既知の出場者
ナーゲンと別れ闘技場を出た時、周囲がざわついているのに気付く。見ると、闘技場横に設置された掲示板の周辺に、人がわだかまっていた。
「もしかして、最終参加者が決まったのか?」
明日のはずだったが、予想以上に早まったらしい……そういえば他の出場者の確認をしていなかったと思いつつ、足を向ける。途端、闘士らしき人物が俺を目に留め、口々に話し出す。
この闘技場で訓練したこともあるし、推薦枠ということでそれなりに噂になっているようだ……ま、今更ジタバタしても仕方ないので、俺は彼らを気にせず掲示板へと進む。
「……あれ?」
その時、俺は見覚えのある後姿を見つけた。掲示板の文面よりもそちらに意識を持っていき、近づく。
後姿は短く刈り上げられた黒髪に、大剣を背負っている。もし俺が想像している人物と同じならば、以前とは異なり無骨で色塗りされていない胸当てを身に着けている。新調したらしい。
その姿は類型と言えば類型なのだが……接近すると俺は確信を抱き、声を掛けた。
「……あの」
それに反応した男性。振り返ったところ、濃い顔に濃いひげの――
「レン!?」
勇者の証争奪戦で出会った、フレッドだった。
「久しぶり」
「おお、久しぶりだな……! と、そうか。名前があったのは、お前さんだったのか」
「うん、まあ」
「なんだ、出る気無さそうな感じだったのに、結局出場してんじゃねえか」
「……諸々、事情があって」
詳しく語る気はなかったため、そう言及。するとフレッドは話す気が無い俺に少し不満そうな顔をしたが、
「お前にも色々あるんだな。ま、頑張ろうぜ」
すぐに表情を戻し、俺へと告げた。
「……頑張ろうぜ?」
そこで俺は首を傾げる。
「ああ、俺も出場するからな」
と、彼はさらに言う……って――
「出場!?」
「おい……やっぱり俺を一山いくらの傭兵だと勘違いしてねえか? 心外だぞ」
驚愕の声にどこか恨み節のフレッドは述べる……よくよく考えれば、彼は勇者の証争奪戦で試練最後手前まで来ていた人物だ。確かにそれなりに実力があってもおかしくない。
「言っておくが、俺だってあの後かなり経験を積んだんだからな。こっちも色々あって結構な使い手の指導を受けることもできたし」
「指導……? フレッドが?」
「ああ」
自信満々に答えるフレッド。ふむ、これは油断しない方がよさそうだ。
「ついでに全出場者を見ると、あの争奪戦に参加した奴らもそこそこ出ているようだな」
フレッドは語り……俺は掲示板に目を移す。
最後の予選通過者を含めた、本戦出場者の名前が記載されていた。推薦枠の中に俺やセシルの名前が入っており、予選枠にリミナ達の名前がある。
その中で、別に見覚えのある名前を見つけた――リリンだ。
「リリンも予選通過したんだな」
「みたいだな。さっき合って頑張ろうぜと健闘を称え合った」
「それは何より」
「で、レンの目標は優勝ってところか? けど、相手が悪すぎるよなぁ」
と、フレッドは苦い笑みを作りつつ推薦枠の方に目を向ける。そこにはばっちりとルルーナを始めとした現世代の戦士達の名が刻まれている。
「今回、もしかすると優勝できんじゃねえかという自信を抱きつつここに来たわけだが……まさか、引退した闘士アクアまで参戦するとは」
「……フレッドも、あの人のことは知っているのか?」
「当然だろ。今街ではその話題でもちきりだぜ? なんと言っても、数多くの武勇伝により伝説化した人だからな」
伝説……その辺りのことをあまり聞いていなかったので気になった……機会があれば本人にでも訊こうと思い、話題を変える。
「ところでフレッド……何で出場することにしたんだ?」
「ん? ああ、指導を受けた人からの助言だよ」
「その人は街にいないのか?」
「旅している人みたいだからな……名前はヘクトというんだが、知っているか?」
「聞いたこともない」
