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勇者の約束

 食事は談笑を交え、特に問題もなく――いや、セシルとグレンがなんだか喧嘩腰になった一幕もあったが、双方をロサナが抑えることで事なきを得た。セシルのことについては改善の余地がありそうだ。


 で、俺は自室に戻り椅子に座って本を読んでいると……ノックの音。

 席を立ち扉を開けると、アキがいた。


「どうした?」

「話したいことが」

「内容は?」

「勇者レンについて」


 リミナが最後質問したことで気になったのだろうか……俺は「わかった」と了承し、部屋に入れようとした。


「あ……」


 その時、横からリミナの声。見ると、こちらを見ている彼女の姿。


「リミナ?」

「すいません、その……」

「最後の質問の件?」


 問うと、彼女は小さく「はい」と答えた。


「そっか……二人とも興味あるみたいだし、話をしようか」


 そう言って二人を部屋に招き入れた……見方によっては色々と想像できそうなシチュエーションだが、あいにくそんな空気は微塵もない。

 椅子が二つしかないので俺は立って話をしようかと思ったのだが……アキは唐突にベッドに近寄り、端の方に腰掛けた。


「ここでいい?」

「……別にいいよ」


 答え、俺は椅子に着席。リミナが反対側に座り、改めて会話を開始する。


「で、何が訊きたいんだ?」

「……まず、私からでいいですか?」


 リミナが小さく手を上げる。俺が「どうぞ」と答えると、彼女は話し始めた。


「勇者様……ここでは分けるために、前の勇者様のことをレン様と呼びます。現在、レン様はどのように暮らしているのでしょうか?」

「さっきも言った通り、俺やアキのいた世界は平和だから魔王と戦っているようなことはないな」


 そう語り――少し語弊があると思い、言い直した。


「より正確に言うなら、俺達が暮らしていた場所は平和、と言った方がいいか。場所によっては戦争をしている所もあったから」

「無事、と考えてよろしいのですか?」

「そうだな……ま、こちらと違って起伏のあるような生活でもないかな」

「彼にとっては激動の人生かもよ」


 アキが横槍を入れる。まあ確かに、突然訪れた世界はこちらの世界とは何もかもが違う。それこそ入れ替わった直後は、混乱しっぱなしだったかもしれない。


「……そういうわけで、レンはきっと無事だ。ま、本当にそうなのかは彼が夢に出てきてくれないと確認しようがないけど」

「そう、ですよね」

「会いたいのか?」


 なんとなく尋ねてみると、リミナは(うつむ)いた。


「……わかりません」


 うーん……なんだか彼女も色々とある様子。とはいえ勇者レンが出て来ないことにはどうにもならないし――


「それじゃあリミナ。勇者レンに対し質問とかはあるか?」

「……質問、ですか?」

「リミナが勇者レンと直接会うのは難しいかもしれないけど、俺は夢の中で出会える可能性がある。その時のために、リミナが訊きたいことを憶えておくよ」

「……そうですか。なら――」


 彼女は一拍置いて、俺に告げた。


「従士として私は活動していましたが……ご迷惑だったのかを訊いてください」

「……それでいいのか?」

「はい……もしかすると私が、レン様の負担になってこのような結果を招いてしまったのでは……そういう風に考えてしまうので、訊きたいんです」


 苦笑を交えリミナは語る……その笑みは暗い感情が宿っているように思えた。

 勇者レンに、リミナは重荷になっている部分があるらしい……仕方のないことと言えるが、彼が出向いてくれないと解決できないから、しばらく棚上げだな。


「私の話は以上となります」

「そうか……アキは?」

「勇者レンが『星渡り』を使った経緯だけれど……」

「むしろ俺が訊きたいくらいなんだけど……」

「いえ、そうじゃなくて」


 首を左右に振るアキ。


「重要なことを思い出したのよ……『星渡り』を使用するためには、一つだけ条件がいるの」

「……条件?」


 初耳であったため俺は興味を抱き聞き返す。


「そう、条件。といってもそんなに難しい話じゃないわ。あの魔法を使うには、使用者の願いが強くなければならない」


 願い――抽象的な言葉であったため、俺は首を傾げた。


「こちらの世界にいたアキの場合は……笑っちゃうけど、この魔法が発動して欲しいと必死に願った結果、使えたみたい。そんな単純なことで発動するのだから、あまり意味の無い制約かも知れないけど……勇者レンは、実験のために魔法を使ったわけではないだろうし、どういう理由なのか気になって」

「……シュウさんの場合は、英雄として祭り上げられるのが怖くて……つまり、恐怖から逃げたくて魔法を使ったはずだ」

「となると、レン様の場合は?」


 リミナが首を傾げつつ問う。俺はそれに答えられなかったが――


「リミナ。従士として同行していて、おかしな様子は無かったんだよな?」

「ありませんでした」

「となると、別にシュウさんのように逃げ出したくてという理由ではないだろうな。かといってアキのように実験なんて話でもないだろうし……」


 なぜ、魔法を使うに至ったのか……もしかすると表面上は問題なかったが、内心では何かしら葛藤があったのだろうか。


「……ま、結局は本人が出て来ないと解決できない問題だけどね」


 アキはそう結論付け、小さく微笑んだ。


「それと、一つ……こちらの世界にいたアキは当初、結構な頻度で夢に現れていたけど……少しして出て来なくなった。後になって訊いてみると生活が大変だったからという話を聞いた……きっと、勇者レンも同じような状況だと思うよ」

「大変、か」

「私やレン君にとってみれば何でもないことでも、彼らにとってみれば忙しいのかもしれないね……よくよく考えれば、私達の世界はすごく忙しないし」

「……そうだな」


 思えば、こちらの世界で旅をしていた時は風景を見ながらのんびりと歩いていた時もある。けど、あちらの世界でそんな風にはできないだろう。


「だから、落ち着いたらきっと話し掛けてくるよ」

「そうだといいな」


 俺は頷き――会話が途絶えた。これで話は終わりかなと思っていると、今度はリミナが口を開いた。


「勇者様……一つだけ、約束を」

「約束? いいよ」

「勇者様は、私達に死なないでくれと仰りました。勇者様も、同じように……死なないことを、約束してください」

「当然だよ。死ぬつもりはさらさらない。それに――」


 俺は二人へ交互に視線を送った後、言った。


「俺が死んだら、多くの人が死ぬかもしれない……だから、生き延びて魔王を討つよ」

「力強い言葉で安心したわ。もう完全に勇者ね」


 返答にアキが嬉しそうに言った。


「ただの高校生が、ここまで変わるとは」

「……必要に迫られて、という感じもあるけどな」

「けど逃げずに戦おうとするのだから、すごいと思うわ」

「そういうアキだって、裏方とはいえ参加するじゃないか」

「私は二年でこの世界に染まったからね。レン君の場合は違うでしょう?」


 ……まあ確かに、半年も経っていない。そう考えると、こうやって決心しているのも驚かれるのかもしれない。

 けど、この世界に来て戦ってばかりだったから……そうやって思うのも、自然な流れのような気がした。


「今更逃げ出すような真似はしないから」

「そう」

「よろしくお願いします、勇者様」


 リミナが改めて言う。俺は彼女と目を合わせ、そして――


「勇者様は、もう本物の勇者様ですよね?」


 ――多くの人の声を浴び戦う勇者。そういうものに、俺は今まさになっているのだと、リミナの言葉によって気付かされた。


「……そうだな」


 けれど、臆することは無かった。むしろそうした人達のために戦わないとという自覚が生まれ――夜は、更けていった。


次回から新しい話となります。

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