彼の願い
食堂に近づいてくるとだんだんと緊張してくる……見知った顔ばかりなので大丈夫かと思っていたが、いざ話すとなると不安しかない。
持参したメモに再度目を通してから、俺はとうとう食堂に辿り着いた。静かに扉を開けると、奥行きのある部屋と中央に長いテーブルが見え、
全員がこの場に集まっているのに気付く。
「最後に登場するというのは、ベニタさんの演出かな」
そんな風に呟いたのはセシル。テーブルの中央付近に座り、頬杖をついて俺を眺めていた。
主役は遅れてやって来るという感じか……苦笑したい気分だったが表情は崩さず、俺は黙ったまま扉を閉めた。
続いて全員の位置を確認。リミナは俺から見て右で、入口から程近い場所に立っている。なんだか心配そうな表情をしているが……気にしないことにしよう。
その後方には壁を背にして立つロサナの姿。目が合うと「頑張れ」という感じの視線と共に笑みを示した。その横にはアキ。こちらは壁にもたれかかっているような感じで立っており、他の面々に視線を送っていた。
続いて左。セシルより手前の椅子に座っているのがノディ。背もたれに体を預け、俺のことをじっと見ている。
さらに視線を変えると、セシルと向かい合うようにしてリュハンが座り、背後に腕を組んでグレンが立っていた。で、最後のフィクハはセシルの背後にある窓の近くに立っていて、目が合うと俺に小さく手を振った。
やがてアキもこちらに視線を送る。一同が注目した中……話をしないといけなさそうだと悟り、緊張を伴いつつゆっくりと口を開いた。
「……まず、改めてお礼を。今回英雄シュウを追う面々を集めるということで、この場にいるみんなをこのセシルの屋敷に招いた……俺の呼び掛けに応じてくれて、本当に感謝している」
全員は無言。特に口を挟むことなく話を聞き続ける構え。
「そして戦いは混沌とし始め、現役の魔王さえ現れた……シュウさんを追うという役目を俺達は担っているけど、魔王とも戦うことになるはず……もしその覚悟がないと言うのなら、今すぐにでも俺に言って欲しい」
――誰も応じることはない。アキでさえ、沈黙し佇んでいる。
「……答えが無いということは、同意したということで話をさせてもらうよ。まず……」
そこで一拍置いた。これから話すこと。それは――
「この場にいる面々なら、俺がなぜ戦うのかという理由は、ある程度理解してもらっていると思うけど……今一度、話しておこうと思う」
前置きをして、語り始めた。
「ここにいる全員が俺の事情を理解している……俺は勇者レンの体ではあるけれど、記憶は異世界の……蓮という同名の人間だ。シュウさんの話によれば、勇者レンが『星渡り』という魔法を使用し、俺と彼は入れ替わったらしい……なぜ勇者レンがその魔法を使用したのかは、謎だ」
そこまで語ると幾人かが目を細めた……事情を聞いているとはいえ、経緯までは知らなかったのだろう。けど俺は話を進めることにする。
「そして従士であるリミナと共に、記憶喪失ということで旅を始めた……最初の仕事をこなし、次に遺跡調査を請け、そこでシュウさんの仲間であり勇者レンの友人であるラキと出会った」
――ラキの顔を知っている面々の表情が険しくなる。俺は彼らに目を送りつつ、さらに言葉を紡ぐ。
「その時は何もしてこなかったが……その後、アーガスト王国のフェディウス王子を護衛することになり、ラキの関係者であるエンスと出会った……そこで俺は、勇者レンの謎を追うと共に、強くなりたいと思い改めて旅を始めた」
「なぜ、そうしようと思ったの?」
問い掛けは、ノディからだった。
「勇者レン本人と違うんだから、放っておいても良かったんじゃない?」
「無視することは確かにできた……けどその時の俺は、わからないことだらけだったから、それを解消したいという思いもあった……そうして旅を始め、この場にいる面々やシュウさんと出会い……最終的に、あの人と勇者として戦うことになった」
俺は言葉を切り、一呼吸してから口を開く。
「勇者レンは英雄アレスの剣技を受け継ぎ、魔王を倒せる力を備えていた……だからこそ俺は最前線に立つことになるんだが、自分が未熟なのは承知している。だからこそ、皆に協力してほしい」
「わかっているよ」
声はセシルから。彼は頬杖をやめて姿勢を正すと、無邪気な笑顔を向けながら述べた。
「そして、僕らは闘技大会決勝で決着をつけるわけだ」
「……どこまでも、お前はブレないな」
肩を落とした俺に対し、周囲の面々は笑う。それで少しばかり和やかな空気となり……そうした中で、俺は言った。
「強くなりたいという意志は変わっていない……そしてこの戦いは、勇者レンのことを究明する手掛かりとなる。だから、俺は戦う」
表明した時、全員が笑いを収めた。またも空気が硬質となり始め――さらに続けた。
「そして、皆に頼みたいことがある」
頼み――言葉と同時に強い視線が俺に注がれる。
「これから激しい戦いとなる……間違いなく、命を落とす人も出るだろう」
言いながら、アキへ目を向けた。選抜試験のことに関して言及するべきか――その判断に迷ったのだが、彼女は力強く頷いた。
話してもいい――そう目が語っていた。
「……この場には、大切な人を失った人もいる。ああした悲劇が、今後繰り返されるだろう……その中で、俺は無茶を承知で言わせてもらう」
俺は一度全員を見回す。そして、
「――絶対に、死なないでくれ」
言葉と同時に、俺は両の拳に力を入れた。
「これは単純な俺の願望じゃない……この場にいる面々の大半は新世代の戦士だけど、多くの人を救うことができる技量を持っている。だからこそこれからの戦いに必要だし、また誰か一人欠けたら、それだけ救える命が少なくなる。だから、多くの人を救い続けるために、命を捨てるような真似はしないでくれ」
「……ま、確かにこれは私達だけの問題じゃないね」
告げたのはフィクハ。彼女はぐるりと部屋を見回し、
「ドラゴンの力を持つ魔法使いに、闘技大会覇者。新世代の中でも名が通った認可勇者に、ルファイズ王国騎士団の精鋭……全員がまだ発展途上なのかもしれないけど、今だって高位魔族とも戦える力を有しているのは間違いないし、貴重な戦力」
「英雄シュウの弟子はその中に入らないのか?」
グレンが茶化すように質問する。それにフィクハは肩をすくめた。
「ま……善処するよ」
「まあ、そういうことだよ」
俺は全員に再度確認するように言う。
「ここにいる全員力を持っているし、魔王とも対抗できると信じている……だから命は、大切にしてくれ」
そこまで言うと、息をついた。これで話したいことは終わりだ。
「……俺から話したいことは以上。何か質問とかある?」
なければこのまま食事に――そう思っていたのだが、リミナが小さく手を上げた。
「すいません、一つだけ」
「いいよ」
「……この世界から旅立たれた勇者レン様は、今どうお考えになっているのでしょうか」
――それは決して答えが出るものではない。
「……俺の暮らす場所は戦いとは無縁の場所で、すごく平和だ。無事なのは間違いない……夢を通して彼はこの光景を見ているらしいけど、どう思っているかはわからない」
「そうですか……」
リミナはそれで質問をやめた……彼女としては、その辺りのことも訊きたいに違いないが――
「さて、そろそろ夕食にしましょうか」
仕切り直しと言わんばかりにロサナが言う。それと同時にメイドが食堂に入り、食事の準備を始めた――