登録の場で
俺達はいつも通っている一番上に闘技場へ向かって歩む。夢の中で出たティルデのことを話しても良かったのだが……重要性の高そうなことなので、全員集まっているところで話した方がいいだろうと思い、この場では口に出さないことにした。
歩いている間に、フィクハの口から予選から出場する理由を聞く。
「ミーシャが出るということで、少し気になったの……もし彼女が出るなら、一度予選を通じて調べておいた方が良いと思って」
そういうことか……シュウの助手であり魔族のミーシャ。弟子であったフィクハとも親交のある相手だから、気になったのだろう。
「エントリー登録についても、今日来るとは限らないけど……確率は高いでしょ?」
「それもそうだな……って、相手は擬態魔法を使えるはずだが」
「その対策に対する道具は既にもらっているよ」
言いながら彼女は、自身の左手を俺にかざす。その小指に、布のような物が巻かれていた。
「その小指のやつ?」
「うん。以前はもっとアクセサリみたいな物だったけど、研究した結果特殊な魔力を体にくっつければ解決できると判明し、こうした物になった。
「体の部位であればどこでもいいらしいな」
次にグレンが口を開いた。
「私は足首に巻いている」
「とすると、リミナも……」
「はい。私は二の腕に」
いつの間にやら、ずいぶんと進歩していたようだ……おそらく、この道具の効果があるのかを確かめる意味合いもあるのだろう。
「さて、着いたわね」
そこでフィクハが言った。言葉通り、俺達は普段通っている闘技場へと辿り着く。
通常は、訓練のために出入りする闘士がチラホラといるくらいなのだが……今日は違った。この場所には、数えきれないほどの闘士や戦士達の姿があった。
「おー、さすが初日は多いわね」
フィクハが周囲を見回しながら呟く。対するリミナやグレンはそうした面々を観察し始める。
「……力量的には、それほどではなさそうだな」
「ですね。予選の内容にもよりますが、単純な力比べならば勝てるでしょう」
中々辛辣……でもないか。というより、リミナやグレンのレベルまで到達した戦士なんて、ほとんどいないだろう。
「……年齢層は、俺達と同年代もしくはもう少し上といったところかな」
俺もまたリミナ達と同様見回し、感想を述べる。
比率としては男性が多いのだが……中には鎧を着た女性や、剣を背負う外套を羽織った女性なんてのもいる。加え年齢的には俺達と同じ世代――つまり新世代の人間が多いように見えるが……いや、現世代と同年齢くらいの一団もいる。確実なことは言えなさそうだ。
「で、これって登録始まっているのかな?」
フィクハが目を動かすのをやめて独り言のように呟く。それに俺達は答えられなかった――が、
突如、闘技場方面からカランカランという、ベルの音が聞こえてきた。おそらく闘技場を注目させるための音だ。
視線を転じると、闘技場の入口付近に人影。
「お集まりいただきありがとうございます」
そう言ったのは、白いローブ姿の女性。受付の人だろう。
「それではこれより、統一闘技大会のエントリー登録を始めさせて頂きます。皆様、係の誘導に従い、お並びいただくようお願いいたします」
告げた後、彼女の背後にある闘技場から闘士らしき人物達が姿を現す。
「あの人達、この闘技場で訓練している人達だね」
フィクハが指摘すると、俺はなるほどと理解する。
「きっと師匠か誰かに言われて、仕事をしているんだろうな」
「でしょうねぇ……しっかし、シュールね」
並び始めた戦士達を見て、フィクハが一言。
「協調性のカケラもないような面々が、こうして案内に従い理路整然と並ぶ状況……」
「ここで騒動を起こして参加を取り消されたら、たまったものじゃないしな」
グレンは述べると、列の最後尾付近を指差した。
「では、行くとしようか」
「了解……けど、時間掛かりそうね」
「仕方ないだろう。ともあれこれ一度切りだ」
「そうね、我慢する」
「勇者様は、ここで待っていてください」
ここで、リミナが言及。
「ここに来る人達の中に、ラキ達がいないか確認しておいてください」
「ああ、わかった」
頷くと、俺は列から離れるよう歩く。リミナ達はそれを見送ると、列最後尾へ向け歩き始めた。
「しっかし、多いな」
俺はそういう感想を漏らす。列は蛇のようにグネグネと何度も曲がり、闘技場前の広場の半分を覆ってしまっていた。さらに街から人がやって来ており……予選参加者は、それこそ数百人……いや、もしかすると千人単位になるかもしれない。
「それが最終的に、推薦含め六十四人になるわけだろ……? 競争率高いな」
リミナ達は勝ち残れるのだろうか……いや、心配するだけ野暮な気もするけど、人数の多さからなんだか不安になってしまう。
「大陸一のイベントで、なおかつこれだけ参加者が多い……となると、この大会は相当特別なんだろうな」
おそらくこの中には自身の腕一本で成り上がってやる、などと考えている者だっているだろう……そればかりではなく、今回は魔王に対抗する面々も参加する。レベルもまた必然的に高くなるはずだ。
「けど、予選ではまだ玉石混交かな……」
俺はなんとなく、気配を探ってみることにする。戦闘態勢に入っているわけでもない上、人数も多いのでイマイチ判然としないが……確かに、グレン達の言う通り技量は程々、といったところか。
いや、それ以前に俺達は壁を超える技術を持っている……その力を平常通り使用できれば、少なくとも使えない戦士達は敵じゃないだろう。そして本戦では、そうした力が必須になるのでは――
そんな風に考えた時、俺はとある場所に強い気配を見つけた――気がした。一瞬のことだったので確定的ではなかったが――
「……まさか」
ラキ達、か? いや、それならグレン達が気配を探った時気付いてもよさそうだが――
考える間に、また気配。しかしそれもまた一瞬のこと。けれど、今度は頭の中で断定した。
「今のは……」
呟きながらさらに気配を探ると――やはり、一瞬の気配。間違いない。俺が気配を探っていると理解し、こちらにわかるよう示している。
当然、リミナ達がこんなことをするはずもない。となれば、答えは決まっている。
「列の中にいるということか……」
ラキ――両の拳に力を入れ、列を見据える。これだけ俺にわかるように気配を発している以上、登録が終われば近づいてくるだろう。白昼事を起こすとは考えにくいが、警戒してしかるべきだ。
それから俺はじっと待つ。周囲からは幾重にも重なる雑談の声と、足音。静寂とは程遠い環境ながらも、少しでもラキの動向を確認しようと神経を研ぎ澄ませるようになり、雑音が耳に入らなくなる。
やがて――登録を終えた人間の中で、こちらを見据える人物を目に留めた。俺はそれに応じるように視線を合わせ――相手は、にっこりと微笑む。
距離がまだあったため、俺は無言で見返しだけ。観察すると、服装は灰色の外套を羽織った旅装。腰や背に剣の柄は見えないため、剣すら所持していない様子。
その相手は紛れもなく、ラキだった。真紅の瞳が俺を射抜き、紫の髪を揺らしながら近づいてくる。
俺は臨戦態勢――とまではいかなくとも、それに近い心構えを行う。するとラキは苦笑した。警戒したことを明確に悟ったらしい。
「……久しぶり」
そして近づいた時の第一声がそれだった。こちらは小さく頷き、ただひたすらに沈黙を守る他なかった――




