同じ世界から来た勇者
玄関ホールには先ほどいたリュハンの姿はなく、扉は開け放たれ、アキが立っていた。
格好は出会った当初と同様白い法衣姿……だが、俺の目からは以前のような温和な雰囲気はなく――儚く、今にも消えてしまいそうな空気をその身に宿していた。
「ごめんなさい、突然の来訪で」
「いや、いいよ……大丈夫なのか?」
見た目、少しやつれているようにも見えるのだが……食事もまともにしていないのではないか。
「自殺するつもりはないから安心して」
彼女は俺にそう答えた。同時に見せた笑みはやはり元気がなく、思わず声を上げそうになる。
「今日は、レン君に謝らないといけないなと思って……ほら、英雄を追うために選抜するという話」
「ああ……」
誰かから、俺がアキを採用すると聞いたのだろう。
「私のことを認めてくれて、共に戦おうと提案していたのは、結構嬉しかった。けど、私の方が再起不能になってしまい、結局別の人を選んだわけでしょう?」
「……まあ、ね」
「それに、宿にこもってばかりで色んな人に迷惑を掛けている……今はどうにか、こうして屋敷に来られるくらいには回復したけど」
言って小さく舌を出すアキ。そこでようやく、内心の不安が途切れるような陽気な表情を見せた。
「で、一つ訊きたかったの……もし今後、勇者として復帰したら、レン君達と一緒に戦うことができるのかどうか」
「それは……」
思考し始める。現状で彼女を戦わせるのはさすがに難しいが……完全復活したとなれば、その限りではないと思う。
「……俺も、アキの協力は欲しい」
「ありがとう」
にこやかに語るアキ。話はそれだけか――と思ったが、彼女はなおも続ける。
「レン君、一つだけ約束してもらえないかな?」
「……死なないでくれ、か?」
「そう……もちろん、戦争に発展するような可能性がある以上、相応の覚悟はしないといけない。けど、やっぱり同じ世界から来た人には、生き残って欲しいじゃない?」
力なく笑う彼女……俺は、大きく頷くことでそれに応じた。
「もちろん、死ぬようなつもりはないよ……そして――」
俺は、先ほど会話をした面々を思い出す。従士とその師匠。魔族の力を持った騎士に闘技大会の覇者。そして認可勇者と英雄の兄弟子――
揃いも揃ってくせ者ばかり……そうした顔を頭に浮かべ、俺はみんなに何を話すべきなのかを悟った。
「どうしたの?」
小首を傾げるアキ。俺は「ごめん」と一言返し、
「ありがとう、アキ……これから皆に話をしようと思って、何を喋るか思いついただけだ」
「ほう、何を喋るか……」
するとアキは顎に手を当て、俺を品定めでもするかのようにジロジロと観察し始めた。
「……どうした?」
「私も、その話聞いていい?」
「は?」
思わぬ発言に俺は目を見開く。
「いや、勇者レンの演説がどんなものなのか気になって」
「い、いや……それは……」
「あれ? 勇者アキ?」
そこに、助け舟とばかりに後方から声。振り返ると、玄関ホールにはロサナがいた。
「ロサナさん……」
「良かった、思ったよりも大丈夫そうね」
ロサナはアキに笑い掛けると、彼女は小さく頷いた。
「はい……特にアクアさんに心配かけてばかりで、申し訳ありませんでした」
「アクアは世話好きなだけだから気にしなくていいわよ……けど、もう動いて大丈夫なの?」
「怪我をしていたわけではないので」
「ふうん、そう」
彼女は応じるとチラリと俺を見る。
「そういえばレン君は、彼女を仲間に入れようと考えたこともあったんだっけ?」
「え、はい……まあ」
「けど諸所事情があって別の人にした」
「私が勝手に塞ぎこんでいたからだけど」
苦笑しつつアキが語る……すると、
「よし……英雄と戦うのであれば、異世界の住人の力は少しでもあったほうがいい……採用」
「え?」
ロサナの発言に、アキは驚き聞き返す。
「採用?」
