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従士とその師匠

 ノックしてリミナの部屋に入った時、彼女とロサナはテーブルを挟んで椅子に座り、話をしているところだった。


「勇者様」


 俺の姿を認めたリミナは声を掛け、立ち上がろうとする。けれど俺はそれを手で制した。


「座ったままでいいよ。一つ伝えに来ただけだから」

「ここに集めた面々に挨拶するわけね」


 ロサナが言う。俺は頷き、説明を加えた。


「はい……夕食前にやろうかと思うんですけど」

「いいんじゃないかしら? あ、レン君。改めてよろしく」

「はい」


 返事をしたロサナは俺に微笑み――すぐに、含みのある笑顔を見せた。


「しかし……聞いたわよ。二人は結構複雑な事情がある様子で」

「……どの辺まで聞いたんですか?」

「ナーゲンから君のことは聞いているし、その辺を含めて」


 ということは、俺が異世界に来た云々のことも知っているのだろう……リミナに顔を向けると、なんだかバツが罰悪そうな表情をしていた。もしかすると、急かされて話してしまったのかもしれない。


「勇者レンが命を助け、そしてレン君が魔法使いとしての命を助けた……なんだか、面白い関係ね」


 ――顔には「その辺のことを深く訊きたい」と書いてある。けど俺としては話す気もないし……それに、


「……勇者レンがなぜ命を助けたかは、謎の部分が多いんですよね」

「謎、ねえ。私はそういう人が近くにいたからと推測したけど」

「俺と同じ見解ですか……けどその辺は記憶が蘇って来ないとわかることはないでしょうね」

「記憶ね。ベルファトラスに滞在していて、何か有益な情報はあったの?」

「いえ」


 首を振る俺。聖剣護衛以降幾度となく夢を見ているが、基本的にはとりとめもない内容であり、勇者レンが送っていた日常、としか言えない。


「ふうん、そう……その辺りのことも多少は聞いているのだけど、詳しく訊いてもいい?」

「はい」


 返事を聞くと、ロサナは居住まいを正した。茶化すような雰囲気が鳴りを潜めたため、勇者レンの謎を真剣に考える気のようだ。


「夢に出てくるのはあなたと、英雄アレス……そして友人であり敵となったラキと、エルザという女の子」

「そうです」

「名前から私の情報網で探ってみたんだけど、成果はなかった。人里を離れ、外界から閉ざされた場所で暮らしていたのかもしれない」

「外界から……確かにロサナさんが上げた登場人物以外、人がほとんど出てきませんね」

「どういう所に暮らしていたの?」

「屋敷です」

「屋敷……領主の屋敷とかなら、内装とかで判別つくかもしれないけど――」


 そう言って、彼女は俺に屋敷に関して質問を始めた。俺は断片的ながら思い出せる範囲で答えてみたが――ロサナは、首を傾げる。


「うーん、わからない……やっぱり、誰にも見咎められないように暮らしているんでしょうね」

「目立ちたくなかったんでしょうか」

「それはあると思う……けど、英雄アレスはまったく活動していなかったわけじゃないのよ。実際彼から剣の手ほどきを受けた人物というのも少なからずいるし、目撃情報もある」


