彼女の決断
翌日、予選の日は静かに訪れた。
いつものように朝食を済ませ、準備を整える。そして大会参加者が同じタイミングで屋敷を出て、一路闘技場へ。
「さて、楽しみだね」
先頭を歩くセシルが呟く。
「僕自身、まだ統一闘技大会の経験はない……観戦したことはあるけどさ」
「この中で観戦したことのない人っているの?」
ここでフィクハが質問。俺は当然ながら手を上げ、なおかつリミナも手を上げた。
「私は、こうしたことに興味がありませんでしたから……」
「あ、そうなんだ」
「私は国から招待させられたな……認可勇者に成りたての頃だ」
グレンの言葉。続いてノディも言及。
「私は前騎士団長に連れられて、前回の大会でジオさんの応援に行ったなぁ」
「ちなみにジオさんの結果は?」
尋ねると、彼女は渋い顔をした。
「準々決勝でマクロイドとあたってさぁ」
「負けたと」
「逆のブロックだったら、絶対決勝まではいっていたと思う」
「どうだろうねぇ」
「何よ、セシル。やるの?」
「はいはい、喧嘩はしない」
フィクハが手をパンパンと叩き二人をなだめる。
「で、これから始まるわけだけど、昨日言われたことを全員守るように」
「わかっています」
フィクハの言葉にリミナが律儀に答える……ラキ達のことを警戒しないといけないのは、どうにも大変な気がするが……そこばかり気にしていても仕方ない。本戦が始まったら、大会に集中するのがベストだろうな。
そこからはとりとめもない雑談を行い、闘技場に到着。入口前には大きな掲示板が置かれ、その前に参加者と思しき人が結構いた。
「結構早く来たんだけど、多いなぁ」
セシルは呑気に呟きつつ、リミナ達に言う。
「ほら、どこの闘技場か確認してきなよ。で、場所を把握した後、監視する面々と合流し会場に向かう」
「わかりました」
「オッケー」
「いいだろう」
リミナ達は相次いで答えると、同時に掲示板へと歩き出す。それを残りの三人は見送りつつ……ふと、ノディが口を開いた。
「セシル、三人は予選を突破できると思う?」
「宝玉奪還の時魔族を倒しているみたいだし、勝機は十二分にあると思うよ。むしろグレンなんかは新世代の戦士の中ではそれなりに有名だし、本戦でもかなりのところまでいくかもしれない……現世代の戦士とぶつからなければ」
「それは俺達にも言えるよな」
なんとなくコメントすると、セシルは「まさしく」と答えた。
「レンだってわかっていると思うけど、今回は現世代の中でも特級の力を持った……アクアなんかが出場する。つまり、僕らは現世代の彼らと渡り合える力を持っていない限り、勝ち残ることはできない」
「セシルは倒す自身、ないのか?」
「どうだろうね」
肩をすくめる彼。表情に不安などは一切見られないが、皆目見当がつかないといった雰囲気。
「単純な力比べなら不利だろうけど……闘技の場は水物だからね。番狂わせなんて闘技場に入り浸っていれば星の数ほど見ることができるし、僕らが勝つという状況は、あり得ると思う」
「水物、か……」
「独特の空気感だからね。それに飲まれないようにしないといけないな」
それは盲点だった……確かによくよく考えれば、本戦はトーナメント戦であり、満員となった会場の中で戦うことになる。その点は俺が今まで経験したこともないような状況……心構えは、しておくべきだな。
「僕らはアクアやルルーナと比べ、本質的な技量はまだ下だろう……けど、会場の空気を味方につければ、十分勝てる」
「ま、こうしてシュウ達に対抗するメンバーとして集められている以上、頑張らないといけないね」
これはノディの言葉。それは俺も心から同意し、口を開いた。
「そうだな……これからシュウさんと戦っていくためには、乗り越えなければならない試練かもしれない」
その言葉に、セシルは口の端を歪め笑う。
