認可勇者
目的地である扉に到達すると、俺は一度深呼吸をした後ノックした。中からは「はい」と威勢の良い女性の声。聞き慣れた声であり、俺はそのまま黙って扉を開け、
「入るよ」
告げたと同時に、入室した。
間取りはリミナの部屋とほとんど変わらない。そしてテーブルを挟み茶を飲む二人の姿がある。なんだか既視感を覚える状況だが……湯気の立つ紅茶が、先ほどの光景とは違うのだと認識させられる。
「何か用?」
そして問い掛けたのは――シュウの弟子である、フィクハだった。頭の羽飾りは出会った時と変わらないが、革鎧は暑苦しいため身に着けておらず、動きやすい格好をして翡翠のような瞳でこちらを見ている。
「ああ。食事の前に少し話をしようと思って。ベニタさん……屋敷のメイドさんが取り計らってくれるだろうから、呼ばれたら来てくれ」
「所信表明でもするの?」
セシルと同じことを言うんだな……俺は半ば仕方なく「ああ」と返事をした。
「そういうこと……それで」
と、俺はもう一方の椅子に注目した。そこにいるのは最後の一人。男性で――
「ああ、彼は事情を知らないということだったから、話しちゃったけどよかった?」
「……いいよ」
俺は答え、目を合わせる――相手は、レキイス王国勇者、グレン。緋色の胸当てはなく、フィクハと同様動きやすい格好。
「私としては、少々驚きだった」
彼はほのかに笑みを見せ、俺へと話し始める。
「君の従士は当然で……屋敷を間借りしている以上、セシルとも親交がある……加え、英雄シュウの弟子であり勇者の彼女は因縁があり、さらに聖剣護衛という大役と君の知り合いということで騎士が選ばれた……が、最後に私を選ぶというのは、何か理由があったのか?」
……これには色々と紆余曲折あったのだが、それをあっさりと話してよいものか。
「不快に思うつもりはない。遠慮なく話してくれ」
グレンは俺に告げる……そこで、小さく頷き口を開いた。
「……グレンさん以外の面々は、あっさりと決まりました。けれど最後の一人と思い選んだ中には……三人、候補がいました」
「その一人は、オルバンさんでしょ?」
フィクハが問う。俺は正直に深く頷いた。
「そう……ロサナさんとの戦いを疑似悪魔を通してみていましたが……あの結界は非常に強力だと思い、候補に入れた」
「しかし、私を選んだのは理由があるのか?」
「……グレンさんの能力を見て、俺は攻撃と防御……どちらを優先させるべきなのかを考えました。で、その結果」
「私の能力を選んだと?」
「はい。オルバンさんの能力は、例えば戦線を維持するためとか、守るために使うべきだと思ったんです」
「攻撃と防御どちらを優先にすべきかという条件なら、私も同感」
賛同するようにフィクハが告げた。
「いくら相手の攻撃を防御できても、こちらの剣が通らなかったら魔族には勝てない」
「そう……だからこそ、グレンさんを」
「選んでもらったからには、期待に沿うよう働かせてもらおう」
グレンは語った後椅子を座り直した。
「それで、もう一人の候補というのは……?」
「……それは」
一瞬答えようか迷ったが、隠す必要もないだろうと思い、口を開いた。
「大陸外の勇者、アキです」
「アキ……彼女か」
グレンも知っているようで、短く呟いた。察したのはフィクハも同様で、僅かながらうつむき何かを考える様子。
「魔王の顕現……その中で犠牲者が出てしまったのは、辛かったね」
「ああ。アキも塞ぎ込んでいるという話だし……そういえば、結局今日も会うことはできなかったな」
シュウのことやリュハンのことで有耶無耶になってしまった……また明日にすればいいか。
「彼女はもう戦うつもりはないのか?」
質問はグレンから。俺はわからないので首を左右に振った。
「あの戦いの後会えてもいないし……ただ、これで終わりだとは思えません」