首を左右に振る俺……フレッドが闘技大会でどこまで戦えるかを見て、その人を勧誘してみるのも良いのではなかろうか。一応ナーゲンさんにも報告しておくか。
「さて、俺はそろそろ飯でも食いにいくかな」
そこで気を取り直したようにフレッドが言う。時刻的には昼前なので丁度良い。
「じゃ、そういうことだからレン……戦うことになったら、負けねぇからな」
「こっちのセリフだよ」
応じるとフレッドは笑い、立ち去った……意外な人物との再会。俺は小さく嘆息し、再度掲示板を見上げる。
この調子だと、まだ知り合いがいるかもしれない……などと思いつつ名前を確認。その中で――今度は意外な名前を見つけた。
「……ルーティ!?」
フィベウス王国でお世話になった、ドラゴンの騎士の名前――いや、同名などという可能性も考慮したのだが、彼女の上の欄には『フィベウス王国推薦騎士』とバッチリ書かれている。本人と見て間違いないだろう。
「それと、横には見覚えの無い名前があるな……デュランド、か」
呟きつつ名前を記憶。今回の闘技大会は、ドラゴンの騎士すら参戦というわけか。
で、フィベウス王国の推薦者は二名だけ……俺は少し思考する。
「首都で襲撃を受けた時は、どちらかというと俺やセシルの援護に回っていたわけだが――」
もしかすると彼女自身あの事件に関わり、厳しい訓練を重ねたのかもしれない……そう思うと、新たな強敵の出現ということになる。
ラキ達のこともあるので、彼女達の参戦は心強いと言えるのだが……優勝する、という目標を掲げている以上、彼らを倒す必要だって出てくるかもしれない。闘技大会は相当なレベルになることを、改めて覚悟しなければいけなさそうだ。
「この状況下だから、さすがにラキも優勝はキツイだろ……」
しかも初戦の相手はカインと来た。俺としては盤石であると言っても良い気がするが――
「ま、油断はまずいか」
言いながら掲示板から目を離し、俺は闘技場を離れることにした。周囲ではそうそうたる名を見て驚く人達。その中に俺も入っているのだろうかとなんとなく考えつつ、セシルの屋敷へと歩を進めた。
屋敷に戻り食事を行った後、俺は改めて訓練に行こうとした。けれど俺とリミナに来客があり、応対をする必要が出てきた。
その相手は――先ほど、掲示板で見た名前だった。
「――ルーティさん!?」
玄関から出て見えた人物に、リミナが驚いた。
「お久しぶりです」
小さく頭を下げるルーティ――そして後方には見慣れない騎士。
彼女の出で立ちは、胸当てではなく上半身を覆うような鎧。けれど色合いは以前と同様深い緑。金髪を後ろで束ねているのは変わらず。
もう一方は男性。快活な印象を与える顔立ちと短い銀髪。そしてルーティと比べ頭一つ分身長が高い……というか、この人二メートル超えているんじゃないか?
「少し挨拶をと思いまして。私達も、闘技大会に参加することになったので」
「え、そうなんですか?」
リミナが驚き口元に手を当てる。反面、俺の反応が鈍いためかルーティは首を傾げた。
「驚かないんですね」
「掲示板で名前を確認していたので」
「あ、なるほど」
「で、そちらの方がデュランドさん?」
「はい、よろしくお願いします」
太く、それでいて紳士的な声と共に彼が告げた……良い声だと思っていると、彼は俺達にさらに言った。
「フィベウス王国代表として今回、闘技大会に参加させて頂きます……中にはドラゴンの騎士が、というやっかみの声も聞こえてくるのですが、請われた以上仕方ありません」
「ナーゲンさんに?」
俺が問うと、今度はルーティは深く頷く。
「はい……一連の事件のことは伺っています。私達フィベウスの者も深く関係している案件と考え、協力することにいたしました。これまでは以前あった事件の処理で動けずじまいでしたが、今後魔王との戦いでも協力することになるでしょう」
――どうやら闘技大会として強力なライバルができたが、魔王と戦うことに対しては、強力な仲間が増えたということになりそうだった。