「現世代の鼻を明かしてやろうよ……加えて、ブックメーカーの奴らの顔を真っ青にさせてやろう」
「お前は……」
苦笑する俺に対し、セシルは口を尖らせた。
「だってさ、本戦出場確定組で、マクロイドの方が倍率高いなんてあり得ないだろ?」
「……どこまでも敵愾心を燃やすんだな、マクロイドさんに対しては――」
「お、本戦出場の三人」
と、そこで女性の声。聞き慣れたもの。
「あれ、アキ?」
俺達の目の前に、いつのまにかアキが立っていた。ブラウンの法衣姿でいつもの服装だったのだが……まとっている雰囲気が、少しばかり好戦的。
「昨日ロサナさんが言っていたように、これから監視?」
「ああ、そうだよ。今は会場がどこなのか、リミナ達が確認しに行っているところだけど……」
俺が代表して答えた時、アキは俺に笑みを向けた。
「よろしく」
「……へ?」
「私、リミナと同じ闘技場だから」
その言葉で――俺は目を丸くした。
「出場するのか!?」
「お、見事に驚いてくれた」
悪戯が成功した子供のように笑うアキ。それに俺は大いに驚き、続いてセシル達の表情を確認。
彼らも同じような顔つきだった。やはり知らなかったらしい。
「いやあ、ロサナさんに黙っておいてくれと言った甲斐があった」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。アキも出るのか?」
「ええ。出るからには優勝目指すよ」
はっきりと宣言。その態度に俺は再度驚き――
次の瞬間、アキは突如笑いを収めた。
「いつまでも、立ち止まってはいられないからね」
……そうか、彼女もまた、闘技大会をきっかけとして、戦うことを選んだのか。
「全力で戦えるかはわからないし、そんな力量で優勝できる程甘いとは思っていないけど……一番の理由は、レン君達の助けになればと思って」
茶化すことなく本心を語るアキに、俺は小さく頭を下げた。
「その、ありがとう」
「お礼を言われることなんてしてないよ。むしろ、私は謝らないといけないくらい……これまで、ずっと迷惑を掛けてきたから」
「事務方とはいえ、色々ロサナも評価していた気がするけど」
セシルが横槍を入れる。アキはそれに「どうも」と答えながら、表情は変わらず。
「でも、個人的な事情で戦わないのは、どう考えても皆にとって不利益……だから私も大会に参加し、改めて戦う意志を示そうと思ったの――」
「ゆ、勇者様!」
彼女が話す間に、リミナが早足で俺達に近寄って来た。
「お、同じ闘技場にアキさんの名前が……! って、アキさん!?」
「リミナさん、よろしくね」
笑みを浮かべ応じるアキ。それにリミナは少しばかり硬直し……やがて、小さく頷いた。
「よ、よろしくお願いします」
気圧された感じだな……彼女の胸中は、新たなライバルが現れて困惑していることだろう。
「……そういえばセシル。一つの会場で何人が本戦出場、みたいな定義はあるのか?」
「明確なものはないと思うよ。僕が参加した去年の大会では、予選が行われた会場ごとにムラがあったし」
なら、本来の力を出せればリミナとアキ、双方本戦出場できるだろうな……そんな風に思っていると、グレンやフィクハも戻ってきた。
彼らもまたアキがいることに眉をひそめ、出場することを伝えると驚く。けれど彼女の瞳の奥に存在する決意を見て取ったか、それ以上何も言わなかった。
「よし、それじゃあ会場に向かうとしよう」
セシルが号令を発し、俺達は目的地へ向かう。
「三人が、本戦出場できることを祈っているよ」
彼は最後にそう言い残し、フィクハと共に歩いて行く。グレン達もまた移動を開始し、最後に俺とリミナ、そしてアキが揃ってこの場を離れた。
そして俺達は予選会場に辿り着く……現世代の戦士や、魔の力に魅入られた英雄の思惑が錯綜する中で、静かに闘技大会の幕が上がる――