん?」
ベッドから起き上がり扉を見据えた時、ドアはノックも無く盛大な音と主に開け放たれ、
「レン!」
慌てた様子のセシルが姿を現した。
「起きていたか……すぐに着替えて、食堂に来てくれ!」
何やら切羽詰まった様子。首を傾げた時、セシルはさらに続ける。
「とにかく食堂に! そこで説明する!」
言って扉が閉まり、廊下を駆ける音……どうやら仲間全員に伝えているらしい。
俺は彼の言葉に従い着替えを始める。準備を済ませると部屋を出て食堂へ。
到着するとそこにはロサナとリュハンを除いた面々が集まっており、
「勇者様……」
呻くような言葉を、リミナが漏らした。
一体何が起こったのか……ここに至り不安を抱き、その間にセシルが食堂のテーブルに近寄り、何かを手に持って俺に差し出した。
「トーナメント表だ」
それは新聞。決定したトーナメント表を見せたいらしい。
「Aブロックの最初、一戦目の所を見てくれ」
彼の指示に従い、俺は文面をなぞる。そこにはナーゲンが言った通りカインの名前が記され、その対戦相手は――
「――俺!?」
はっきりと、レンの名が刻まれている――!?
「やられたよ……どうやら、シュウが対戦表をいじくったらしい」
沈鬱な面持ちでセシルは言うと、椅子の一つを引いて座り込んだ。
「ちなみにラキは、正反対のブロックにいる。そっちは僕の見た所、闘士やそれなりの技量を持つ推薦騎士といった感じで……ほとんど障害がない」
確認した所、確かに彼の言う通りラキの名があった。そして対戦相手は俺の知らない相手――
「彼の障害となりそうなのは、準々決勝で遭遇するルルーナの側近コレイズと、準決勝で隣のブロックにマクロイドくらいしかいない」
「ちょ、ちょっと待て……このトーナメントでやるのか!?」
「新聞にまで載ったんだ。既成事実ができている。今更変えることは許されない」
セシルがこの上なく険しい顔で語る……俺は半ば呆然となりながら、改めてトーナメント表を確認。そこで――
「おい……俺とセシルとノディが同じブロックにいるぞ!?」
「そうだよ、ちなみに僕らの場所が一番の激戦区だ。シュウの一派ではエンスがいて、カインとルルーナ。さらにジオやドラゴンの騎士であるデュランドがいる」
……確認すると、もし二回戦で上がれたなら、俺はデュランドと戦うことになりそうな気配。そして、
「アキまでいるぞ……?」
「順当に行けば、私は二回戦でエンスと戦う」
腕組みし、壁にもたれかかっているアキが述べる……俺はそこで、セシルやノディの対戦相手を確認する。一回戦の相手は見覚えの無い名前であったため、おそらく勝てるのではと思った。けれど――
「……対戦相手については、ひとまず置いておこう。今はナーゲンさん達がこうなってしまった原因を探っている所だ。僕達は、もしもの場合に備え準備をして、屋敷で待機だ」
「ロサナさんやリュハンさんがいないというのは、手伝っているのか?」
「ああ」
頷いたセシルは、こうなってしまった見解を述べる。
「トーナメント表は抽選などによって決定された後、こうして新聞に載せるため情報が回される……おそらくその途上で、対戦表をすり替えられたんだと思う」
「ちょっと待て……対戦を決めた運営は何もしないのか?」
「新聞という媒体と運営の決定……この二つでは、発言力のレベルが違いすぎる……今回の件で身に染みてわかったのは、こうなってしまっても運営側が間違いだと断定できる発言力が無いことだ。つまり、シュウは最初から闘技場側を狙うつもりはなかったんだ。彼らは、新聞という情報媒体そのものに狙いをつけていた――」
言うと、セシルは拳でテーブルを叩いた。
「こうなってしまった状況で気付いたというのも愚か極まりないけどね……この現状で僕達ができることといえば、対戦表を変えた手段を見つけ、そこからシュウ達の情報を探るくらいしかない。賽は投げられてしまった。これで、やるしかない」
セシルは俺が持つ新聞を指差しながら、言った。
「まあ、ある意味シンプルになったと言えなくもないさ……ラキを抑えるメインはマクロイドに任せ、彼が敗れた時、激戦区を乗り越えた猛者が止める、ということに変わっただけとも言える」
――そうは言うものの、俺達が考えていたものとは大きく違う戦い……相手の作戦にまんまとはまってしまったという精神的ダメージは、大きい。
「とにかく、僕らはこの状況をできるだけ早く受け入れて、本戦までに時間は無いけれど訓練に励むしかない……衝撃は大きいだろうけど、気持ちを切り替えてくれ」
セシルが最後にそうまとめた……顔はどこまでも苦り切ったものであり、俺の心情をはっきりと代弁しているようだった。
フィクハとノディ、そしてグレンはひとまず部屋に戻り、セシルやアキは食堂でそのまま朝食をとることに。一方の俺とリミナは、俺の部屋へと入り新聞を改めて確認する。
「リミナの初戦の相手は……ルーティか」
「はい」
沈鬱な面持ちでリミナは告げた。
俺やセシルはAブロックだが、その隣のBブロックにリミナとノディ、そしてグレンがいた。さらにアクアやミーシャなんて面々も存在しており……俺達程ではないが、十二分に激戦区と呼んで差し支えないメンバーとなっている。
「対戦相手に関しては仕方ないと思いますが……何より、こうした状況となってしまったことに驚いています」
「完全に裏をかかれた形だからな……正直、こうやって新聞を眺めていても少し信じられない」
改めて俺は自分の対戦相手の名を眺める。カイン――よりによって最初の相手が、現世代の戦士。
セシルの言う通り、こうして大々的に発表した以上、最早覆すのは難しいだろう……シュウ達の策にはまってしまったのは悔しいが、これで戦うしかない。
「勇者様、大丈夫ですか?」
リミナが確認の問い。俺は彼女を一瞥した後少し思案し、
「……もし勝ち上がっていくとしたら、いずれ現世代の戦士と戦っていたはずだ。それが早まった……というだけの話だけど、正直頭が整理できていない」
「ですよね……」
リミナも同意見なのか俯いた。相手の術中にいるという時点で嫌な気分になる……こんな状態で戦えば、絶対にカインには勝てないだろう。気分を切り替えないといけないのはわかっているのだが――
その時、入口方面から何やら声が。なんとなく席を立ちテラスから外を見ると、ロサナとリュハンの姿があった。
「二人が帰って来たな」
「……話を、聞きましょうか」
「そうだな」
頷き俺達は部屋を後にする。玄関ホールまで足を向けた時、ロサナ達と廊下で合流した。
「ロサナさん」
「ああ、丁度良かった。二人とも、食堂に行っていて」
「そこで話をするんですか? セシルとアキはたぶん食事でいますよ。残りの面々は部屋だと思います」
「わかったわ……先に行っていて」
言うとロサナは、リュハンを伴い俺達とすれ違う。俺はその後姿を見てどうなったのかすぐに訊きたい衝動に駆られたが……ぐっと我慢して、リミナに呼び掛け歩き始めた。
食堂に辿り着くとセシル達が食事を終え一服しているところだった。ロサナ達のことを伝えると二人は待つ構えを示し、俺とリミナは隣同士で着席する。
「レン、朝食はどうする?」
「話しの後で」
セシルの問い掛けに応じた時、フィクハ達も食堂にやって来た。そして各自適当な場所に座り……最後にロサナとリュハンが食堂に現れ、
「さて、それじゃあ今回の騒動について説明するわ」
ロサナが、口を開いた。