兄弟子
訓練である以上さすがに全力というわけではなかった。しかしルルーナの一撃は重く、俺は盾や剣で受け切るので精一杯だった。
「ほら、どうした!」
声と共に彼女は身の丈と比べ大きく見える長剣を薙ぐ。それを俺は剣で防ぎ、弾くと共に後ろに下がりながら体勢を立て直す。
場所は訓練場。周囲には他に訓練を行う闘士達の姿もある。俺のことは闘士達も周知済みであり、珍しい対戦カードということもあってかこちらを見る観戦者も多い。
そしてルルーナだが……鎧を着ていないため全力で戦っているという雰囲気ではないが、以前戦士団の中で訓練した時は、俺はこのレベルでも対応しきれなかった……そう考えれば、ずいぶんと進歩しているのかもしれないが――
やはり防戦一方だと、焦燥感が募る。
「くっ!」
強打を弾くと俺はさらに後ろへ下がる。反撃したいところだが、下手に突撃するとカウンターを食らい一気に終わる可能性があるため、迂闊に仕掛けられない。
「ふむ、慎重なのは大切なことではあるが……」
ルルーナは俺の心境を読んだのか、一度立ち止まり呟いてみせる。
「だが、こちらに攻撃しなければ勝利は掴めないぞ」
「わかっていますよ……」
答えはしたが、まだ仕掛けない。これが戦場なら、隙を見せれば殺される場面。そう考えると、足を前に出すのが少なからず躊躇われる。
そんな様子を見て、ルルーナは問い掛ける。
「恐怖により、前に踏み出すことを嫌がっているのか? あの戦いを経て、そういう見解に至ったか?」
その問い掛けに――俺はすぐに首を横に振る。確かに魔王との戦いで人の死を見たが、だからといって怖気づいたわけじゃない。
さすがにそんな風に言われるのは心外……と多少ながら思い、俺はルルーナを注視する。彼女はこちらの態度が変化したことを機敏に察し、ほのかに笑みを浮かべた。
「そういうわけでもなさそうだな……いいぞ、来い」
誘い――そこで俺はとうとう足を前に出した。周囲の闘士からは僅かながら驚嘆の声が上がり、この戦いを見守る様子。
接近し放ったのは、魔力を収束させた全力の一撃――とはいえルルーナに通用するはずもなく、彼女は真正面からそれを受けた。
「制御も相当上手くなっている。魔法面に関しては、私が教えることはほとんどないな」
そう告げたルルーナは反撃に移った。身長と比べ大きい長剣を驚くほどの速さで振り、俺を押し返そうとする。
こちらはそれを氷の盾で防いだ。破壊されるような無様な結果にはならなかったものの、氷が結構弾け飛び、さらに剣の衝撃で動きが止まってしまう。
「壁を超える技術を組み合わせれば十分高位魔族にも通用するだろう……しかし、まだ足りないものがある」
ルルーナはさらに告げると、剣を素早く引き剣戟を盾に叩き込む。
「レン殿が早急に手に入れるべきものが何なのかは、私にもわかるな」
手に入れるべきもの――俺は何なのか訊きたいと思いつつ反撃した。彼女の剣は盾に向かっている。剣を引き戻し防御するよりもこちらの攻撃の方が早いのでは――そういう目論見だった。
しかし、ルルーナは一瞬の内に盾から剣を離し、俺の斬撃を受けた。動くのはこちらが早かったはずなのだが――やっぱり一筋縄ではいかないか。
「これが、その一つだ」
そしてルルーナは言う――刹那、彼女はこちらを押し返すと剣を振った。俺はそれを再度盾で防御。先ほどよりも抵抗が少なく、あっさりと防ぐことができたのだが、
今度は、連撃が来た。ルルーナの剣が立て続けに放たれ、俺は先ほど以上に防戦一方となる。
「っ……!?」
「確かに魔法の制御面は大きく向上したが……やはり習得している剣技が少ないことが問題だな」
ルルーナは解説する余裕すら見せつつ、俺を大きく弾き飛ばした。距離が開き、俺はどうにか体勢を整える。そこへ――