 そこまで語ると、ロサナは腕を組んだ。


「きっと、転移魔法を使って色々な場所を渡り歩いていたんでしょうね」

「転移魔法を……」

「目撃情報だって、よくよく考えてみれば転移魔法が使用できる国に限定されているし。そうまでして住む場所を隠しつつ、剣の指導をしていたというのは……」


 ロサナはそこで目を細め、あさっての方向を見ながら思案を始めた。


「アレスは、こういう状況になるとわかっていた……? いや、情報が足らないわね」

「俺は棚上げしてますよ」


 ロサナに対し俺が発言。彼女は「仕方ないか」と呟き、憮然とした表情を見せながらもそれ以上言及はしなかった。


「ま、アレスの話はこのくらいにしておきましょうか」

「はい……あ、それと。俺達と共に戦う人が、もう一人――」

「偶然窓の外を見ていて気付いていたわよ。一目でわかったわ。リュハンでしょう?」


 知っていたようだ。小さく頷くと、彼女は微笑んだ。


「良い人選だと思うわ……何より、レン君の剣術を大幅に強化できる」

「頑張ります」

「その調子」


 笑い掛けたロサナに対し、俺もまた笑みで応じた後……リミナへ首を向けた。


「リミナ」

「はい」

「答えはわかっているけど、一応訊いておくよ。共に、戦ってくれるか?」

「もちろんです」


 はっきりと頷く彼女。そこで改めて挨拶でもしようかと思ったのだが、なんだか気恥ずかしくなって口が止まり――。


「よろしくお願いします、勇者様」


 反対にリミナが言及。俺は「ああ」と短く答え、


「私も、できる限りリミナを強くするから安心して」


 ロサナがリミナを手で示しながら、俺へ言った。


「リミナも頑張りなさいよ。彼に師匠が新たにつく以上、必死にやらないとあっという間に背中が遠くなるわよ」

「わかってます」


 リミナは力強く頷く……そして俺へと視線を送り、口を開いた。


「ご迷惑にならないよう、頑張りますから」

「……ああ」


 と、俺は答えた後思わず苦笑してしまった。その表情を見て、リミナは小首を傾げる。


「え、あの……?」

「いや、ごめん。むしろ俺が色々と助けてもらってばかりだからさ」


 この世界に来てからというもの……特に最初の頃は彼女に頼りっぱなしだった。それを振り返れば、迷惑なんて一切思ったこともない。


「勇者様だって、私を助けてくれました」


 リミナは穏やかに告げる……ロサナがさっき言った通り、確かに俺は魔法使いとしてのリミナを救ったのは事実。


「……そうだな」

「はい」

「なんだか、お互い支え合っているという感じね」


 俺達のやり取りを見て、ロサナはそう零した。


「色々と障害があったからこその結果と言えるのかもしれないけど……二人とも、この際だから付き合っちゃえば?」


 急に何を言い出すんだ、この人。


「ロ、ロサナさん……」


 リミナは困った表情でロサナへ言う。しかし、彼女はやめなかった。


「知ってる? 勇者と従士が異性同士だった場合、カップル率がかなり高いのよ」


 ……尾を引くようなこと、言わないでもらいたいんだけど。


「え、えっと……」


 リミナもほとほと困ったような顔をして、何かを言おうとするが――ロサナの綺麗な微笑に、口が縫い止められる。

 その顔は先ほどと同様、俺達の関係性を訊きたいと出ていた――が、やがて表情を収めると、真面目な顔になった。


「二人に言っておくわ。互いを大切に思うのであれば、絶対に死ぬような真似はしないこと。特に魔族……力量が把握できない相手ならなおさら注意する事。でなければ――」


 ――俺は、大陸外の勇者であるアキ達のことが頭に浮かんだ。あの時の光景を、ロサナは思い出し喋っているに違いなかった。


「それだけは、約束できる?」

「はい」


 力強く答えるリミナ。俺もまた彼女と同様明瞭な返事をすると、


「なら、よし」


 ロサナは満足そうに頷いた。


「二人とも、明日からビシバシいくから覚悟してね……それはそうと、レン君。夕食前までに皆に話すことを伝えるんでしょ? ここで悠長にしていて大丈夫なの?」

「あ、そうだ」


 俺は思い出したかのように呟くと、踵を返す。


「それでは、食堂で」

「ええ」

「はい」


 二人の声を背にして、俺は部屋を出た。そして扉を閉めようとした時、ロサナが身を乗り出すようにしてリミナへ声を放ち――

 それはきっと俺達の関係性云々のことだと悟ったのだが……リミナに任せようと思い、そっと扉を閉めた。


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