彼の登場
「これまでの闘技大会と違うと思ったのは、騎士や認可勇者がベルファトラスで訓練を受けていたことだ」
第二試合が始まろうとする中で、自称情報屋のエクサは口を開いた。
「話によると、今回の統一闘技大会で各国が気合を入れだした、ということを言われていたし、多くの闘士もそう認知している……が、俺は首を傾げた。闘技大会で優勝者を出せば確かに国としても箔がつくかもしれない。けど、平和な世の中で武力を誇示した所で、あまり意味は無いんじゃないかと思ってさ」
「……優勝を目指すことで、国として得られるものが多いんじゃないのか?」
そんな風に闘士達に説明していると、俺は以前聞かされていたので言及してみる。すると、彼は肩をすくめる。
「その言葉も一理あるけど……引退した闘士アクアが出場するって噂を耳にした時、俺は一つ考えた。もしかしてこの一連の出来事は、一つに繋がっているのではないか、と」
……論理飛躍している気もするのだが、それで合っているのが怖い。
「で、色々と個人的に調べてみた……けど、詳しい情報はガードも固く調べることはできなかったよ。けどまあ、状況証拠で何かしら騒動が起こるのでは、というのが俺の見解だ」
……聞いてみると、あくまで推測しただけか。
「そして、だ。君達のことを聞いてさらに確信した」
「……何?」
「勇者レン、君のことだよ。闘士セシルが共に行動している……勇者を一目みたら迷わず剣を突きつける彼が、何もせず普通に交流しているなんておかしい」
そう断言されてしまうセシル……性格は知れ渡っていたということか。
「だから、例えば王様辺りが指示を出して、大会中に起こる騒動に対し協力せよ、と厳命されたんじゃないかと思うんだよ。そうでなければ、セシルが君と共に行動するなんておかしい」
――よくよく考えると、彼の言うように推測している人物も少なからずいそうだ。むしろ、そうした人達がセシルや俺に詰問してきてもおかしくなかった。今まで現れなかったのは、運が良かったと言えるかもしれない。
とはいえ下手に首を突っ込まれるとあれだし、俺は否定の言葉を述べておく。
「俺はセシルと、とある出来事で知り合い、その経緯で共に行動しているだけだよ」
「ふうん……けど、それじゃあ屋敷に住んでいるのはどうなんだい? しかも、セシルは騎士だって住まわしているらしいじゃないか」
――実を言うと、その辺りの経緯について言及してきた闘士はいた。それに対するセシルの答えは、こうだ。
「セシルによると、押し寄せてきた騎士達があぶれたため、上の人の指示で半ば強制的に、という話らしい」
「……本当に?」
「ああ。俺もこれ以上は知らないよ」
そう言ってはみたが、彼は疑わしげな表情を浮かべる。
ふむ、これは釘を刺しておかないとまずそうだな。
「一応言っておくけど、あんまり深追いしない方がいいんじゃないか?」
「……というと?」
「騒動云々というのは初めて聞いたけど……もし現世代の戦士が関わっているのなら、それこそ大事件かもしれない」
「だろうねぇ」
「そんなことに首を突っ込んだら……命がいくつあっても足りないんじゃないか?」
その言葉に、エクサは苦笑した。
「見方を変えればそうかもね……けど、気になるんだよなあ」
「早死にするタイプだな」
「よしてくれよ……ま、長生きしないのはわかるけどさ」
軽口を叩いたところで、解説の女性の声が。見ると、既に第二試合が終わったところだった。
闘技場の中央に剣士が一人立っており、周囲にはやられたと思しき面々が倒れている。
「ここまでは順当だね」
横にいるエクサが言う。その言葉に俺は首を傾げた。
「順当?」
「勝ったのは見覚えのある闘士だ……さっき勝ち残った人もそうだけど、仲間内で評判のいい奴がここまで勝ち残っているね」
