見知らぬ人物
いつも利用している闘技場は、ベルファトラスの中で最も大きい。けれど訓練場に入ったことはあれど闘技場内に足を踏み入れたことはないなと思いつつ、俺は観客席に腰を下ろした。
リミナ達と共に訪れた会場は、ベルファトラス中心部から見て北東に位置する場所。いつも利用する闘技場から程近い場所であり、既に多くの観客でにぎわっていた。
「こうした中で、俺も戦うんだよな……」
呟きつつ、雰囲気に慣れるよう努める。その間に予選開始のアナウンスが聞こえ、円形の闘技場の中にローブを着た女性の姿が現れた。
『――これより、統一闘技大会予選を開始させて頂きます』
彼女の口から、響いた声が聞こえてくる。魔法を使い声を拡散しているようだ。
続いて予選の形式などが伝えられる。バトルロイヤル方式で、なおかつ十人単位の混戦……闘技場は広さもそれなりで、十人くらいなら余裕で戦える面積を有してはいるのだが……密集していることに変わりはないし、不意の一撃なんかが怖いな。
考えていると、俺は別のことに気付く。観客席と闘技場内……それを隔てる境界線から、魔力が感じられる。結界な何かみたいだ。
「なるほど、ああいうのがあるから安心して観戦できるわけだ」
魔法なんかも飛び出すだろうから、前の席は危ないだろうしな……その時説明が終わり、女性が引っ込むといよいよ戦士達が登場する。
闘技場への入口は東西南北の四つ。その中で入口から二人ずつ入場。その後に残りの二人が、俺から見て左右に一人ずつ現れる。
戦士達は全員男性で、見た目や体格全てがバラバラ……そうした面々が円を描くようにして立ち、武器を構え始めた。
戦いの開始はどのような形なのか……考える間に、戦士達の気配が硬質なものへと変わる。結界越しにも関わらず、獲物を食いちぎろうとするような高圧的な空気が俺にも伝わり、
直後、陸上なんかに使われるようなピストル音に近い破裂音がどこからともなく聞こえ――直後、戦士達が一斉に咆哮を上げ、戦いが始まった。
同時に聞こえるは、周囲からの歓声。予選にも関わらず人々は興奮し、変化を予想できなかった俺は、なんだか取り残された思いとなる……ある意味、本戦が始まる前にこうした空気を感じ取ることができて幸いだったかもしれない。
戦士達は、一斉に武器を衝突させた。体格の良い者は相手を押し切るように攻め立て、逆に力で不利な人物は攻撃を受け流し、反撃の糸口を探ろうとする。
けれど目の前の相手ばかりに気を取られてはいけない……俺の視線は、十人の中で最も体格の大きい人物に向けられた。獲物は槍で、それを豪快に振り回し周囲にいる面々をまとめてなぎ倒そうとする。
「――炎よ!」
その相手に、横にいた人物が左手をかざし魔法を発動。途端、槍を持つ男性は回避に転じると同時に、放たれた魔法――火球を、槍で防いだ。
そして生じたのは爆音と煙。闘技場内で炸裂したそれにより、十人の姿が消える。
視界確保のために後退か、それとも――俺ならどうするか悩んでいると、煙から飛び出す影が一つ。
注目すると、それは魔法を放った人物。彼は攻撃によって吹き飛ばされたのか、闘技場の端で地面に衝突し、動かなくなった。
同時に、周囲から歓声が沸き起こる。それを耳にしながら俺は、闘技場内がどうなっているのか注視しようとして――
その時、興奮する観客の中で、座り込んで淡々と観戦する面々を発見した。俺と同じような態度にも見えるが……メモさえ取る人がいて、他の人達とは違う目的があるのだと悟る。
「むん!」
その時、闘技場内から声。視線を戻すと、槍を持った先ほどの大男が超然と立つ姿。
「邪魔だ!」
言って、周囲になおも存在する粉塵に対し槍を大きく振った。直後、槍の刃先から突如風が生まれ――粉塵が、見事に消し飛んだ。
闘技場内が鮮明に見える……粉塵内の攻防により、既に三人が倒れていた。
そして大男は不敵な笑みを浮かべる。その様相に、残った面々は彼に対し武器を構えた。
「……どうやら、彼の勝ちで決まりそうだ」
ふいに、俺の右横から声が。一瞬だけ目を向けると、そこにはズボンのポケットに手を突っ込んだ、茶髪の男性が一人。日焼けしていて真っ黒な肌が、健康的なイメージを与える。
「隣、いいかい?」
俺に尋ねてくる……観客席は人が多いとはいえ満席ではない。実際席の無い一角もあるのだが、なぜ隣に――
「ちょっと君と話がしたくてね……勇者レン、でいいよね?」
さらに俺の名を言及。どこかで会ったことがあるのか? 俺は覚えがまったくないのだが。
眉をひそめた時、一際大きな歓声。見ると、大男が槍を使い三人同時に吹き飛ばしている光景があった。
「おっと、見た目通りのパワーファイターのようだ」
男性はこちらの答えも聞かず横に座り込むと、俺に言い聞かせるように告げた。
そこで大男は、残る二人に対し迫ろうとする。
「言っておくけど、君の名前を知っているのはそう難しい話じゃない。闘士セシルと共に行動する姿を見て、軽く聞き込みをしただけだよ」
その間に俺へと解説する……大男はとどめと言わんばかりに槍を振り、残る二人は避けることができず弾き飛ばされ――戦いが終わった。
次いで再度歓声。最後に残った男性は槍を掲げその声に応じつつ、エコーがかった解説の女性が勝利宣言を行った後、闘技場を去った。
「さて、怪我人収容までしばらく間があく……話をするかい?」
男性が歯を見せながら笑い、俺に話を振った。
「何の用だ?」
とりあえず、質問。滲み出る気配の感触は、傭兵か何かだが――
「一応、闘技大会の参加者だよ」
「……予選は戦わないのか?」
「最初は人数が多いから、初日と二日目で分かれるんだよ。俺は二日目」
にこやかに語る彼……その笑みがなんだか胡散臭く思える。これはわざとなのか、元々なのか――
「で、勇者レンが直々にこの会場にやって来るってことは、誰かマークしている人でもいるの?」
「……別に」
俺は闘技場内へと視線を戻す。倒れている人達の収容は、それなりに時間が掛かっている模様。
「今回、どうやらこの大会で騒動が起こるかもしれないんだよね。君も、警戒しておいた方がいいよ」
――横からそうした言葉を聞いて、俺は思わず彼に首を向ける。
「……騒動?」
シュウ達のことを言っているのか? だとすれば、なぜ事情を知っているのか――
「今回現世代の戦士達が多数出場する予定らしい……引退した闘士、アクアすら出場する予定だそうだから、何か一騒動あってもおかしくない」
……そうした情報を手に入れて、推測したということか? 俺としてはここまで相手が話す以上、どの程度事情を把握しているのかを聞く必要があるのではと思い、口を開いた。
「詳しく、聞かせてもらってもいいか?」
場合によっては、ナーゲン達に報告しておいた方が良いかもしれない……そう心に抱いていると、彼は頷いた。
「いいよ……あ、自己紹介がまだだったね」
と、彼は自身の胸に手を当てる。
「俺の名はエクサ。ベルファトラスの闘士で……一応、去年の闘技大会でそれなりに実績を残している」
とすれば、セシルが知っているかもしれないな……思いつつ、彼の言葉に耳を傾ける。
「そして、多くの人はこう呼ぶ……情報屋とね」
情報屋――俺は反応することなく無言。対する相手は、ただ笑みを浮かべ続けた。