魔法道具とその主人
その店は、訓練施設から大通りを挟んで反対側――さらに脇道に入り、かなり進んだところにあった。
「なんというか……想像通りだな」
「何か言った?」
「いや、何も」
クラリスの問いに俺は誤魔化すように返した。
目の前にあるのは、植物のツタが壁一面に茂る一軒の店。以前リミナと訪れた雑貨店と同じような形状をしているのだが、植物に加え外壁が灰色系統であるため、怪しい雰囲気に見えなくもない。
「さて、入るわよ」
クラリスは俺に声を掛けつつ、先陣を切り店に入った。追随して中に入ると、薄暗い室内が姿を現す。
「……典型的だな」
「何か言った?」
またもクラリスの質問。俺は黙ったまま首を左右に振り、じっと前を見据え――
「いらっしゃい」
けだるそうな女性の声が聞こえた。そこには黒いローブに身を包んだ金髪女性が、カウンターの椅子に座って待っていた。
見た目、二十代半ばくらいだろうか。大人びた雰囲気を持ち、なおかつ左手にはタバコの煙が上がるパイプが握られていた。
「ああ、クラリスさん。今日は何用?」
どこか眠たそうな瞳で、女性はクラリスへ問い掛ける。
「どうも、ラウニイさん。相変わらずのご様子で」
対する彼女はまず挨拶を済ませる。俺も合わせるように会釈をすると、女性――ラウニイの目がこちらを射抜く。
「そっちは――」
言い掛けて、彼女はなぜか口の端を歪め、クラリスに顔を向ける。
「彼氏?」
「違います」
即答。やや突き放した物言いだったので、ラウニイは「ごめんごめん」と謝り、
「で、今日はこの美男子が用なのね?」
そう告げた。まさかの、美男子ときた。俺はやりにくさを感じつつも「はい」とだけ答える。
「事情は私から説明します」
クラリスはラウニイへそう切り出し、話し始める。喋ったのは、記憶喪失と制御訓練のこと。
時間にして、たぶん三分程度。内容を聞いたラウニイは、一度パイプに口をつけ、顔を横に向けながら煙を吐き出す。
「なるほどね。魔力制御か。記憶喪失で知識がないとなると、そういうやり方が効率良いでしょうね」
「そうした道具、ありますか?」
「あるけど……魔力の多寡を確認しないと、危ないわね」
言うと、ラウニイはこちらに背中を向け、何やらごそごそやりだす。
「はい」
振り返った時、何かを放り投げた。それを受け取り確認すると、魔石だった。
「あれ……?」
けれど、以前見たものと少し違う。魔石の中に、魔方陣らしき紋様が浮かび上がっている。
「それ、魔力の多寡を計る検査道具。試しに、魔力を込めてみて」
「は、はい」
言われるがまま、俺は右手に握って魔力を込める。やり方はきっと剣に力を込めるのと同じ要領のはず――果たして、魔石が突如輝き始める。
「お、っと……!?」
ちょっと驚きつつ、魔石を眺める。手の中にあるそれは白銀に発光し、薄暗い室内で強烈な存在感を放ち――
「ストップ」
ラウニイからの声。反射的に魔力を閉じ、魔石の光が消える。
「……うーん、白銀か……」
「何かあるんですか?」
俺はカウンターへ魔石を返しながら尋ねる。そこで、
「……これは、難しいわね」
なんだか困った表情。え、どういうことだ?
