戸惑う理由と訓練開始
翌日、朝食時にリミナからまたも図書館へ行くと聞かされる。それならバレずに動くことができそうだ。
「クラリス、悪いけれど……」
「いいよ。任せなさい」
俺の目の前に並んで座るリミナとクラリス。リミナはどこか申し訳なさそうな顔で告げると、クラリスは自信ありげに答えた。
「帰って来た時には、レンは見事に復活しているから」
「……そう気合を入れなくても」
語気の強いクラリスに、俺はボソリと言う。
「一応言っておくけど、結構モンスターも倒しているんだぞ?」
「その辺はリミナから聞いているし知ってるわよ。けど、それは元々持っている素質でどうにかしているだけであって、あなたの実力じゃない」
「むむ……」
確かにそうだ。しかも今まではリミナが傍にいたからという点も大きいかもしれない。
特に遺跡における戦いは、リミナの援護があってこそ。彼女から聞いた過去の回想を考えれば、ああしたモンスターは俺一人で倒せたはずなのだ。
「というわけで、基礎からみっちり教えてあげるから、覚悟しなさい。今日一日は猛特訓だからね」
「って、ちょっと待った。一日でやるのか!?」
「当たり前じゃない。二人だっていつまでもここにいるわけにはいかないでしょ?」
「そ、それはそうだが……」
リミナをチラリと見る。彼女はクラリスの態度に苦笑しつつ、
「絶対お役に立つと思いますから」
そう言った。
「……わかったよ。クラリス、よろしく」
「こちらこそ」
目を合わせ告げると、互いに笑い合う。
「……では、私は出ますので」
やがて、リミナが言い席を立つ。俺は送り出すような心持ちで彼女を見て――
「どうした?」
ちょっとだけ顔が強張っているのに気付いた。
「何かあるなら、話してくれれば」
「い、いえ……なんでもありません」
彼女は慌てて首を振り、そそくさと宿を出て行った。
「……何だ?」
「ふふふふ」
俺が首を傾げていると、クラリスが意味深な笑みを浮かべる。え、何?
「訳知り顔だな」
「もちろんよ!」
と、なぜか彼女は胸を張る。
「その辺は、歩きながらでも説明するよ。さっさと食事を済まそう」
そう言われたので、俺は気になりつつも食事に専念した。
「で、リミナの様子が変なのはなぜだ?」
朝食を取り支度を済ませた後、俺達は宿を出た。行き先はとりあえず、クラリスの案内に従うことにする。
「簡単なことよ」
そう言って、クラリスは杖を持たない左人差し指をピッと立てる。
「やきもちを焼いているのよ。リミナは」
「……は?」
やきもち?
「つまり、私とレンがずいぶん仲睦まじくやっているから、何かあったのかと勘ぐっているわけ」
「……えっと」
正直予想外だったので、俺は頬をかきつつ困った顔をする。
「リミナが?」
「うん……まあ、恋愛感情があるかどうかは別として……従士として長いこと仕えている自分より、唐突に再開した友人と打ち解けあっているのが気に入らないんじゃない?」
そんな心の狭いようには見えないのだが……と思った所で、クラリスは笑った。
「きっとリミナもそういう感情があるのに驚いているんじゃない? 昨日会話をしていて、戸惑っていた様子だったから」
「……ずいぶんと、推測できているんだな」
「顔に出ているもの」
どうも、クラリスにとってリミナの心情を察するのは容易らしい。俺は半信半疑ながらも小さく頷いて、
「これ、そのまま放置するのはまずいよな」
「そこよ。最終的にレンがプレゼントをあげれば万事解決じゃない。全部、私に協力を依頼したことにすればいいわけだし」
――その理由で全て解決するとは思えないが……まあ、こうなってしまった以上、そう言うしかないか。
「で、俺達はどこに向かっているんだ?」
話題を変えるべく、俺は尋ねた。するとクラリスはこちらに首をやり、
「口実だとしても、成果は見せないといけないよね?」
「なるほど」
つまり、今から魔法訓練をするわけだ。
「案内するのは、ラジェインにある実技訓練場。私は教官としての資格を持っているから自由に出入りすることができるし、随伴であなたも入れる」
「そこで練習するわけだ」
「そういうこと……ま、リミナの話を聞いた限りでは、それほど時間が掛からず基本的なことはできると思うよ。朝一日猛特訓なんて言ったのは、リミナに対するブラフ」
「時間はどのくらい?」
「午前中には終わるんじゃないかな。で、午後からプレゼント探しね」
「わかった」
二つ返事で了承。その後城へと近づく方向に歩き、突如大通りから道を逸れた、少し進むと、正面に物々しい雰囲気の場所が目に入る。
「あれは……?」
「街の中にある兵士の訓練場。魔法訓練については、地下室にある」
クラリスの説明と共に、入口である門前に到達した。そこには門番らしき兵士が二人。周囲は石の壁に囲まれており、多少なりとも緊張してしまう。
「はい」
彼女は懐からカードみたいな物を取り出すと、兵士へ見せた。彼は受け取ると――突然施設に入って行った。
「何をしに行ったんだ?」
「証明書を照合しに」
証明書――眉根を寄せると、クラリスから説明が来た。
「教官身分の人は必ず証明書を持っていて、それを見せることで一般人には入れない場所に赴くことができる。今回の訓練場もその一つね。で、照合というのは私がクラリス本人だと確かめること。詳しいやり方は知らないけど、証明書には魔力が付着していて、それを台帳記録から正しいか確かめる」
元の世界で言うIDカードみたいなものだろうか――思っていると、兵士が戻って来た。
「照合完了いたしました……それと、この方は?」
「彼に魔法訓練を施すために、ここに来ました」
にっこりと、クラリスが言う。対する兵士は「わかりました」と言い、手で敷地内を示した。
「お通り下さい」
「ありがとう」
リミナは言うと、俺に目配せをして歩き始めた。こちらも彼女に追随し、施設へ進入する。
「俺のチェックは良かったのか?」
なんとなく訊いてみると、クラリスはコクリと頷いた。
「私がいることで身分は担保されているようなものだし……それに、こんなところで何かしでかしたら私はその場で殺されるのがオチだから、無茶はしないと彼らも理解しているのよ」
「そんなものか」
答えた時建物の中に入り、即座に左手に続く地下への階段に足を踏み入れる。石造りの階段はやや無骨だが、明かりが至る所に灯されているため、暗い雰囲気は一切ない。
程なくして階段を下りると、鉄製の扉が一枚。クラリスはそれを開け、
「さて、やりますか」
張りきった声を出した。
そこは、四方が白色の壁に囲まれたシンプルな部屋。形状はほぼ真四角で、あの遺跡の広間に匹敵するくらい大きい空間。だが奇妙なことに、物が見当たらない。
「ずいぶんと、簡素だな」
「魔法の実習をやる場所だから、物なんて置いても壊れるだけだよ」
「それもそうか」
言いながら、俺は荷物を入口付近に置いた。
「で、俺は何をすればいい?」
「部屋の中央に立って。後は私のレクチャー通りに」
言われた通り歩を進め中央に立つ。クラリスは俺と向かい合うように立ち、満足そうに笑みを浮かべる。
「よし、では始めるよ」
そう言われ――俺の一日が始まった。