闘技大会で目指すもの
「ベルファトラスに滞在するというのなら、警戒しないといけないね」
――いつもの上等な客室で、俺とリミナはナーゲンと話を始めた。ちなみに彼は外の様子などどこ吹く風といった様子で、訓練をしていた。ナーゲン自身、闘技大会の運営について直接関わっているわけではないらしく、暇しているようだ。
そして、ラキ達のことを伝えると、先ほどの返答。
「シュウが闘技大会で優勝するのが目的なら、彼の言う通り大会が終わるまでは何もないだろう。混乱を呼び込めば、最悪大会自体が中断する可能性だってあるからね」
「大会の混乱に乗じて、とかは……」
「その可能性はある。ひとまず彼らの動向を把握できるようにはしておくし、シュウが魔法でも使っていないかの確認はする」
なら、大丈夫か……ここに至ってもシュウ達の目的がわからないため不気味極まりない。けれど精鋭が集まっているし、さらに以前と比べナーゲン達も力をつけているはず……大丈夫だと思うことにして、俺は大会に集中しよう。
「報告は終わりかい?」
「あ、はい、そうですね……」
答えた俺は、次に統一闘技大会のことが気に掛かった。
「あの、予選ってどういう風に戦うんですか?」
雑談のつもりで訊いてみたのだが……ナーゲンは、視線をリミナに向けた。
あ、そうか。参加者がいるから迂闊に話せないのか。
「……まあ、エントリー登録が終わる前にどのようにするかは発表するし、別にいいか」
そう前置きすると、ナーゲンは俺達に話し出した。
「基本、予選の登録者数を勘案して予選をどのようにするのか決める……外を一目見た時例年くらいだと思ったから、無難にバトルロイヤル方式じゃないかな」
「とすると、混戦になると」
「うん」
頷くナーゲン。ふむ、運も絡みそうだな。
「だけど、その戦いで勝ち残ったから本戦出場というわけじゃない」
「え? それはどういう――」
「各戦いには審査員となる闘士がいて、実際戦っている所を見分して評価を行う。人数が多ければ予選回数も増えるわけだけど、明らかに強い人間であったり、ズバ抜けていると判断した時は一度の戦いで審議し、本戦に行くこともあり得る。また負けても、評価が高ければ本戦出場できる」
「へえ……」
俺はそこでリミナに視線を送る。
「リミナはそんな感じでいけそうかな」
「……そこまで腕が上達したとは思えませんが」
首を振るリミナ。謙遜のような気もするが……ナーゲンも同調するように「わからないね」と応じた。
「例年の大会なら、一発で本戦出場決定する可能性も十分ある。けど、今回は推薦枠でルルーナを始め、かなりの使い手が出場する予定だ。それに見合った人物を選定するとなると……わからないな」
「レベルを合わせるということですか?」
「そんなところ」
リミナが問うと、ナーゲンは首肯した。
「運で勝ち残る人物をできるだけ排除したいんだよ。もし運だけで本戦出場して、現世代の戦士と全力で衝突すれば……観客の期待にも応えられないし、何より本人の身が危ない。真剣による勝負である以上、死人が出る可能性は十二分にあるけれど……技量のレベルを合わせることで、その可能性を低くする」
現世代の戦士が多く出場する以上、レベルも必然的に高くなるらしい……考えていると、ナーゲンが俺の考えを裏付けるように言った。
「今回の統一闘技大会は、間違いなく近年では例を見ないようなレベルの戦いとなるだろう。当然それだけ予選の審査も厳しくなる……リミナ君、手は抜かないように」
「当たり前です」
リミナは当然とばかりに答える。
「ならよし……他に質問はある?」
彼の質問に対し、俺達は同時に首を横に振った。
「なら、これで話は終わりかな。エントリーも済ませたようだし、後は予選が始まるまで訓練に励んでくれ……それとラキ達については、優勝を止めるべく対戦を組むようにするから、その辺りは含んでおいてくれ」
というわけで、俺達はセシルの屋敷へ戻ることに。二人並んで歩いていると、リミナがふいに口を開く。
「なんだか緊張してきました……」
「予選まで後十日もあるんだけど、大丈夫か?」
「ええ、まあ」
彼女は苦笑し、一度大きく息を吐く。
「……私自身、魔法使いとしての経験しかありませんから、混戦だと大丈夫かなと」
「ロサナさんにその辺りを教えてもらえばいいんじゃないか? あの人ならそのくらいのことできそうだし」
「そうですね……ところで」
と、リミナは顔を俺に向けた。
「勇者様、もしラキと戦うことになれば……勝てるとお思いですか?」
「どうだろうな」
俺は腕を組みつつ難しい顔をする。
リュハンと出会い、俺はラキの剣技に関する秘密を知り、技を覚えた。さらにほんのかすり傷ではあったが、怪我を負わせた実績がある。少なくともダメージを与えられず敗北という結果にはならないだろう。けれど――
「……リュハンさんの指導を受けて強くなっている自負はある。けど、ラキと肩を並べたかどうかは、正直わからないな」
ここで思い出すのは、ルルーナがラキと戦った時の光景。俺がその目で見たのはほんの僅かだったが、ルルーナと対等に戦える技量を有しているのは間違いない。
となれば、ラキに対抗するためには現世代の戦士と渡り合えるだけの技量が必要となるはず……ルルーナやカインと戦えるだけの能力を、訓練により身に着けたかどうかは、正直わからない。
「本戦まではまだ時間もあるし、できる限りのことをするしかないな」
そうした会話をしている内に、俺達は屋敷に到着。時刻は昼前といったところで、昼食をとった後訓練することになるだろうと俺は思った。
門をくぐると、玄関前にリュハンがいるのに気付く。彼はこちらに視線を送ると、俺を凝視し待つ構えを取った。
「勇者様にご用のようですね」
「……みたいだな」
玄関近くまで行くと、リュハンが先んじて口を開く。
「登録は終わったようだな……いよいよ統一闘技大会が始まる。そこで、レン。お前に少し話したいことがある」
「リュハンさんも出場するの?」
「そういう話じゃない。大会に際し、これからやるべきことを伝える」
訓練の話か……そこで俺はリミナに言う。
「リミナ、先に行って」
「はい」
彼女は応じると一人で玄関を抜ける。そして扉が閉まった瞬間、リュハンは話し始めた。
「まずここまで訓練を重ねてきて……宝玉を奪還した時実感したはずだが、確実に強くなっているのは間違いない」
「はい」
「だが、統一闘技大会に対してはまだ力不足では……そう考えているだろう?」
彼の質問に、俺は頷く。それはまさに、先ほど考えていたことだった。
「現世代の戦士達との距離が縮まっているのは、俺が保証しよう。だが、レン自身それではラキという人物に勝てないのではと危惧している」
「その通りです」
「それに関しては本戦までにできる限りのことはするつもりだ……ここで、一つ訊きたい。この大会において、レンはラキが出場するからという形で挑むことになった。そうした中でレンは、どういう目標を持つ?」
目標――自分がはっきりと望んだ形で出場を決めたわけではないため、どういう目的なのかを訊きたいのかもしれない。
そこで俺は考え……ラキや、ルルーナ。さらにカインといった面々の顔が浮かび、
俺は明確に宣言する。
「……優勝です。出るからには、勝ちたい。ラキや現世代の戦士にも、勝ちたい」
「……いいだろう」
リュハンは強く頷いた。その表情は、俺の言葉にしかと納得しているようだった。