その理由があるからこそ
「……身辺護衛?」
昼、食事のため宿に戻ってきた俺達は、図書館から帰って来たリミナに事情を説明した。ラウニイからの頼み事とは、とある要人の護衛依頼だった。
「ああ。詳細は事情があって聞けなかったけど、その人の護衛をすれば道具をもらえるらしい」
俺はリミナにそう説明する。朝と同じ席でリミナ、クラリスと向かい合う俺は、ラウニイの頼みを聞き入れるか迷っていた。
「ただ、ここに戻ってくるまでにクラリスと相談したんだけど……護衛って、時間の掛かるものだろ? そうした厄介事なら請けないという選択もありかと思うんだが……」
「確かに、金貨三十枚と同等の対価であるなら、大変そうな仕事ですね」
リミナはそう感想を漏らしつつ、クラリスへ顔を向ける。
「一応訊くけど、その護衛は……一般の人相手だよね?」
「非合法な相手じゃないことは、私が約束するわ」
クラリスはそう返した後、話し始める。
「魔法道具の販売なんてしているけど……ラウニイさんは国に認可されている人だからね。前に訪れた時も国の兵士が依頼をしていた……だから、今回もそうした問題のはず」
「国絡みであるなら、相手は重役か、それとも王家の人間か……」
リミナは呟きつつ思案を始める。聞いていて、にわかに緊張してきた。
「勇者様は、どうお考えですか?」
「……正直、迷っているよ。もし面倒なことを避けるなら、依頼を断り、別の制御方法を探す……元々、俺の魔法を制御するための道具探しだ。他に方法があるはずだからな」
「では……」
「けど、話を聞いていると相当な人が危ないってことだろ? 放っていいのか……そういう風にも思えてくる」
俺の言葉にリミナとクラリスは沈黙する。
勇者としての立場がある以上、ここで引き下がるのは――という感情もあった。ただこれは、地位に固執しているからではない。どちらかというと、勇者という立場からの使命感。
――こういう言い方をすると、なんだか勇者という立ち位置に染まってきた気もする。
「……そんな感じで言われると、ね」
クラリスは苦笑した。そして、肩をすくめながら俺に言う。
「確かにレンは勇者だし、話を聞いた以上解決するべきではないか……そう思うのも無理はない。けど、レンにだって旅の目的はあるでしょ? 護衛なんて、何か月に渡る場合だってある。足止めを考慮するなら避けるべきじゃない?」
「そうだけど……」
なおも逡巡する。明確な話をラウニイから聞いていない以上、判断が難しい。ちなみに詳細を語らなかったのは、彼女曰く「守秘義務があるから」ということだ。依頼承諾の前に、内容を語ることはできないらしい。
「クラリス、一ついい?」
俺が沈黙を守っていると、リミナが声を上げた。
「依頼を承諾する場合、どうすればいいの?」
「明日の朝、店に来てほしいって言ってた。昼までは待つと」
「そう……勇者様」
「何?」
「一日ほどしか時間はありませんが、結論は持ち越しでよろしいのでは?」
「明日の朝までに決めておくと?」
「はい」
リミナは頷く。確かにここで延々と推測だけを基にして語っていても仕方ない。
「わかった……明日までには意志を固めておくよ」
「お願いします」
リミナは小さく頭を下げた。
「……さて、と」
昼食後、腹ごなしに散歩する。リミナはまたも図書館へ赴き、クラリスは俺の隣を歩いている。
予定としては、午後からリミナのプレゼント探しを行うはずだった。そのためクラリスは随伴しているのだが――
「なんか、プレゼントという空気でもなくなったな」
「まったくね」
俺の呟きに、クラリスは同調した。
どうにもシリアスな空気となり、プレゼントなどと言っている状況ではなくなった。もしこのままプレゼント渡しを強行したとしたら――リミナから「こんなことをしている暇があったら依頼を請けるか決めてください」とか言われそうだ。