両方とも闘士なのか……考える間に気絶した面々が収容されていく――このまま何人も倒れてしまうと、その内闘技場内の救護室が一杯になりそうな気もするが……ま、運営のやり方はノウハウだってあるだろうし、無用な心配か。
少しして闘技場内から人が姿を消し――やがて、第三試合のアナウンスが流れる。
「次だね」
エクサが告げたと同時に、第三試合の面々が登場する。その中で、俺は見覚えのある人物を見つけた。
ラキだ――いよいよ登場した。
「お、気になる人でもいる?」
目ざとくエクサが言う。俺は一瞬迷ったが……ラキについて一般的に情報があるのかどうかが気になったので、口を開いた。
「えっと、ほら……あの――」
指で示し特徴を言おうとして……擬態魔法のことを思い出す。おそらくエクサには別人に見えているだろう。俺の目に見える特徴を言っても、伝わらない可能性が高い。
「ん? どれ?」
「あの人だけど……」
「ああ、金髪でなんだかキザっぽい優男?」
ひどい言われようだが、彼の視線の先は間違いなくラキを射抜いていた。とりあえず金髪に擬態しているのだと頭に刻みつつ、俺は小さく頷いた。
「ああ、そうだ……知り合いなんだ」
「そうなんだ。えっと、彼の名前は……」
と、エクサは頭をかきつつ眉間に皺を寄せ、思い出そうとする。
「ライ、だったかな? 俺の知り合いが会話しているところを聞いた限りでは」
名前も偽名らしい……ま、怪しまれないようにするには当然の処置か。
「情報は基本的にないね。無名もいいところだし、正直勇者レンと知り合いなのが驚きなくらいだ」
「そうか」
――よくよく考えれば、偽名である以上実績などあるはずもないか……思いつつ、視線を戻す。
闘技場内では再度十人が集まり、戦いが始まろうとしていた。歓声は程々に収まり、次の試合を注視するべく視線が集まる。
そうした中で、俺はメモをとっている人が目に付いた。先ほどと変わらず黙々と書き進める人物……一体何をしているのか気になったところで、破裂音が響き三戦目がスタートした。
すぐさまラキに注目。残りの九人が一斉に走り始めているにも関わらず、彼だけは悠然と歩く。
そして武器を打ち合う音。中には刀身が発光している者――魔法を使っている者もいて、一瞬そちらに目を奪われそうになるが――
「おらっ!」
ラキに目ざとく気付いた一人が、獲物である斧を振り下ろす。それにラキはチラリと相手を一瞥した後、動いた。
ヒュン――そういう風切音が、間違いなく彼の耳には響いただろう。俺の目には軽く素振りするような動作。けれどその一撃により、男性が持っていた斧の刃が、根元から吹き飛
んだ。
男性は驚き、慌てて後退――しようとした次の瞬間、ラキは一歩だけ相手に近づき一閃。それは紛れもなく相手に入り……倒れた。出血などはしていない。手加減をしている。
そこからラキは、無人の野でも歩くかのようにゆっくりとした足取りで交戦する面々へと近づく。それに気付いた戦士の一人が、獣じみた声と共に大上段からの振り下ろしを放った。
対するラキの反応は、やはり涼しげ。豪快に放たれたその斬撃に、やはり軽い素振りのような剣戟を放ち応じる。
「おっ――!」
それにエクサが驚く。同時に、ラキの剣が見事に戦士の剣を両断した。
呻く戦士。そこへラキが接近し容赦なく一撃を決める。これで二人目が沈む。
途端に、残りの六人が動きを止めた。次いでラキに視線を集め、誰もが警戒を始める。
「……その剣、相当強力みたいだな」
やがてその内の一人が告げる……どうやらラキの強さが剣によるものだと思ったらしい。真実は違うのだが……ラキは肩をすくめ笑った。
そうした光景を、俺は無意識の内に拳を握り締めながら眺める……そして俺は確信する。間違いなく、次の攻防で勝負は決する、と。