「戦力としてじゃなくて、私がする仕事の手伝いをやってもらいたいのよ。あなたならレン君が信用する人物だし、良いかなと」
「具体的には何を?」
「私が英雄シュウの情報収集を担当するのだけど……その情報整理をやってもらいたいの。本当は私が後日人を雇うつもりだったんだけど……信頼における人なら、それに越したことは無いし」
「構いませんよ」
「……いいのか?」
二つ返事で了承したアキに、俺は思わず尋ねた。
「そんなあっさり返答して……」
「いつまでも宿に居続けることはできないし……レン君の役に立つのなら、協力するよ」
「いずれ、あなただって戦う日が来るだろうけど……ま、とりあえず今は情報整理専門ということで」
――これで、アキもこの一団に参加することとなった。結果、共に戦うのは合計九人か。
「さて、事務方も決まった事だし……あと少しで夕食だけど」
「あ、そうだ」
何を話すか考えないといけない。俺は二人に手を上げ、
「ロサナさん、一度俺は部屋に戻ります」
「そう。なら私はセシルの許可と、ベニタさんを呼んでアキさんを迎え入れる準備でもするわ。アキさん、セシルはオッケーするだろうから、荷物を持ってきて」
「わかりました。お願いします」
アキはそこで小さく頭を下げると、足早に玄関を出た。それを見送った後、俺は廊下を歩み自室へと入る。
外はまだ明るかったが、夕焼けの色が濃くなり始めた。夕食の時間はおそらく夜に入る前くらいだと思うが……話し合いまで、あまり時間はなさそうだ。
「とりあえず話す内容をメモにでも書くか……」
さすがに何の準備もなくというのは勘弁願いたかったので、そう呟きつつテーブルに座り、置いてある紙とペンを手に取った。
「これで所信表明自体がなかったら拍子抜けだな……」
そんな風に呟きつつ、作業を始める。頭の中で何を話すか考え、それを紙に箇条書きで書いていく。
――その途中で、俺はこれまでの旅を振り返った。勇者レンが『星渡り』の魔法を使い、俺はこの世界に来た。そしてリミナと旅を始め……遺跡でラキと出会った。屋敷護衛を経て強くなりたいと決心し、改めて俺の旅が始まった。
その過程で、俺は出会った面々と今日こうして同じ場所にいる。ここまで旅をしてきた結果、仲間として集うことができたというのは、単純に面白いと思った。
「ま、中には出会ってから何も変わっていない人もいるけど……セシルとか」
口に出しつつ笑う――そして俺は、シュウ達の野望を阻止するため、出ないと思っていた闘技大会に出る羽目になってしまった。
ふと、統一闘技大会に出るフラグはいつ立ったのかと、バカなことを考える。言われ始めたのは、確かセシルの出会った以降だよな……というか、彼が一方的に言い続けていたわけだが。
別にそれが出場することになってしまった理由というわけではないが……まあ、元々腕を磨くためにベルファトラスを目標にしてはいたので、セシルやシュウと出会ってなくても、闘技場で戦い統一闘技大会に出場したいと考えたかもしれない。
「……大会は、どうなるんだろうな」
ナーゲンが、ラキ達が出場するなら相応の対抗策をとるようなことを言っていた……大規模な大会にそうした策を用いるというのは大丈夫なのかと不安になるのだが……まあ、彼らがやると言ったならそれに従うしかないか。
「けど、セシルの言うように決勝戦まで到達できるか疑問だよな……」
現世代の戦士が出るのは間違いないし……もしルルーナやカインと本気で戦うのであれば、現在の俺に勝ち目はないだろう。
「リュハンさんの指導を受けてどこまで差を縮められるかによるな……」
そんな風に呟いた時――ノックの音がした。呼び掛けるとメイドが現れ、話し合いの時間だと俺に伝えた。
紙に目を落とす。何を言うべきか簡単に書いてあるだけなのだが……文面を反芻し、俺は立ち上がって食堂へ向け歩き始めた。