勝敗の行方
接近戦――この状況下でアキはどう戦うのか。
先手を打ったのはリミナ。槍は刺突ではなく切り払いを行う。それにアキは短剣により受け流す。槍をリーチの短い剣で捌くというのは少しヒヤッとさせるのだが……彼女は難なくこなしている。
もしかして、短剣が本来の武器……? 推測した時、アキは右手に握る短剣を放った。リミナは体を傾けて避けると、その間にアキは後退。再度鞭を生み出す。
同時に鞭を放つ――上からの振り下ろしがリミナに迫る。
「――盾よ!」
直後、リミナの口からそうした言葉が聞こえ、結界が生じた。鞭はそれに衝突し……破壊にまでは至らない。
リミナは即座に結界を消すと、一気に接近。アキは左手の短剣をかざしながら再度後退する。
両者共、様子見といったところだろうか……リミナとしては火力のある魔法を使うというのも一つの手だが、アキの出方を窺うような様相であり、仕掛けない。
おそらくアキの手の内がわからないため、攻めあぐねているのだろう……よくよく考えれば、俺達がアキの能力でわかっているのは鞭と、多少の魔法だけ。魔法だって全容を把握しているわけではなく、能力的には未知数の部分が大半を占める。
なら、ここでリミナに勝つために新たな力を出すのか、それとも――
両者が大きく後退し、にらみ合いの状況となる。位置としてはリミナが闘技場ど真ん中。対するアキは直線状。槍を活かしてリミナが攻め込めば、いずれ壁際に追いやられる。
ただ、その程度のことはアキも認識しているはず……ここからどうする?
「まだ手の内は隠しているという雰囲気だね」
対峙する中、エクサが声を上げた。
「二人とも相当余裕がある状態で、この舞台に立っている……予選はもう、突破したも同然と言えるかもしれない」
「……根拠があるのか?」
「審査をしている闘士の眼を舐めちゃいけないよ。二人が結構な実力を所持しているという事実は、闘技場内側の魔力を把握できる闘士にはきちんと理解できているはず」
となると、これ以上戦う意味は無いか……? とはいえ彼の言っていることが本当かどうかわからないし……判断は難しいな。
「鞭使いの人は、ちょっとばかり厄介だね」
そこで、エクサはさらに続ける。
「身に着けている魔法の道具を使って戦うスタイルみたいだけど……初見だと、どんな攻撃が来るかわからないから、攻めるのが難しいんだよ――」
彼が解説する間に、リミナが一歩だけ前に進む。やろうと思えば一気に間合いを詰めることだって可能なはずだが、それはしない。やはりアキの能力に警戒している。
ただ、個人的な見解としては……アキが奥の手を隠しているとはいえ、基本的な身体能力はリミナの方が上だろう。となれば、力押しが通用するのではないかと思うのだが――
リミナは槍を構えた状態で動きを止める。観客達は膠着状態と理解したのか、ヤジを飛ばすようなこともなく、声も次第に止み始めた。
やがて生じたのは静寂。張りつめた空気が周囲に満ち、リミナとアキの間に流れる空気が結界を通し、こちらへと伝わってくるかのよう。
その間に考える……仕掛けるとすれば、リミナの方だろう。接近するのか魔法で攻撃するのかはわからないが……もしアキが先手を打ったならば、どのような攻撃をするのか――
色々と頭で悩む間に、
「――っ」
声が聞こえた。静寂であったために耳に入ったそれはリミナのもの――直後、槍の刃先から光が生まれ、数条の剣となりアキへと襲い掛かる。
無詠唱魔法……! アキは即座に身を捻り回避に転じる。しかし全てを避けることはできず、間近に迫った光の一つを左手の短剣で弾いた。
防御に転じたため、リミナにとっては好機――すかさず彼女は槍を振った。直後、刃先からまたも旋風――いや、違う!