「ふっ!」
ルルーナが間合いを詰め、必殺の一撃を放った――頭では受け切れないとわかっていながら、俺は半ば反射的に剣と盾をクロスさせ防御する。
剣は縦に振り下ろされ、衝突し――俺は、さらに突き飛ばされた。
「ぐっ!」
呻くと同時にバランスを崩し尻餅をつく。そして俺の眼前に、ルルーナの剣がかざされた。
「私の勝ちだな」
淡々と呟くルルーナ……周囲では闘士達が声を上げ、視界の端では財布を取り出している人間もいる。賭けてやがったな。
「大体わかったか? 貴殿の必要とするものが」
「……はい」
「魔法については、これからさらに制御レベルを上げていけば、いずれ私の剣を防ぐこともできるだろう。しかし貴殿は、決定的に剣技の幅が少ない」
剣技……確かに彼女の言う通り。
「貴殿に必要なのは、剣技自体のバリエーションだ。魔法については雷と氷という二つの特性を持つ上、それなりに応用を効かせることができる。しかし貴殿の真骨頂は白銀という良質な魔力量に基づいた魔力収束。氷や雷の魔法よりもよほどシンプルだが、それの威力が高いとなれば、必然的にそちらを強化する必要も出てくる」
「けど、俺には師匠がいない……」
「だからこそ教えられなかったという面もある……が、今回の人選で貴殿はそこを大きく強化することができる」
英雄アレスの兄弟子――俺は小さく頷くと立ち上がった。
「そして、来たようだな」
ルルーナが俺の背後を見て呟く。すぐさま振り返ると、そこには一人の男性が。
「剣筋を見ていてわかったよ。彼が、勇者レンか」
――ボサボサの黒髪に、紫の目。腰に剣を差し夏にも関わらず灰色のマントを羽織った旅装姿。年齢的には三十代から四十代といったところ。若作りしているのは間違いないが、フロディアやナーゲンと比べれば見劣りする……というか、比較対象が化け物なだけかもしれないが。
「……はい」
俺は容姿を確認しつつ短く返すと、彼はこちらに近づき、無表情のまま右手を差し出した。
「リュハン……君の師である英雄アレスの兄弟子にあたる人間だ」
「……どうも」
顔つきはどこか温和なものを感じさせるタイプなのだが、口を真一文字に結び、どことなく険しい眼差しを向けられると、睨みつけられているような気がして怖いと思う――
「相変わらずだね、リュハン」
手を離した時、ナーゲンが近づいてきて言葉を零した。
「もう少し愛想よくしないと、人に敬遠されてしまうよ?」
「……人づきあいが苦手なのは、お前もよく知っているだろう」
ボソリと、愚痴でも零すように彼は発言した。まるで話すこと自体が苦手だという雰囲気であり……なるほど、寡黙なタイプなのか。
「よろしくお願いします」
俺は先ほど抱いた怖さを振り払いながらリュハンに告げた。すると彼は「ああ」と短く応じ、ナーゲンに顔を向ける。
「訓練の日取りはどうする?」
「まずは共に戦う面々への挨拶からだよ……とはいえ、レン君も剣術については気になるだろう? もしよければここで実演してもいいんじゃないか?」
「そうだな……先ほどの攻防で、どう教えればいいかはわかった」
――その言葉を聞いて、俺は顔を引き締めた。
「どうすれば、いいんでしょうか?」
「そう難しいことをする必要はない。既に基礎は体に染みついている様子……後はそれを活用する技をいくつか体に覚えこませればいい」
技――今度は魔法ではなく、剣術。
「今から見せようか?」
リュハンが問う。彼はさらに左手を腰に差した剣の柄に置き、俺の返答を待つ。
ルルーナやナーゲンは俺の言葉を待つ構え……こうなれば、答えは一つだった。
「はい、お願いします」
リュハンと視線を合わせながら告げる。それに対し、彼は静かに頷いた。