「何かわかったんですか?」
クラリスもまた理解できないため様子で問い質す。すると、ラウニイは頭をかきながら答えを示した。
「色によって、体に眠る魔力量を推定するんだけど……白銀って、序列で言えば上から三番目よ? 私、長いこと商売やっているけど、初めて見たわ」
「……へ?」
俺は聞き返した。なんだかすごい風に聞こえるけど――
「この道具は、十段階で魔力の総量を判定するの。で、宮廷に仕える魔法使いでもよくて上から五番目くらいの魔力量なのだけど……君の場合は、そうした人達を超えているわけ」
「は、はあ……」
相槌を打つ。すごいということだけは伝わった。
「白銀の持ち主ねえ……少しばかりあなたに興味を持ったんだけど、ちょっと訊いてもいい?」
ラウニイは突然そう要求してきた。俺は彼女の態度に戸惑いつつも、
「さっきクラリスが言いましたけど、記憶喪失なのでほとんどわかりませんよ?」
「答えられる範囲でいいわ。質問は一つだけ。あなたは記憶を失う前、どんな風に過ごしていたか、誰かに聞いている?」
「……悪魔とか、魔族とかを倒しながら旅をしていたみたいですが」
「なるほど。悪魔や魔族……となると、後天的な力なのかもね」
「後天的?」
オウム返しに問う。答えはクラリスからやって来た。
「体を鍛えて強くなれるように、魔力も訓練を重ねれば抱えられる総量が増えるのよ。ラウニイさんが知りたかったのは、持っている魔力が生まれついたものなのか、それとも修行の果てに辿り着いたものなのかということ」
「正解」
ラウニイはクラリスへパイプをかざしながら言う。
「話を聞く限りは、後天的のようね。悪魔や魔族を倒し続けた結果、常人を越える魔力を手にした……うん、これで間違いないでしょ」
「そう、ですか……」
勇者レンは、相当な努力家だったらしい。俺には一切自覚が無いので、どうにもピンと来ないが。
そんな感想抱く間に、ラウニイはなおも語る。
「うむ。そういう努力に免じて魔法道具を売ってあげたい……けど、正直白銀の魔力制御に耐えうる道具は……」
「耐えうる道具、というのは?」
クラリスが尋ねると、ラウニイは苦笑しながら言った。
「体に秘める魔力を道具で抑え込むわけだから、流入する魔力量に耐えうる必要がある。そうじゃないとすぐオーバーフローを起こして壊れるからね。で、私の手持ちはさっきの検査で言えば、上から五番目までの奴までが一般的。それより上は、一つしかない」
そう言うと、彼女はおもむろに立ち上がった。店の奥に引っ込み、何やら物音が聞こえ出す。
俺達は無言で待つ――やがて五分程度経過した後、ラウニイが戻ってきた。
「これね」
そう言って見せたのは、やや古びた鎖状のブレスレットだった。鎖部分は金細工で、ブレスレット中央には赤色の宝石が一つ埋め込まれている。
「それが……耐えうる道具?」
俺が尋ねると、ラウニイは深く頷いた。
「古代の魔法使いが所持していた制御道具で、結構な骨董品」
「それって、高いんですか?」
「というか、非売品」
きっぱりと告げられる。ああ、先ほど難しいと言っていたのはこのためか。
「これは結構強力で、なおかつ珍しい物なのよね。別に未練はないから売ってもいいけど……」
「ラウニイさん、値段は?」
クラリスが手を挙げて尋ねる。そこでラウニイは、
「……金貨三十枚も、払えるの?」
問われて、クラリスが硬直した。
金貨三十枚――枚数から高額そうに感じられないが、クラリスの態度から結構な高値なのだと推測できる。
「ちなみに、どのくらいの額?」
俺が興味本位でクラリスに尋ねる。対する彼女は、
「……人ひとりが一年働かずに暮らせる額」
そう答えた。な、なるほど……それはかなりだ。
「そうなると、あきらめるしかないのか?」
「……普通は、そういう話になるわね」
俺の呟きに、ラウニイは含みを持たせた言い回しで告げた。
「そうね……これ、譲ってあげてもいいわよ。もちろん、相応の対価が必要となるけど」
「額から考えると、目茶苦茶大変そうですね……」
「そんな無茶はさせないから、心配ないわよ」
明るく言うラウニイ。うん、店の雰囲気と相まって、ひどく怪しい。
「どうする、クラリス?」
「……聞くだけ聞こうか」
「わかった」
提案と同時に、ラウニイへ首を向ける。彼女はにっこりと笑みを浮かべ、
「今から言う仕事をしてきてもらえれば、交換としてこれを譲るわ。白銀の魔力を持つ人がいるなら、十分できると思うわよ」
そう前置きして、彼女は語り始めた――