「っ……!」
明確なアキの呻きが聞こえた。周囲から声が漏れ、風がアキへと襲い掛かる。
「――防げ!」
刹那、アキは短剣を消すと左手をかざした。それにより瞬間的に結界が構築され、風が衝突。鈍い激突音が響く。
風の刃だ……そう断じると同時に、リミナがなおも攻勢を仕掛ける姿を捉える。アキはすぐさま結界を解除し迎え撃とうとしたが、
リミナが間合いを詰める方が早かった。途端アキの目が開き、
「くっ!」
声と共に再度左手に短剣を出現。それで攻撃を弾きはしたが……体が、浮いた。
決まる――直感したと同時に、またも槍の先から風。リミナの力と魔法によってアキの体が地面から離れ制御が効かなくなり、
彼女は、背後にあった壁に背中を打ち付けた。
「っ!」
短い声。けれど衝撃は少なかったらしく、彼女はすぐに体勢を整えようとした。しかし、
「私の……勝ちですね」
リミナが彼女の首筋に槍を突きつけた。
次の瞬間、女性のアナウンスがリミナ勝利を告げる。同時に歓声が再度生まれ、女性二人の攻防を称える声が闘技場内に満ちた――
「いやー、すごかったね」
八戦目が終わり、嬉々とした表情を浮かべるエクサ。
「しかも、二人にはまだまだ余力がある……本戦に際し、手の内を見せないようにするためなのかな?」
手の内――少なくともアキはそうだったかもしれない。鞭は短剣などを使ってみたはいいが、魔法の道具の力全てを引きだしたという雰囲気には見えなかった。
おそらく、ラキ達に対抗するために手の内を明かさないようにしているのでは……そういう観点で見れば、リミナと本気でぶつかりあう必要はないな。
ただ、あまりに手加減しすぎると本戦出場もままならない……そこで考えたのが、あの六人撃破だったのかもしれない。
エクサの言葉を参考にすれば、審査する闘士の魔力察知能力も高いはず。そうした人物達にアキ達の力量を把握してもらえれば、今回の結果と相まって本戦出場を果たす可能性は高い、と言えそうだ。
「さて、そろそろ俺は引き上げるかな」
二戦を残し、エクサが突如立ち上がる。
「え、残りの試合は見ないのか?」
「そろそろ昼時だしね。俺は人より早めに行って食べるのが癖なんだよ」
語りつつ、彼は小さく手を振る。
「それに、あの二人以上の戦士は現れないだろうしね……それじゃあ」
と、彼は言い残して立ち去った。
対する俺は視線を戻し、残り試合を眺めることにする。そして始まった九戦目は、一人の戦士が激戦の末勝ち残った。とはいえアキやリミナの攻防と比べれば見劣りするのか、歓声もやや少ない。
そして残る午前最後の十戦目も同じだった。これにより午前が終了。観客達が昼を食べに行くためか会場を離れて行く。
「俺は……どうするかな」
呟きつつ、とりあえず立ち上がった。そういえばリミナ達はどうするのだろうか。これで予選は終わった事だし、セシルの屋敷にでも戻るのか。
「とりあえず、二人を待った方がよさそうだな」
たぶん昼はセシルの屋敷だろう……思いつつ、闘技場の入口へと歩を進めた。
程なくして辿り着いた入口は、観戦者などで一杯だった。さすが一大イベントだけあって、普段とは比べ物にならない人数がいる。
ここにいると人疲れしそうだ……思いつつリミナ達を待つことおよそ十分程。入口にやって来た。
「勇者様」
「お疲れリミナ……それと、アキも」
「ええ」
頷き微笑んだアキは、残念そうにため息を漏らした。
「本当は、勝つつもりだったんだけどね……ま、手の内見せないようにした中では、健闘したわよ」
「ラキ達との戦いに備えて、か?」
「そんなところ……で、お昼はどうするの?」
「特に考えが無ければ、屋敷に戻らないか?」
「そうね。他の面々も帰っている可能性が高そうだし」
というわけで、俺達はセシルの屋敷へ戻ることとなった。