準備運動
「さて、どう出るかしらね」
ロサナが街道のど真ん中に超然と立ち、呟いて見せる。その左隣に俺は陣取り、セシルはロサナを挟んで反対側。そして彼の横にノディが立っている。
真正面からは激走する馬車の音。あと一分もしない内にこちらへ到達するだろう。
俺達の戦略はひどくシンプルなもので……正面に立ち、止まらなければロサナが魔法で仕掛ける。で、止まれば相手の出方を窺う……ちなみに、作戦の発案者はロサナだ。彼女が「任せなさい」と自信満々に言ったため任せたのだが……大丈夫なのだろうか。
「来たわね」
ロサナが腕を組み悠然と言う。言葉通り馬車が近づいてきた。速度を緩める気は一切ない様子だが――いや、待った。
まず目に入ったのは、御者台にいる人間。中年の男性で、見た目上は特におかしい点は無い。
その馬車は、俺達を見たためかだいぶ離れた場所で停車した。出方を窺う形となりそうだ。
「どちらさんですか?」
中年の男性が問い掛ける。まったくこちらを不審に思っていない様子で……多少不安になったが、リミナ達も間違いないと言っている以上、演技をしているのだろう。
「誤魔化さなくてもいいわよ」
ロサナは述べると、組んでいた腕を解き眼光鋭く男性を睨んだ。
「その馬車に宝玉があるのは、知っている」
「……そう、ですか」
男性は言うと、手綱を離した。次いで馬車を仕切る天幕に何事か告げ、
中から、数人の男性が現れた。
「仕方ありませんな」
中年の男性は笑みすら浮かべながら、右手を後ろに回し――短剣を取り出した。
「こちらも仕事ですので、申し訳ありませんが始末させて頂きましょう」
「できるものなら」
ロサナは言うと同時に好戦的な笑みで応じた。二人が問答している間に俺は残りの面々を観察する。長剣を握る、鎧姿の……典型的な傭兵。
「見た感じ、神殿から宝玉を盗める雰囲気はないんだけど」
ノディが中々辛辣な評価を下す。それが聞こえたわけではないだろうけど、御者をやっていた中年の男性は、俺達を一瞥し言った。
「どうやら、私達のことを見下している様子……ですな。ま、別に良いですが」
表情は崩さず……さらには、傭兵達も余裕を見せている。ふむ、何か手でもありそうだが――
「レン、下だね」
セシルが言う。俺は指摘され、下――地面を見て、
「ああ、なるほど」
理解した。それと同時に、ロサナが一歩前に出る。
「一応警告しておくわ。ここで宝玉を返したら、痛い目遭わずに済むわよ?」
答えは馬鹿にしたような笑みで応じられた。当たり前だが、交渉の余地は皆無。
「仕方ないわね……なら、始めましょうか」
ロサナはため息をつき――戦闘が開始された。
まずは傭兵達が俺達へ突撃を開始する……人数は合計三人。中年の男性を合わせれば四人なので、俺達が一対一に持ち込めば一番良いのだが――
「来るね」
ノディが地面を見ながら言った――直後、俺達は全員、
大きく後方に飛び退いた。
「――ほうっ!?」
感嘆の声が中年の男性から響いてくる。俺達の行動に驚いた様子。
それと同時に、傭兵達が立ち止まり地面が突如薄く発光し始めた――かと思うと、青白い光が隆起し、それが形を成し――
筋肉の鎧に覆われた、藍色の悪魔が誕生した。しかも数は五体。数の上では、俺達が不利となる。
「態度からすると、最初からわかっていたようですな」
「馬車に乗っていた面々が、予め地面に干渉して生み出していたんでしょう?」
ロサナが問うと、中年の男性は嬉しそうに頷いた。
「そういうことですな……少しは骨がありそうで、なにより」
彼が告げると共に、傭兵達もまた俺達を品定めするような視線を送りつつ、剣を構え直した。
「シュウさんが雇った人間、というところかな?」
