魔法実技訓練(基本編)
「レンは、魔法についてどの程度把握している? リミナから訊いているわよね?」
最初、目の前のクラリスからそんな質問が飛んできた。俺は初日リミナから教えられたことを思い出しつつ、口を開く。
「ああ。確か、体の中にある魔力を引き出すことによって使う能力……だったかな」
「それだけ?」
「後は……俺の剣についてか。柄を握るだけでも体中の魔力が反応し、魔法が扱えると言っていた。教えられたのは、これだけだ」
「わかった。じゃあまず、魔法の説明からね」
クラリスはそう前置きして、話し出した。
「リミナの解説通り、魔法とは魔力を引き出すことによって使用する……で、単純に魔力を引っ張り出せばいいというわけでもない。用語なんかは省くけど、魔力の引き出し方一つで魔法の威力が変わってしまう」
「引き出し方……?」
「ええ、とはいえ、レンの場合は強いモンスターも倒せているみたいだし、やり方自体はそう間違っていないと思う……けど、引き出し方にも違いがあるという部分は頭に留めておいて」
彼女の言葉に、俺は黙って頷いた。
「よし。次に魔法の種類の説明ね。魔法というのは大別して二種類。詠唱するかしないかで決まる。で、詠唱しない方は今のレンのように、剣などの武器や道具を通じて使うケースが多い」
「多いということは、必須というわけじゃないんだな」
「そうね。拳なんかに魔力を集める人もいるから……詠唱する方も然りで、リミナは杖をかざして魔法を使っているでしょ? あれは詠唱まで自分の力でやり、最終的な攻撃を魔力の秘めた杖を通し行う。こうすることで、元の魔法よりずっと強力になる」
「俺のやり方とは違うのか?」
聞いている分には、一緒にも思えるけど。
「似て非なるもの、と思ってもらえればいいわ。レンの場合は剣先に集中させることで魔法を使用するから、その剣が詠唱の役割まで担っている」
そう言いつつ、彼女は俺の剣を見据える。
「そして最終的に攻撃を放出する場合は、剣をただ振るだけ……レンのやり方の長所は詠唱を必要としないこと。ただし、これにはデメリットがある。制御がかなり難しくて、攻撃がどうにも大味になってしまう」
「リミナの詠唱を加えたやり方だと、違うのか?」
「そう……というより、詠唱を行う魔法の長所はそれ。レンのやり方は剣先に魔力を集める……つまり、自分の体の外で制御するわけだから難しいに決まっている。対して詠唱を行う場合は、放出するまでずっと体の内に魔力を留めている。だからこそ放出の加減を精密に行える」
クラリスはそこまで言うと、例え話を加えた。
「操り人形を思い浮かべてもらえればいいわ。リミナの魔法は手で人形を掴んで操作している。対するレンは糸という道具を通して人形を操る必要がある……どちらが難しいかは、明瞭でしょ?」
「ああ、なるほど。それなら」
「うむ。ならばよし……まあ、双方のやり方は長所と短所があるから、注意が必要ってくらいに憶えてもらえればいいわ」
「わかった……やり方も色々あるわけだ」
「そうね。自分に合ったスタイルを見つけることが重要……といっても、レンは既に確立しているから探す必要はないよ。その技能を高めていくことが何より大切」
クラリスは言うと、杖を俺に向けた。
「ここからが本題。今からレンがやるべきなのは、制御訓練。魔力を引き出し使うというまでの過程で、かなり魔力を浪費しているはずだし、何より魔力が大きく拡散しているはず。それを改善するだけでも技の威力がずいぶん違う」
「……拡散、か」
そういえば遺跡でリミナに言われていた。
「確か、魔力は放出するとバラバラになるんだったか?」
「お、正解。それもリミナに教わった?」
「ああ。遺跡攻略の時に」
「そっか。なら話が早い。今から是正するのはそこ。ここを重点的に鍛え直せば、かなり向上するはず」
「わかった……お願いするよ」
「任せなさい」
俺の言葉に、彼女は力強く頷いた。
そうして訓練開始――なのだが、
「うーん、もうちょい出力を弱く」
「う……こうか?」
「駄目駄目。というか、全然変わってない」
「そ、そうか……」
「おっと、魔力が消えそうになってる。維持して」
「う、く……」
「今度は多い……と、これは結構難儀ねぇ」
クラリスが零した。俺は一度魔力を閉じ、息をついた。
訓練内容は、まず内なる魔力を剣先に維持することだった。一定の出力を保ち、それを剣先から発することがこの訓練における一番の基本らしい――のだが、
「難しいことはやっていないつもりなのだけど……」
クラリスが言う。俺は申し訳なさそうに俯いた。
とどのつまり、体は使い方を理解しているため技を行使できるが、頭から記憶が無い(というか、俺にとっては初めてのことである)ため、最初の部分すら上手くできない有様だった。
「うーん……どうするかな」
彼女は杖で自分の肩を叩きつつ、俺をじっと見る。その間に、再度魔力の放出を始める。
「ちょっと多いよ」
「ぐ……こ、こんなもん?」
「うーん、ほとんど変わってない」
「そうか……」
と言っても、ちょっと力を抜くと魔力が閉じられてしまう。
「……ん、そうか。レン、一度魔力を閉じて」
やがて何か考え付いたのか、彼女は告げる。俺は言葉通り魔力を閉じて体の力を抜いた。
「レン、今のあなたはゼロか百かで制御しているね」
「ゼロか……百?」
「簡単に言うと、立ち止まっているか全力疾走しているかのどっちか。中間がほとんどない感じ。その剣の効力も関係していると思うけど」
「そうなのか……」
「確かにそんな極端な制御をしていたら、魔力が拡散して当然ね。きっとモンスターとの戦闘は、魔力を一気に放出して制御部分を誤魔化していたのかもしれないね。制御はかなり甘かったけど、魔力の量で押し切った感じ」
クラリスは解説すると、うんうんと頷きつつさらに言及する。
「根本から始めてもいいけど……あまり時間も掛けられないし……そうだ」
彼女は微笑みを伴いつつ、さらに語る。
「少し無理矢理だけど……魔力の出力を抑えて制御レベルを体感させましょう」
「出力を抑える?」
「そう。道具で発散する魔力を抑えるの。ゼロや百じゃなくて五十くらいの出力を体に経験させて、覚えこませる。経験で剣が触れるなら、体に染み込ませれば制御できるはず……まずはそこから始めましょう」
「それ……一日で終わるのか?」
「難しいかもね……結果的にかなり大変みたい、とリミナには伝えておくよ」
言って、クラリスは俺に指示をした。
「そうと決まったら、一度ここから出ましょう。道具を買ってこないと……そういう道具を販売している店、ラジェインで一軒だけ知っているの」