そうでなくとも、感動は半減だろう。
「今日は中止にしよう。また、後日にするよ」
「わかった」
クラリスは承諾。俺は声を聞いて目的もなく歩き出す。そして、後方を彼女がついてくる。
「……ついて来なくてもいいんだぞ?」
俺は首を彼女に向け言った。けれど、
「悩んでいるのなら、相談を受けようかと思って」
そんな言葉が彼女から飛んできた。
「勇者としての立場があるから放っておけない、というのは理解できる。けど、そこに固執するのもどうかと思うのよね」
「……というと?」
「さっきも言った通り、レンにだって目的があるわけでしょ? で、旅をしているということは色々歩き回らないと解決できない。一つ所に留まるような仕事は、できるだけ避けたいはず――」
「正直な、話だけど」
俺はクラリスの言葉を遮った。途端に彼女は声を止め、こちらを見据える。
「目的はあるけど、記憶の無い俺にはどういう意味合いを持つのか全くわからない。それに勇者としての力も存分に発揮できない……俺としては、まず力を取り戻す方を優先だと考えている。もしかすると、俺の目的は勇者としての力を出せないと達成できないことかもしれないから」
「そう言われると、本来の目的優先にしろと強く主張できないわね……」
クラリスは唸りつつ、杖で頭をかきながら話す。
「でも、他に方法はあるはずだよ? 少なくとも魔力の総量はわかった。調べれば、代替手段だって出てくるはずだし……」
「そうだな」
同意した――その時、彼女が依頼を請けることに否定的であるのに気付く。
「クラリス、なんだか依頼を断るべきだと薦めているようだけど……」
「私としては、巻き込んでしまって申し訳ないと思っているの」
俺の言葉に、彼女はすぐさま回答を示した。
「単に制御訓練をやるはずだったのに、それをきっかけにして仕事を請けるか迷っている……なんだか、気を遣わせてしまって心苦しいというか」
「気を遣わせて……か」
「余計な心労を与えてしまった気がして」
クラリスはやや陰を見せつつ笑った。後ろめたい感情を大いに含んだ笑みだ。
「正直言うと、ラウニイさんにはお世話になっているから協力してあげたい……けど、ほとんど関係の無いレンを巻き込むのは――」
「クラリス」
俺はそこで、彼女を呼び止めた。今、とても重要なことを言った。
「本心は、依頼を請けたいのか?」
「え? ま、まあね……けど、それは私個人の――」
「それで、理由としては十分じゃないか」
俺はこざっぱりとした口調で言った。直後、クラリスは首を傾げる。
「どういうこと?」
「リミナの友人であるクラリスがそう願っている……それで、依頼を請けるには十分な理由だってこと」
説明を加えると、彼女は驚いた顔をした。
「レ、レン?」
「諸々の事情があって請ける請けないを迷っていたけど……リミナの親友が願っているとしたら、これはもう勇者問わず請けるべきじゃないか」
「え……」
目をぱちくりとさせるクラリス。そういう回答の仕方は、予想していなかったらしい。
「よし、決定だ。明日の朝、ラウニイさんの店に行くってことで」
「ちょ、ちょっと待って――本当に、いいの?」
「ああ」
彼女の問いに、俺はにべもなく頷いた。
「クラリスが事件解決を願っているなら、是非協力させてくれ」
告げた時――クラリスは、苦笑した。
「はあ……なるほどね」
「どうした?」
「いや……何でレンがリミナを助けたのか、なんとなくわかった気がする」
「え?」
聞き返すと、クラリスは微笑みながら言った。
「記憶を失う前のレンはきっと、自分の周りにいる人を助けたいと思っていたんだよ。その気持ちは、今のレンも変わっていない」
「……そう、なのかな」
「そうよ。きっとね」
言ってクラリスは笑う。それまで見せなかった、鮮やかな笑顔だった。