そんな中でセシルが小声で推測する……おそらく悪魔は魔法の道具で生み出され、そうした一連の装備をシュウ達に渡されて、彼らは宝玉を奪い取った――といったところだろうか。
「とはいえ、ノディ言う通り宮殿にいた面々を追い払えるとは思えないけど……ま、注意は必要かな」
彼はさらに続けつつ、中年の男性へ目を向けた。
「そっちのやり口はわかったよ。で、僕達は一切動揺していないけど、それでもやるのかい?」
「無論だ……やれ!」
中年の男性は叫ぶ――そして傭兵達が悪魔と共に駆けた。
「さて、訓練の成果を発揮する機会ね」
そんな中で、呑気にロサナは言った――同時に、俺とセシル。そしてノディが突撃する敵に向かって走り出す。
「おそらくこの戦いには次がある……ま、準備運動くらいにはなるでしょう」
余裕を大いに感じさせた口調でロサナが語った時――俺が先陣を切る形で悪魔と交戦を開始した。
といっても、振り上げた拳を繰り出される前に俺の剣が悪魔に入る。結果、悪魔はあっさりと光になり、消えた。
それを見ても傭兵達は動揺を見せない……元々悪魔は捨て駒だと考えているのだろう。その証拠にさらに悪魔が地面から生み出され、策も無しに突撃を繰り返す。地面から生み出された存在を利用し、傭兵達が攻撃を仕掛ける、といったスタイルなのだと推測できた。
そんな攻撃に対し俺達は――臆するようなことにはならなかった。
「やっ!」
ノディが悪魔へ向け大振りの一撃を仕掛ける。斬撃は易々と悪魔の体を薙ぎ――さらに、その余波が後方にいた悪魔にすら届き、直撃。同時に二体消滅させる。
次いでセシルもまた剣を薙ぐ。二振りの長剣は綺麗な軌跡を描き悪魔の体を一気にバラバラにする。後続の悪魔も同じような結末を辿り、最初の五体は一瞬の内に消えた。
「やるな。だが――!」
中年の男性の声が届いた――直後、セシルが傭兵の一人を間合いに入れ、斬撃を放った。
対する傭兵はそれを受け切る構え。もしセシルの素性がわかっているのなら、まともに剣を受けるという行為をやらかさないと思うのだが――
両者の剣が触れた瞬間、傭兵の顔色が変わる。もしかすると今の一撃で武器ごと一刀両断でもしようとしていたのかもしれない。
けれど、そうはならなかった――そればかりか、セシルが彼の剣を弾き飛ばし、ついでに二撃、相手の体に剣戟を叩き込んでいるのが目に入った。
「が――」
傭兵が呻く。同時に残る二人も気付き、セシルに目を向けようとした。
それは、俺達にとってみれば明確な隙――だから、俺やノディは攻勢を掛けようとした。
「遅い」
けれど、セシルの反応が早かった。一瞬で剣の刃先を地面に向け、すくい上げるように傭兵二人へそれぞれ放った。
刃先からは蒼い光の刃が生まれ、傭兵達は即座に剣で防御。弾いてから反撃に移る――そう思ったはずだが、
光の刃は、傭兵達の剣をあっさりと砕いた。
傭兵達の目が見開く。そして慌てて後退したところに俺とノディが接近し、それぞれ剣を加え倒した。
無論、殺さないように加減はしている……傭兵三人が倒れ伏し、残るは中年の男性だけとなった。
目を移すと、そこには呆然とする男性。戦況がものの数秒でひっくり返されてしまったので、そういう顔つきになるのも当然か。
「さて、尋問タイムね」
ロサナが男性へ告げた――こっちが悪役みたいなノリだな。
「戦いぶりを見て、確信したわ。あなた達は、直接神殿を襲撃したわけじゃないわね?」
「どういうこと?」
ノディが訊く。それにロサナは肩をすくめ返答した。
「だって、この程度の戦力で陥落するほど神殿の守りは薄くないもの」
「ということは、別に主犯者がいると」
「そうね……あ、その前に宝玉の確保をしましょうか」
そう述べ――ロサナは、俺達を越えて中年の男性へと歩み寄った。