「彼女だって勇者だしね」
フィクハが表情を少し柔らかくして言う。俺はそれに頷いた。
そこで会話が途切れ――グレンが仕切り直しと言わんばかりに俺へと言う。
「レン……改めてよろしく頼もう」
「はい……で、食堂の件はよろしくお願いします」
「ああ」
「……ところで、なぜ二人でお茶を?」
「特に理由はないけど?」
答えたのはフィクハ。
「たまたま屋敷にいることを知り、勇者のよしみでお茶でもしようかと私が提案しただけ。いやあ、どこも似たような感じみたいね」
「似たような感じ?」
「勇者という肩書きを背負い、国にこき使われているという話」
不満げにフィクハが言う……以前メリットがあるということも聞いたが、やはり国に拘束されるという点では認可勇者は大変そうだ。
「ま、今回は少し趣の違う戦いみたいだし……こき使われているという気はしないけど」
「俺と一緒に戦うのだから、もう国とか関係ないんじゃないか?」
「それもそうね……ま、私はシュウさんのこともあるし頑張るよ。足手まといにならないようにするから」
フィクハは言うと、椅子の背もたれに体を預けグレンに話し掛けた。
「よくよく考えてみると、今回集められたメンバーで勇者は私達二人だけか」
「レンは違うのか?」
「認可勇者じゃないでしょ」
「言われてみればそうだな……しかし、本来の勇者という定義に照らし合わせれば、レンこそが勇者だろうが」
苦笑を伴いグレンは語る。
「認可勇者は、あくまでその国に属し国のために働く存在だからな……ひどい言い方をすれば、傭兵という名称の響きが微妙だから、勇者という感触の良い呼び方にした、と語る者もいる」
「仕事は実際そんな所でしょう」
切り捨てるように言うフィクハ……なるほどな。
「でも、二人は認可勇者を辞めることはない、だろ?」
「生活があるからな」
「食べていけないからね」
グレンとフィクハはずいぶんと切実な内容を語る……俺はそれに、苦笑する他なかった。
「けど、それは平和な証だったんだろうね」
そこにフィクハが独り言のように声を発する。
「私達が燻っているということは、それだけ人間に対する害意が少なくなったということだから……今こうして戦う舞台が用意されたというのは、戦乱が訪れる前触れと考えて良いのかもしれない」
「実際魔王が現れているからな……前の戦争のように、魔王と争うのかまではわからないが」
フィクハの言葉にグレンは返答すると……突如、俺に首を向けた。
「レン、私やフィクハは、シュウの凶行を止めることが今回の戦いを終息させるものだと考えた……魔王の出方次第だが、大筋では間違っていないはずだ」
「はい」
「だから私達は、それに全力で取り組む。認可勇者という立場だが、私達は国を越えて協力する意志がある」
彼の言葉に、俺は力強く頷いた。
「ありがとう、二人とも」
「リーダーとして頑張りなよ?」
フィクハが俺にせっつくように告げた。こちらとしては再度苦笑し、誤魔化すように「ああ」と言葉を濁すしかできなかった。
「それじゃあ、俺は一度部屋に戻るよ」
ここで話を切り上げて部屋を出る。話すべき相手はこれで全員。ひとまず、部屋に戻り何を話すか簡単に考えるか――
「あ、レン様」
そこに、ベニタの声。視線を転じると少し慌てた彼女の姿。
「探しました。ご客人がお見えです」
「俺に?」
「はい」
「誰ですか?」
小首を傾げ聞き返すと、ベニタは一度呼吸を整えてから言った。
「アキ、という名前の女性ですが」
「……え?」
アキが……? 俺は目を見開きつつベニタを見返す。
「ほ、本当に?」
「はい。今は玄関で待っておられますが――」
彼女が言い終える前に、俺は歩き出す。なぜ彼女が――考えながら、早足で玄関ホールへと向かった。